第八話 幸せな日常が壊れそうな件
「……じゅ、十一時過ぎ!?」
時計を見て絶望した。
昨晩、『異世界転生したらカラビナ』でしたを夜通し視聴していたら完全に遅刻してしまったのである。
まだ入学してから一ヵ月も経過していないというのに、俺は罪を背負ってしまった。
「休むか……?」
あらぬ考えが頭に過る。前世では学校なんて出席のほうが少なかったくらいだ。
だがそれは良くない。
俺――藤堂充はただでさえ不良だと思われている。
意外にも性格の良い悪童くんと仲良くなったのも、周りからはシめたと思われてた。
ただ、友達が増えただけなのに……。
そういえば『テンカラ』の展開には驚いた。
ブラック企業に勤める主人公はトラックに轢かれて異世界転生、カラビナとして生まれ変わったものの、魔物を吊りあげることで経験値を増やしていく。
耐荷重とともに魔力が増加していき、四大魔法を習得し、世界をも揺るがす悪魔四天王を吊りあげられるのかという導入からスタート。
出会いと別れを繰り返し、主人公カラビナは……。おっと、ネタバレはよくねえな。
未海と話すためにも話題は残しておかねえと。
「……行くか」
覚悟を決める。顔を洗って、歯を磨いて、制服に着替えよう。
俺は真面目にやり直すと決めたんだ。貫くのだ。
というか、父も母も妹も起こしてくれればよかったのに……いや、これはさすがにわがままか?
玄関を出ようとすると、『ゆっくり寝ていてね、学校は疲れるよね』と走り書きを扉の下で見つけた。
字が震えている所を見ると、怖くて起こすのを躊躇したんだろう。
そういえば昨晩、アニメを視聴するので部屋には入るなと言ってしまった。
くそ……あっちを立てればこっちは経たず……か。
◇
「……いないよね?」
おそるおそる、玄関の扉を開く。
最近、ひよのさんがいつも電信柱に立っているのだ。
とはいえそれは早朝。ありえないなと思いつつ、少しだけ不安そうに外へ出る。
電信柱――いない。
「さすがにな……考えすぎか」
ホッと胸を撫で下ろすと、誰かに肩を叩かれる。
驚いて後ろを振り向く。もちろん立っていたのは、肩を叩いたのは、このゲームの正ヒロイン――結崎ひよの……さんだった。
「おはようございます」
「あ、あの……どうしているんですか」
あまりの怖さに敬語になって訊ねる。ひよのさんの声には淀みがない。
それがまた恐怖感を誘った。
「どうしているとは? 一緒に登校したいからですが」
答えになっていない。いつもなら……怖くて問いただすようなことはしない。
だがさすがにスルーするのは逃げだ。
戦え! 藤堂充!
「いや……ね、寝坊したので、もうお昼前ですよ? 朝から待っていたんですか?」
「いえ、ずっと《《視ていた》》だけです」
はい、やっぱり聞くのはやめておきましょう。
何やら犯罪の匂いがします。
ひよのさんは、屈託のない笑みを浮かべる。
「では、学校へ行きましょう。今日の質問は、将来は一軒家か、マンションか、どっちがいいですか?」
「……一軒家派かな」
◇
「すいません、ただの寝坊です。何の悪意もない寝坊です。起きるのが遅かったんです」
職員室で、担任のなんちゃら凛先生に事情を伝える。
これ以上ないってほど、強調しておく。
先生は、いつものタイトスカート、切れ長の眼鏡、鞭を片手に持っていそうな風貌だ。
とはいえ優しい性格なのは知っている。
「仕方ないわねえ、気を付けるのよ。ひよのさんは?」
ひよのさんも隣で立っていた。そのまま教室に入ることできるが、事前に説明しておくのが大切だと思ったのだ。
俺は彼女が何を言うのか怖かったが、寝坊です。と答えているのを聞いて安心した。
やはり、俺にしか出さない裏の素顔があるというやつか。
そのほうが怖いが……。
「うわ。藤堂のやつ……こんな時間から来るのかよ」
「目、やべくね? バッキバキじゃん。こええ……」
「さすがだな……悪童も手下になったらしいぜ」
ちょうど昼休み。各々生徒がご飯を食べている所に、俺がふらっと教室の扉を開けた。
ただの寝坊だが、傍から見ればそうは思えないのだろう。
アニメの見すぎで充血した瞳は、その噂に一役買っている。
まずい……せっかく上手くいっていたはずが……。
俺の後ろから続いて入ってきたひよのさんに対しては、誰も何も言わなかった。
これが印象の差か……。
そういえば飯のことを考えていなかった。
とりあえず椅子に座ってどうしようか考えていると、ひよのさんが鞄からお弁当を取り出す。
それも――二つ。
俺は危険を察知してその場からすぐに離れ、屋上へ行った。
もの凄く走って扉を開けると、なぜかひよのさんが既に待っていた。
「あら、食いしん坊さんですね」
「ど、どうやって先に……」
近道なんてない。あるとしたら、窓伝いで上に上がるか、空を飛ぶくらいしか……。
「……答えたほうがいいですか?」
「いえ、大丈夫です」
◇
「今日も美味しい……」
「先日、充さんが美味しいといっていたオカズの最高峰のものを取り揃えてもらいました」
サラリと言うひよのさん。最高峰というのは文字通りだろう。
彼女の家は、この街でダントツの大金持ちだ。
執事は数十名、両親の会社が社会を支えていると言っても過言ではない。
その反面、主人公の天堂司は普通の家庭で生まれた。
陽キャではあるものの、家庭はごくごく一般。
だからこそ、その差で話が面白くなっていくのだが……彼女は全く興味がないようだ。
天堂くんも、話しかけるそぶりすらない。
原作のストーリーが崩壊することでどんな影響があるのか、俺はそれが怖くてたまらない。
天堂くんの、あの目、太郎を無視できる性格、明らかに異質だ。
今後、彼がどうなっていくのか注意深く見ていく必要がある。
そんなことを考えながら、最高峰の卵焼きを一口ペロリ。
うむ……美味しい。
「ご馳走様でした」
お弁当を食べ終え、屋上を後にしようとした瞬間、扉が勢いよく開く。
現れたのは、まさかの異質コンビ。
燐火と未海だった。
「やっぱここおったかー!」
「えへ……おはようございます」
炎のような赤い髪と、薄い青色。目立つな……。
「おはよう、いつのまに仲良くなったんだ……?」
隣のひよのさんは、敵意、いや殺意を向けている。
邪魔をされているのが不満なのだろうか、例えるなら、某二百階の洗礼を浴びせているみたいだ。
しかし二人は燃を習得しているらしく、気にせず進んでくる。
「……ちっ」
舌打ち聞こえてますよ、ひよのさん!
「未海っちが青髪になったからびっくりしてなー! あーこんな子おったんやー! 話かけてみよーって! じゃあ、結構おもろくてなあ」
「は、はい……燐火さんも……面白い人で……」
失礼なことを言っていると思うが、未海は気にしていないらしい。
身長差も姉と妹みたいで、コンビっぽくは見える。
「まあ、友達が増えるのはいいことだよな」
未海は低姿勢のまま、ひよのさんにも挨拶をしていた。
ひよのさんも無下にはせず、丁寧に返していたが、まだ少し怖い。
「で、何しにきたんだ? 二人は」
「そんなん決まってるやろ、ひよのと二人でご飯食べてるからや! うちに内緒でな!」
「あなたに伝える必要ありますか? そもそも、お弁当を作れる能力はあるのでしょうか」
「な!? うちのウインナーとか卵かけご飯とかカップネードルとか美味しいねんで! 知らんやろ!」
「それは料理とはいえないです。一人暮らしの寂しい男、ご飯レパートリーベストスリーです」
相変わらず仲の悪い二人だった。
つーか前世の俺の主食なんだけど、無駄に刺さってるんですけどぉ!?
燐火とひよのさんがバチバチしている横で、未海が小声で俺に訊ねる。
「ふ、藤堂くん。カ、カラテンどうだった?」
「最高だった……あのシーンが特にな」
オタク話をしていると、前世を思い出す。
俺は友達が一切いなかった。
しかし今は違う。この幸せを絶対離したくない。
そのためなら、何だってする。
その瞬間、俺は思い出す。
「未海、今日は何月何日だ?」
「……え?」
慌ただしく訊ねたことで、未海は驚いて声を漏らす。
その隣で喧嘩していた二人も俺に顔を向けた。
「し、四月二十日だけど……」
「四月二十……」
そして気づく。
藤堂充が周りから破滅させられるきっかけ――その一大イベントが、今日だということに。
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