第十五話 不登校児を助けたい件 ➁
山嵐知宇を虐めていた奴らを、俺は原作のおかげで知っている。
主犯格は、三年生の女性で、名前は確か―六島灯。
陽陰学園の上級生で、悪い連中とつるんでいる。
頭がいいので、先生にバレないように陰湿な虐めをするので、余計に質が悪い。
元々は中学時代、灯と知宇は先輩と後輩だったらしいが、どうも気に食わないとのことで虐めに発展した。
原作だとラストに近いエピソードだ。
天堂くんが、大勢の仲間たちと共に勝利する。
なぜなら、相手はかなり巨大だからだ。
だが俺は一人で立ち向かおうとしていた。
ひよのさん、燐火、未海に話をすれば、恐らく味方になってくれるだろう。
だが、女性にそんな危険なことはさせられない。
悪役は悪役らしく、今回ばかりは貫かせてもらうつもり。
いつにもなく、俺の腹は煮えたぎっていた。
古ぼけた路地を回って、ひと気のない場所へ入っていく。
そこには今は使われていない工場の跡地があった。
ここは、彼らがたむろっている場所だ。
ひょいと体をのぞかせると、廃材に座ってたばこをふかしたり、スマホでどでかい爆音を鳴らしている集団がいた。
「……くそ」
原作よりも、明らかに人数が多かった。
これはちょっとした予想外だ。
だが、引くわけにはいかない。
◇
「カッカッカ! で、そいつ一万しか持ってなくてさ、ありえなくね?」
「隆はやりすぎなんだよねー、そいつ前歯無くなっただろ?」
悪そうな男女が、大口を開けて屑みたい話に花を咲かせていた。
「てかさ、山嵐の奴、学校来てないよね?」
その中の一人、リーダー各の女性が、知宇の話をはじめた。
長い金髪で、如何にも悪そうな目つきをしている。
あいつが、知宇を虐めた六島灯だ。
「やり過ぎたかもねえ、まあでもいつか戻って来るっしょ? また、金せびろーよ」
ぎゃっははは、と悪びれることなく笑う。
あいつらみたいな奴は前世でもごまんといた。
最悪なのは、やつらに罪悪感がないこと。年齢を重ねると、全てを忘れて善人ぶることだ。
数十年後には、あの頃はヤンチャしてたなと思い出話のように、酒でも酌み交わすのだろう。
過去の清算もせず、弱者ばかりにトラウマを植え付ける。
絶対に――許せない。
「よお、先輩」
俺は、一人で姿を晒した。
相手は数十人。
不思議と、不安と恐怖はない。
当然、俺のことは知っているみたいだ。
少しだけ怯えた表情を出したものの、何でもないような表情に無理やり戻す。
悪い連中は舐められたら終わりだ。だからこそ、虚勢を張っているんだろう。
なぜなら俺の評判は凄まじく悪い。
1vs1で立ち向かえるほど奴なんていないはずだ。
あーでも、悪童くんは立ち向かってきたっけ。
「て、てめえ。藤堂じゃねえか、何しにきた?」
「黙れ、お前に用はない」
しゃしゃり出て来た男を一喝し、六島灯に顔を向ける。
「山嵐知宇を虐めたのはお前だろ?」
「……は?」
どうやら肝が据わってるようだ。
表情をまったく崩さない。
「一緒に来い」
「はあ? どこに?」
「謝罪だよ。ごめんなさいってな」
その瞬間、何とも言えない沈黙が流れた。
だが数秒後、ドッと笑いが巻き起こる。
「あっははは、何、こんなバカなこという奴が、あの藤堂なの?」
「ちっ、心配して損したぜ。舐めてんのか? ああん?」
こういう奴らは、人を上か下かで判断する。今の発言で、下になったのだろう。
「冗談で来たわけじゃない。もう二度と知宇に手を出さないと誓ってもらう」
「はっ、何言われたのかしんないけどね、あたしは何もしてないよ。それに、何? もしかしてお前、あの根暗のことが好きなの?」
六島灯は、ムカつくほど嬉しそうに笑う。何がそんな面白い?
俺は、隣に置いてあった廃材に向かって、思い切り蹴りを入れた。
ありえないほどどでかい音が鳴り響く。
思ったいたより力が強いらしい。とはいえ、やりすぎたかもしれない。
骨折……してないよね。
「……はっ、脅かそうたってそうはいかないよ。それにこの人数差、わかってんの?」
「灯の言うとりだぜ。ほら、囲め囲め! 藤堂の奴をヤッたとなれば、俺たちの格が上がるぜ」
男たちが、俺を囲み始める。
近くの木材を手に取り、手加減はしないようだ。
「暴力で解決しようとは思ってない。ただ謝ってもらいたいだけだ。だが、そっちがその気なら、俺も手を出すぜ」
喧嘩の仕方なんてわからないし、やったこともない。
ただ、負けるわけにはいかない。
これは前世の俺の敵討ちみたいなもんだ。
あの時の俺を、助けてあげたい。
けれども、負けるわけにはいかない。
ジリジリと男たちが寄って来る。
徐々に襲い来る不安。
「一番ッのりぃ!」
後ろにいた男が、木材を振りかぶって来た。それを寸前で回避し、生まれて初めて、人の腹部を殴打する。
男は、呻き声をあげて倒れ込む。
こいつは確か、原作でカツアゲをしまくっていたな。自業自得だ。
それを見て、他の奴らが怯え出す。
「俺は藤堂充、わかってんのか?」
しかし、ここで予想外のことが起きた。
原作にはない出来事。
更に数十名、新しい奴らがやって来たのだ。
一度も見た事がない奴らだった。
「おお、リンダぁ! ちょうどいい、手伝ってくれよ!」
「あ? って、藤堂じゃねえか!」
恐らく別の学校の生徒だ。制服を着ているが、まったくわからない。
彼らは簡単な説明を済ませると、俺を囲んだ。
人数は倍に増えてしまった。
「六島灯、俺は大事にするつもりはない。お前が知宇に謝れば済む話だ」
「はっ、よく言うよ。ほら、やっちまってよ!」
六島灯の一言で、大勢が襲いかかってきた。
一人、二人――俺は思い切り拳を叩きつける。
前世では喧嘩なんてしたことないが、なぜか身体が勝手に動く。
藤堂充の魂の残っているのだろうか。
しかしそれでも、あまりに人数が多すぎた。
藤堂充も限界があったらしい、いや、俺の限界か。
足を蹴られ、腕を殴られ、ついには倒れてしまった。
それでも、俺は這い上がろうと力を込める。
「くそ……がよお!」
「ちっ、しぶといやつだね。ほら、これ使いなよ」
「……さすがにこれはまずいぜ」
「うるさいわねえ! いいからやりな!」
六島灯は、鉄のパイプを引っ張り出してきた。
それには、男たちも怯え出す。
「いいかい、藤堂充はこの街で札付きの悪だよ。それに比べてあたしらは表向きは真面目ちゃんさ、どうなっても、あいつが悪いってなるに決まってる」
「へ……へへ、確かにそうだ」
ニヤリを歯を剥き出しにする。
俺は奪い取ろうと起き上がったが、後ろから蹴られてしまって、地面に倒れ込む。
ちくしょう……慣れない真似はするんじゃなかったか……。
「しねえ! 藤堂!」
鉄パイプが鳴り響いた。
しかしそれは――地面を叩いた空振りの音だった。
「がああああああああああ」
俺を助けてくれたのは、悪童くんだった。
鉄パイプを持っていた男を、一撃で倒したらしい。
「兄貴、水臭いっすね。なんで俺に相談してくれなかったんですか?」
「悪童くん……」
「こ、こいつ悪童だ!」
「び、びびるんじゃないよ! たかが一人増えただけさ!」
六島灯が、男たちを落ち着かせる。
確かに悪童くんは強い。なんだったら、乗りうつってるだけの俺なんかよりもスペックは高いだろう。
けれども、圧倒的な人数差がまだある。
「ここから逃げろ……」
「はっ、笑わせないでくださいよ。それに、一人じゃないっすよ。――行くぜ、BL!」
「オーケイ、myハニー」
悪童くんが駆けた瞬間、どこからともなく、BLくんが姿を現した。
長身から繰り出される蹴りは、まるで芸術作品。なぜか、薔薇のような花を咥えているが。
「な、なんだこいつ!?」
「荒ぶる子猫ちゃんは飼い主の元へお帰り」
「BL、そっちは任せたぜ!」
「任せてベイビー」
二人が、頑張ってくれている。
なら俺も……やるしない。
「くそが、俺は、藤堂充様だぞ!」
そして――。
奮闘の末、男たちは全員倒れた。
残ったのは、灯と、その取り巻きの女性が数名。
さすがの俺でも、女に手は出さない。
「はあはあ……灯、行くぞ」
悪童くん、BLくんも、体力の限界を迎えたのか、地面に仰向けになっていた。
よく見るとBLくんは、悪童くんに腕枕しているけど、まあそれはいいか。
「……嫌だ。行かない」
「なら無理やりにでも連れていくぞ」
「なら髪の毛でも引っ張ってみなよ! あたしはここから動かないよ!」
諦めるかと思っていたが、想定外だった。実際に引っ張って行くのは、確かに難しいかもしれない。
かといって、女性に暴力は振るうのも……くそ、どうしたら……。
その時、女性が遠くから現れた。
あれは……ひよのさん?
「すいません、私としたことが遅くなってしまいました」
「ひ、ひよのさん、どうしてここに?」
「事情は察しています」
ひよのさんはもの凄い形相で、俺の前を通過する。
そして、六島灯の前で立ち止まる。
「? 誰だお前――」
次の瞬間、思い切りビンタをかました。
これにはさすがに、俺と悪童くん、そしてBLくんも驚いた。
そして、何かそっと耳打ちをした。突然、六島灯が嘘のように大人しくなる。
「すすすす、すいません。着いて行きます……」
「充さん、後はお好きにどうぞ。あ、でも怪我の手当てをしてからにしましょうか」
「あ、はい……。あ、あの、なんて言ったんですか?」
「……答えたほうがいいですか?」
◇
見慣れた一軒家、呼び鈴を鳴らす。
現れたのは、いつもの年配女性、知宇の母親だった。
「藤堂君!? どうしたのその顔!? それに、その子は?」
「気にしないでください。知宇はいますか?」
「もちろん……どうしたの?」
「灯、謝れ」
そして灯は、母親に謝罪した。
二人で、階段を上がる。
扉をコンコンと叩いて、知宇を呼び出した。
「藤堂君……それに……」
「遅くなってすまないな。こいつが直接謝罪したいそうだ。聞いてやってくれ」
そして灯は、頭を下げて謝った。
もう手は出さない、何もしない、今まで本当に悪かった。と。
これで、解決だ。
◇
帰り際、悪童くんとBLにお礼を言った。
「ありがとう。悪童くん、そしてBLくん」
「照れくさいっすよ。今度は声かけてからにしてください」
「君の美しい肉体を穢すのは、僕の役目だからね」
なんだか、悪童くんが嫉妬したような目をしていた。
うーん、なんか、ボディタッチが二人とも多いんだよなあ。
最後、手を繋いでたような気もするけど……さすがに気のせいか。
そういえば、工場の外で大勢の不良が倒れていた。
誰がやったのかはわからないが、天堂くんのような後ろ姿がチラリと見えた。
まさか……と思ったが、真相はわからない。
家に帰ろうとすると、ひよのさんが待っていてくれた。
「お疲れ様でした」
「ありがとう、ていうか、ごめん。色々と」
「いえ、それよりも怪我は大丈夫ですか?」
「そうだな……全身痛いけど、まあ、なんとか」
今更、怖くなってきた。
前世で虐められている時は、いつも震えて亀のようになっていた。
だけど、今回ばかりは無茶をし過ぎた。
どっと疲れと、恐怖が襲う。
「充さん、しゃがんでください」
「……しゃがむ?」
「はい、身長が高すぎますので」
わけもわからず、俺はしゃがみこむ。すると、ひよのさんが真っ白い手で、頭を撫でてくれた。
「よく頑張りましたね。でも、もう無茶はしないでください」
「……子供かな?」
「だとしたら、大きい子供ですね」
「……ありがとう、元気出たよ」
「いえいえ。今度、燐火さんと未海さんにもお礼を言っておいてください。あの二人が私に教えてくれました。それに充さんのことを探し回ってましたよ」
「そうか……わかった」
◇
数日後、六島灯と主犯格の男子生徒は自主退学していた。
ひよのさんが何を呟いたのかはわからないが、聞くのはやめておいた。
教室に座って欠伸をしていると、見慣れた顔が扉を開く。
長髪の黒髪、少し整えたようだが、あまり変わっていない。
「おはよう、藤くん」
「元気そうだな」
山嵐知宇だ。
「ありがとう……こうやって学校に来れたのも、藤くんのおかげだよ」
「気にすんな。クラスメイトは全員揃ってないとな」
知宇は俺に抱き着いてきた。
周囲の同級生は、何事かと驚いて声をあげる。
当然隣で、燐火と未海、ひよのさんも見ている。
いつもなら怒るひよのさんも、今日は何も言わなかった。
「な、なあ未海」
「は、はい」
「なんでひよのっちが怒らんの? おかしくない?」
「た、確かに……なんでだろう……」
「聞こえてますよ。だって、《《男同士》》ですしね」
え? 《《男同士》》 と、燐火と未海が叫ぶ。
「あ、藤くんごめんなさい、ボクつい……」
「気にすんな」
ひよのさんが、隣でボソッと燐火と未海に何かを言った。
直後、叫び声をあげる。
「「え、えええええええ!?」」
ああ、そうか。こいつらには言ってなかったな。
「どうしたんですか?」
「知宇っち、あんた……男なん?」
「は、はいボク、男ですけど……」
「な、なんで女の子に虐められてたん?」
「自分より可愛いから生意気って……」
そういえば説明し忘れていた。
山嵐知宇は、見た目こそ女性と変わらないが、性別は男。
男の娘ボクっ子なのだ。もちろん、アレは付いている。
見た目は、どうみても美少女だが……。
ちなみに、女装も趣味らしく、今はスカートだ。
「藤くん」
「ん?」
「ボク、あなたに惚れちゃいました……」
「……へ?」
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