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瞬くんと生きた夏  作者: マーク・ランシット
7/21

 瞬くんのおかげで夏休みの問題集はあっと言う間に終了し、読書感想文の課題を瞬くんと一緒にやることになった。


 夏休みが終わることは恐怖以外の何ものでもなかったけれど、かといって自分ひとりでは、その課題に取り組む気持ちにもなれなかった。この先どうなろうと、遣るべきものは遣っておくに越したことはない。


「読む本はなんでもかまわないの?」

「うん。特に決められた本はないんだ」

「何を読むつもりだったの?」

 瞬くんの問いに、僕はうーーんと、首をひねった。ただ逃げだしたいだけで、課題をやるつもりさえなかったからだ。


「生命潮流を一緒に読んでもいいかな?」

 それは夏休みの課題のためではなかった。ただ単純に、その本自体と、瞬くんが読んでいるということに興味があったからだ。


「いいよ」

 瞬くんは、そういって本を僕に渡した。初めて手にしたその本の目次を見た途端、僕は自分の言ったことを後悔した。難しい漢字がずらりと並び、フリガナは振ってなかった。


「僕が一緒に読んであげようか?」


 茫然とする僕に、瞬くんが助け舟を出してくれた。


 瞬くんは、まず著者の紹介部分を読み始めた。

 著者であるライアル・ワトソン博士は、南アフリカ生まれのイギリス人。植物学、動物学、生物学、人類学。その他にも、医学、化学、数学の学位も持っている。さらに単なる学者ではなく、動物園の園長をやったり、様々な場所への探検の隊長も務める行動の人だった。


 1939年生まれ、2008年死去。


「凄い人なんだね」

 僕は思わず、ため息をついた。


「初めに言っておくけど、この本の中にはいくつかの間違いもあるんだ。でも細かいところは気にしなくてもいい。一番大事なのは、この人の大胆な発想だから」

「間違いって・・、それはダメなんじゃない・・」


 戸惑う僕に、瞬くんはこう言った。


「世界中の有名な科学者が出す論文のほとんどは、何年か経つと間違いが見つかるんだ。最先端の研究の世界には、教科書みたいな回答はないんだ。だからそれは仕方ない」


 クラスの誰かが言ったとしたら、僕はきっと信じなかったと思う。でも瞬くんの口から出ると、素直に信じることが出来た。


 瞬くんの読み方はとても上手だった。初めのうちはとても難しい内容で、ほとんど頭に入らなかった。でも、あるイタリアの少女の話から僕は夢中になった。


 ワトソン博士がクラウディアという少女に硬球のテニスボールを渡した。テニスボールは、表面が毛に覆われている。


 少女はそのボールを手の平に乗せると、気を集中させた。するとポンという乾いた音がして、そのボールが一瞬で裏返しになった。


 ワトソン博士はそのボールをナイフで切った。すると裏側には毛のある表面があった。


 漫画やアニメならごくありふれたシーンだった。

 二つの興味が僕の頭に浮かんだ。一つは、有名な学者であるワトソン博士がなぜこんな嘘っぽい話を書く必要があったのかということ。そしてもう一つは、こんなことが本当に起こるのだろうかという事だった。


 その話は直ぐに終わり、次に地球の生命の源が彗星によってもたらされた話や、地球上の粘土に生命の進化の理由が隠されているなどの話が続いた。


 瞬くんの言う通り、いったん興味を持ってしまうと、話は色んな方向に飛んで行って、それぞれがとても面白くて全く飽きることがなかった。


「この本に出てくる話で一番有名になったのが、100匹目のサルという話なんだ」

 瞬くんはそう言って内容を読み始めた。


 宮崎に辛島というサルの住む島があって、そこのサルたちのほとんどは泥の付いた芋をそのまま食べていた。ある時、イネという名のサルが、海水で泥を洗い流してから食べるようになった。周りのサルたちも真似をして芋を洗うようになる。単に綺麗になるだけではなく、塩気が付いて芋が美味しくなるからだ。


 それでもサルたちの多くは、これまで通りの食べ方をしていた。ところが洗って食べるサルが99匹から100匹に達した瞬間に、辛島のすべてのサルが洗って芋を食べるようになった。


 瞬くんの説明では、100匹というのは単なる象徴で、ある一定数を超えるという意味らしかった。


「何か、クラス投票みたいだね」

 僕の何気ない感想に、瞬くんはホントそんな感じなんだと言った。


「投票もしないのに、なんでそんな簡単に一致団結できちゃうのかな?」

「イジメってあるじゃん、あれもきっとこんな風に決まるんじゃないかな」


 イジメと聞いて僕の胸がキュンと痛くなった。


 忘れかけていた事を無理やり掘り起こされたような気分だった。

 瞬くんは僕がイジメにあってる事を知らない。だから瞬くんに悪意が無いことは分かっていた。なのに僕は凄くイラついた。一番大好きな友達から、一番嫌な言葉を聞きたくはなかった。

 

「この話が有名になって、実際に近くのサルたちの調査をしたら、そうしないサルも結構いたらしいんだ。だから、この話はワトソン博士の作り話ということになったんだ」


 瞬くんはあっさりと言った。だったら、初めからこんな話はしなけりゃイイじゃん。いつしか、僕の目は怒りの光線を発していたみたいだった。


「ちょっと休もうか」


 脹れっ面の僕の顔を見て、瞬くんはそう言った。きっと瞬くんには僕が怒っている理由は分からなかったと思う。いや、あの鋭い瞬くんなら、もしかしたら見抜いてしまったかも知れなかった。


 僕はトイレに行くと言って病室を出た。


 トイレで手を洗って冷静になると、瞬くんの言葉が頭に浮かんだ。


 確かに、イジメは健吾たちから始まった。やがてその雰囲気を察した誰かが加わり、加わらないまでも僕に味方したらマズイという空気が膨らんでいく。100匹めのサルが参加した瞬間に、クラス全員が僕の敵に回った。そして小心者の大ザルまでが、最後のイスに滑り込んだ。


「あの糞ザルたちめ」


 僕は吐き捨てる様に呟いた。

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