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瞬くんと生きた夏  作者: マーク・ランシット
6/21

 仲良くなると、瞬くんはとてもおしゃべりで、そして凄い知識の持ち主だった。


 理由は瞬くんの曾おばあさんだった。体の弱かった瞬くんは、高千穂というところに住む曾おばあさんのところに預けられ、その曾おばあさんから沢山の事を学んだらしかった。


 その曾おばあさんの名前は愛子といった。愛子ばあちゃんはもともとは東京生まれで、戦争の時に親戚を頼って宮崎に逃げて来たらしい。そしてそのまま宮崎に移り住み、曾おじいさんと結婚した。


 曾おじいさんは高校の先生で、愛子おばあちゃんも中学校の先生だった。周りの人から尊敬されるほど頭の良い人だったらしい。


 学校に行けない瞬くんの為に、漢字だけではなく、中学生以上の勉強も教えてくれた。だから、瞬くんは大人が読む様な本を平気で読むことが出来た。そして、瞬くんが標準語を話す理由もそこにあった。


 それが、一日目に僕が知った事だった。


 そして、なぜ瞬くんが同学年の僕と友達になりたかったのかという理由も知った。瞬くんの周りにいる子供たちや蘭ちゃんでは、あまりに幼くて、瞬くんの話し相手にはなれなかった。看護師さんたちは忙しくて、瞬くんの相手をしてくれる時間はない。だから、同じ学年で学校に行っている僕と話をしたかったのだ。


 翌日、僕は学校の教科書や問題集を持って行った。瞬くんからそう言われたからだ。学校に行っていないのに、瞬くんはそれらの問題を易々と解いた。


 愛子ばあちゃんの血を引いていて、瞬くんも頭が良かったのだと思う。教え方もとても上手で、いろんな例えや実例をあげながら、僕が理解出来るまで丁寧に説明してくれた。


「漢字は繰り返して読んだり書いたりすること。その形の面白い部分や理由を自分で考えること」

「形の面白いところ?」

 僕は首をひねりながら聞いた。


「何でも良いんだよ。その漢字に興味を持つことが大事なんだから」

「興味?」

 僕にとって漢字は、テストのために覚えるべきものでしかなかった。


「どうせ覚えるんなら、その字のカッコいいところとか、なんでそんな形になったのかとか、想像したら面白いやろ?」

「え、漢字ってカッコいいの?」

 僕は、いままで漢字をカッコいいと思ったことはなかった。どっちかって言うと、アルファベットの方がカッコいいと思っていた。


「この手紙を見てごらん」

 瞬くんが僕に一通の手紙を渡した。それは愛子おばあちゃんからのものだった。ボールペンではなく筆で書かれていた。


 便箋の上に美しい文字が並んでいる。それは、教科書や問題集の中にあるごつごつとした文字ではなく、瞬くんへの愛情がこもった優しく流れるような文字だった。


 僕は手紙の最初の文字、瞬くんへという字に目を奪われた。


「この瞬って漢字は、凄くカッコいいね」

「愛子ばあちゃんの書く字が、僕は大好きなんだ」


 その得意げな顔に、僕は何故かうれしくなった。そう言えば、僕の曾おばあちゃんも、とても読みやすくて綺麗な字を書いていたのを思い出した。僕もいつかこんな字が書けるようになりたいと思った。


 瞬くんの話はとても以外で、面白くて、僕の脳味噌をどんどん膨らませてくれた。


 算数の問題集をやり終わった後、瞬くんが言った。


「算数で一番面白いのは、隠されたルールを見つけることだと思うんだ」

「ルール?」

「大河は、この次に来る数が分かる?」


 そう言うと、ノートに数字を書いた。

 1、3、6、10、15、?


「15の次に来る数字を考えればいいんだよね。えーーと、3から1を引くと2だよね・・。で、3に2を足すと5・・・、違うか」


 僕は、前後の数字を足したり引いたり、掛けたり割ったりして、色んな事を試してみた。

 いつの間にか、ノートはいろんな数字でいっぱいになっていた。でも一向に答えは見つからない。悲しい気持ちで瞬くんを見ると、すました顔で本を読んでいる。どうやら答えを教えてくれるつもりはなさそうだった。


「あっ」

 突然、何かがピンと閃いた。数字の下に〇で正三角形を書いてみた。


 1,3,6,10,15、?


 〇が一つづつ増えていき、それらを足していくと、


 1+2=3,3+3=6、6+4=10、10+5=15、15+6=21


「答えは21だ」

 僕の心の中を、なんとも言えない幸福感が満たしていた。


「大河は、結構すごいっちゃね」


 瞬くんにとっては、とても簡単なことのはずなのに、まるで自分の事の様にうれしがってくれた。

 その時は何も言わなかったけど、翌日、瞬くんはそれが三角数だと教えてくれた。そして、ずっと先の50列目の数の計算の仕方も丁寧に教えてくれた。


 瞬くんは、けっして僕に勉強を押し付けたりしなかった。飽きたら別の話をしてもよかったし、あとから前の問題の事を聞いたりもしなかった。


 僕と瞬くんの間には、大人と子供の差があったし、自分の自慢をするために僕と友達になったわけではなかった。


 僕の学校にも勉強の出来る秀才はいた。憧れはあっても、手の届かないというイメージはなかった。でも瞬くんは、彼らとはかなり違っていた。教科書の範囲を超えていて、もっと高い部分だったり、もっと深い部分を易々と持っていた。


 秀才たちのいる場所に行ける梯子は見えても、瞬くんのいる場所に行くための梯子は全く見えなかった。

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