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瞬くんと生きた夏  作者: マーク・ランシット
4/21

「先生が、ご褒美にアイスクリームを買ってくれるってさ。一緒に買いに行こうか」

 看護師さんが、僕の手を引いて売店に連れて行った。


 売店には、二人の先客がいた。僕と同じくらいの男の子と、その妹らしい女の子。男の子の頭にはバンダナが巻かれていて、何かの病気だろうと思った。


 二人は、何かの言い争いをしていた。女の子の持っていたアイスクリームを、男の子が掴もうとした。それを避けようとして、アイスクリームが、僕のTシャツに当たった。お気に入りのシャツが汚れた。


 あっ。


 二人は、一瞬ボー然とした顔で僕を見た。


「お兄ちゃんのバーカ」


 女の子が、アイスクリームを手に持ったまま走って行った。残された男の子は、目を見開いたまま顔を引き攣らせていた。


「ご、ごめん・・・」


 数秒が過ぎたとき、男の子が喉を詰まらせながら必死に何かを言おうとした。その後の言葉は出てこない。


「心配せんでも、洗濯すれば綺麗になるから」


 看護師さんが、ハンカチで汚れを拭きながら言った。その何気ない普通の言い方に、僕は何故か安心し、限りないやさしさを感じた。


「僕は大丈夫だよ」


 看護師さんの思いやりが、僕にそれを言わせた。男の子の表情から緊張感が消えた。


「この子は大河くんよ。東京から遊びに来ちょっと。それから、こっちは瞬くん。小児科に入院してるの」


 看護師さんが二人を紹介した。僕はコクリと頭を下げた。瞬くんは照れくさそうな、でも本当に嬉しそうな表情をした。今までみた事のない透き通った感じの少年。それが、僕の瞬君への第一印象だった。



 曾おばあちゃんは大事を取って、5日間入院することになった。薬で血管に溜まっていたものを溶かしたり、血管を柔らかくしたりする為だ。ついでに、身体のいろんなところを検査することになったみたいだった。


 おじいちゃんたちには急ぎの仕事があったから、僕は次の日も病院で過ごした。


 その日の午後。曾おばあちゃんの病室に瞬くんのお母さんが挨拶に来た。昨日の女の子と一緒だった。


「こんにちは。私、坂上紀子と言います。昨日、この子が大河くんのシャツを汚してしまったみたいで、本当にすいませんでした」

「あら、ホントね。大河は何も言わんから、私、知らんかったとよー」


 曾おばあちゃんは、ベッドの上で驚いた顔をした。


「ほら、蘭。大河くんに謝りなさい」

 女の子に、きつい調子で言った。


「ごめんなさい」

 蘭ちゃんは、少し泣きそうな顔で言った。


 僕は、ただコクリと頷いた。


「まー、子供の遣る事だから、別にそこまでしてもらわんでも良いんじゃないですかー。大河もなんも気にしとらんみたいだし」


 曾おばあちゃんの言葉に、

「実は・・・」

 と、瞬くんのお母さんが口を開いた。


「息子の瞬が、大河くんとお友達になって欲しいみたいなんです・・」

 瞬くんのお母さんは、僕と曾おばあちゃんの顔を交互に見ながら、瞬くんの事情を話し始めた。


 瞬くんは僕と同じ小学6年生。もともと体が弱かったせいで学校も休みがちだった。自分たちが共稼ぎだった事もあって、誰もいない家に一人で置くわけにもいかず、曾おばあちゃんのところで世話になっていたらしい。


 今年になって病気が見つかり、この宮崎大学附属病院に入院することになった。


「ここにも入院している子供はいるんですけど、ちょうど同じくらいの年の子がいなくて、昨日会った時から、大河くんの事が気になってしょうがないみたいなんです」


「私も、あと4日くらいしかいないし、大河も夏休みが過ぎたら東京に帰ると思うっちゃけど・・」

 曾おばあちゃんは、困った顔で答えた。


「僕も、瞬くんと友達になりたい」

 僕は、とっさにそう言った。それは魂からの叫びだった。


 この数日、僕の気持ちは落ち着いていた。ここにいる限りあの嫌な奴らと出会う心配はない。でも時が過ぎこの夏が終われば、僕はあの街に戻らなければならない。そんな恐怖は、いつも僕の胸の中に居座り続けていた。


 瞬くんと友達になる事で、そんな恐怖を忘れたかった。


「バスの乗り方を教えて貰えれば、一人でも来れるよ」

「それじゃ、私がバス代は出すから」

 瞬くんのお母さんが言った。僕が必死だった様に、恐らく瞬くんのお母さんも必至だったのだと思う。


「ホンの1時間でいいんです。何でも話せる友達がいるだけで。それだけで、瞬は生きる希望が持てると思うんです」

 

 瞬くんのお母さんは、曾おばあちゃんに必死に訴えた。生きる希望という言葉に、曾おばあちゃんは、真剣な顔でうなずきながら聞いていた。もしかしたら、瞬君の病気は相当重いのかも知れなかった。


「考えてみたら、これも何かの縁かもしれんね。大河にしても、私みたいなお婆さんと一緒にいても、面白くもなんともないじゃろうし・・。バス代はこっちで払います。お昼も用意しますから。一時間と言わず、何時間でも一緒にいればいいんじゃないの」


 きっと、曾おばあちゃんは、僕の気持ちも、瞬くんのお母さんの気持ちも理解したのだと思った。


「ありがとうございます。ありがとう、大河くん」

 瞬くんのお母さんは、曾おばあちゃんと僕に何度も頭を下げた。僕の視線からは、その目に涙が光っているのが見えた。


「今から、会いに行って来んね」

 曾おばあちゃんが笑顔で言った。


「ごめんなさい。瞬は今、検査を受けていて会えないんです」

「そうね、じゃったら病室だけ教えてもらっちょったら、明日から自分で行けるっちゃないと?」


 曾おばあちゃんの提案で、その日は病室だけを教えて貰った。

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