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「今日は西都で仕事やから、遅くなると思うよ。ご飯も自分で遣っといてね」
おじいちゃんが、曾おばあちゃんに言った。
宮崎に来て、数日が過ぎていた。おじいちゃんとおばあちゃんは、二人だけで小さな鉄工所を遣っている。大きな鉄骨を扱ったり、溶接という危険な仕事もあるので、僕には何の手伝いもできなかった。
「大河くん。ご飯出来たよー。はよーこっち来て食べてくれんねー」
曾おばあちゃんの呼ぶ声がした。僕は、部屋を出て、居間に行った。
「大河は味噌汁は好きね? おばあちゃんの味噌汁は、ちょっと塩からいとよ。からかったら、お湯を入れたらいいっちゃから」
僕は、曾おばあちゃんの近くまで行って味噌汁を貰おうとした。
「あら、ごめんね」
曾おばあちゃんの手元が狂って、もう少しで味噌汁をこぼしそうになった。曾おばあちゃんはテーブルを掴んで、倒れそうになるのを防いだ。僕は、曾おばあちゃんの手を取って、椅子に座らせた。
「ちょっと疲れちょっとかねー。立ちくらみがすっとよねー。おばあちゃんも、もう歳じゃから」
曾おばあちゃんは笑おうとした。でも、頬が引き攣ってしまった。目を見ると、焦点が合わずに空中をさまよっている。
僕の頭の中で、アラームが鳴った。
脳溢血という言葉が浮かんだ。
一年ほど前のことだった。お母さんとスーパーで買い物をしていた時、近くにいた人が突然、足をふら付かせて倒れ込んだ。周りにいた人たちは、不審そうな目を向けた。
お母さんが、その人のところに駆け寄った。
「大丈夫ですかー」
お母さんは、そう言いながら目や手の先を調べた。
「すいませーん。誰か、救急車を呼んで貰えませんかー」
お母さんと僕は、救急車が到着するまで待っていた。救急車の人に、お母さんは何かを伝えていた。
「心配しなくても大丈夫。あれは、脳溢血という病気の前兆なだけ。病院に行けばきっと良くなる」
「のういっけつ?」
「頭にある血管が詰まってしまうの。もし破裂してしまうと、大変な事になるのよ」
お母さんは、その症状を教えてくれた。僕は、お母さんのする病院の話が好きだった。
その症状が、曾おばあちゃんの状況と同じだった。お母さんは言ってた。その前兆を見逃したらダメ。きっと後悔する。
大丈夫だよという曾おばあちゃんをベッドに寝かせると、僕は迷わずに救急車を呼んだ。大事な人を失いたく無かった。
「大河くんのお手柄やねー」
病院の看護師さんが、僕の頭を撫でながら言った。
「放って置いたら、今頃どうなってたか分からんかったとよー。脳溢血は、怖い病気やからねー」
曾おばあちゃんは、病院のベッドで眠っていた。腕には点滴のチューブが繋がっている。
おじいちゃんには、病院から連絡をして貰った。代わった電話口で、大河ありがとうなって何度も言われた。
曾おばあちゃんの寝顔を見ながら、お母さんの事を思った。お母さんは、毎日沢山の人の命を救っているんだ。お母さんの事を誇らしく思った。