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瞬くんと生きた夏  作者: マーク・ランシット
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 そこかしこに桜の花が咲いていた。


 全開にした車の窓から、心地よい春の風が流れ込んでくる。


 大学への通学用に買った車は、中古の軽自動車だった。それでも曲がりくねった坂道を難なく登って行く。アクセルを強く踏み込むと、調整の効いたエンジンが、ギューンと唸り声を上げて、身体をシートに食い込ませた。助手席に乗せたい人がいる。彼女は両親と、僕の来るのを待っていた。


 宮崎みたま園には、僕の大事な人が眠っている。4月5日、それが彼の命日だ。毎年、僕は欠かさずお墓参りに来た。そして、今日が6回目のお墓参りになった。


「大河君。今年も来てくれたとやね」


 瞬くんのお母さんが、僕に気が付いてほほ笑んでくれた。お父さんと妹の蘭ちゃんが、無言で頭を下げる。蘭ちゃんは、二人に気付かれないように、腰の後ろで手を振った。


「宮大の医学部に合格したっちゃね。お母さんから電話があったとよー。大河君は、本当に偉かねー」


 僕は、ありがとうございます、と言って深々と頭を下げた。単なる儀礼では無かった。毎年、瞬くんに会いに来るのも、医者を志したのも、すべてはあの夏の出会いに感謝するためだ。


 もしも瞬くんに出会っていなければ、僕もきっと生きてはいられなかったから・・。



 7年前、東京。


「こんな時しか連絡しなくてすいません」


 お母さんが、電話口で謝っていた。原因は僕だった。夏休みの直前に、僕は不登校になった。


 サッカークラブの仲間から始まったイジメはクラスのみんなにも広がり、僕の居場所はなくなってしまった。2DKの狭いアパートが、僕を外敵から守ってくれる唯一の城になった。


 お母さんは、一人で僕を育てていた。近くの総合病院で看護師をしていた。家にはお父さんの写真は無かった。だから、僕はお父さんの顔も名前も知らない。


 おばあちゃんと相談した結果、お母さんは僕を夏休みの間だけ、実家である宮崎の家に預ける事にした。


 忙しいお母さんは、何とか時間をやりくりして僕を羽田空港に連れて来た。


 飛行機会社のお姉さんに手を引かれて、僕は搭乗ゲートに向かった。振り返ると、お母さんは座り込んで泣いていた。


 僕のせいだ。僕が弱虫だから、お母さんに苦労ばかり掛けるんだ。涙が、ボロボロとこぼれ落ちた。


「大河くん。大丈夫?」


 手を引いていたお姉さんが、心配そうな顔で聞いた。僕は、右の袖で涙を拭うと、うんと大きく頷いた。嗚咽で声にならなかった。涙は止まらなかったけど、立ち止ったら、お母さんに迷惑が掛かると思った。僕は引き留めようとするお姉さんの手を振り切って、逃げる様に駆け出していた。


 宮崎空港には、おじいちゃんとおばあちゃんが迎えに来ていた。


「大河は、見らんうちに大きくなったもんやなー」


 事情は知っているはずなのに、二人はそれを感じさせないほどの笑顔で、僕を迎えてくれた。ほっとする様な、大きなぬくもりみたいなものを感じた。


「お腹空いたっちゃねーと。ラーメンでも食べようかねー」


 おばあちゃんが、車に乗せながら言った。


「こっちのラーメンは、豚骨が多いとよ。大河は食べられるとかね?」


 車の中で黙っている僕に、おじいちゃんが心配そうな顔で言った。でも、僕は別の事を考えていた。


 おじいちゃんの髪は真っ白で、服はかなり使い込まれていた。僕なんか預かって、大丈夫なのかな・・・と。

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