先輩が怖くなくなってきた日
初音視点です
本編中に出てきていた、景介の過去話を初音が聞いた日のことです。
「……というわけで、私は若の側近となったんです。」
「そんなことがあったんですね……。その、先輩は、大丈夫だったんですか?刺されたんですよね?」
「はい。幸いなことに、跡もそこまで目立たず、後遺症などもありません。」
会長と先輩がどうして今みたいな関係になったのか。そう聞けば、会長は快く教えてくれた。
6年生のときに、刺されるなんて……。想像しただけで痛そうだ。私は落ち込む気分を隠せず、表情を暗くした。
「ほんとに、そんなことがあるんですね。怖いです……。」
「お嬢のことは、若が必ずお守りしますよ。……と、言葉でいくら言ったところで、怖いものは怖いですよね。お嬢の不安が少しでも晴らせるといいのですが……。」
会長が弱った顔で肩を落とす。私はそれを、困惑しながら見ていた。
これ以上先輩と関わる気はない。先輩のことが怖いのは変わらないし、今みたいに逆らわず縮こまって空気みたいにいられたらそれが1番だと思ってる。
それなのに、先輩に守られるとか、不安を晴らすとか……できるとは思えないよ。
「そうだ。お嬢、これから練武場へ参りませんか。今の時間、若が中で稽古をなさっているはずです。少しの時間、見学できるように話をつけて参りましょう。」
「稽古、ですか。……えっと、どんなことしてるんですか?」
「若はなんでもなさっておられますよ。体術は一通り習っていますし、最近は弓なんかも始めておられます。」
「……弓、って、どこで習ったりできるんですか?」
会長の言葉に驚いて目を瞬かせた。
弓を習ってるなんて、これまで聞いたことない。広い場所も必要そうだし、特別なスポーツってイメージがあるから、習うものだなんて、考えたこともなかった。
私の表情を見て、会長は軽く笑みを溢すと、説明してくれた。
「弓の実技自体は、茶戸家が運営する道場がございますから、そちらで。それに、ここでもできることなどはやっていますよ。」
「そうなんですか。そんなことも、してるんですね。……少しだけ、見てみようかな。」
先輩がどんなことをしてるか、よりも、弓ってどんなものかが気になって、私は小さく呟いた。ちょうどすることもないし、暇潰し程度に見てみるのもいいかもしれない。
会長は私の言葉に嬉しそうに笑って、さっそく練武場に案内してくれた。
「こちらが練武場です。今は……若が組員にご教授なさっているようですね。少々お待ちください。若、失礼します。お嬢をお連れしました。見学だけ、お邪魔してもよろしいでしょうか。」
「え、初音?うわー、ちょっと待って。ねー、どっか場所空けたげて。ん、ありがと。いいよ、初音。入って。」
「お、お邪魔します……。」
先輩の呼び掛けに、私は恐る恐る中へ顔を覗かせた。
中には5、6人の組員さんと先輩がいた。みんな道着を着ていて、稽古をしていたのがすぐ分かった。
「初音、おいで。どうしたの?何かあった?」
「あ、その……少しだけ、見てみようかなって思って……。」
「そっか。大歓迎だよ。今日は危険なことはないけど、気を付けて見ててね。」
「は、はい!」
先輩に促され、私はそろそろと中へと入っていった。
それを見て、先輩は振り返り、稽古を再開した。
「今は、何をしているんですか?」
「柔道を基本にした自衛術ですね。誰かに襲われたとき、まずは自分を守れなくてはいけませんから。若は慣れてらっしゃるので体の動かし方が自然と分かるようですが、初心者はそうなるために特訓しないといけないということです。」
「へぇ……。」
こうしてぼーっと見ていても、先輩が1人1人に目を配りアドバイスをしているのがよく分かる。それがどれだけすごいことなのか私には分からないけど、大変そうだとは思う。
なんだかこうして見てみると、先輩も何かのために頑張ってることがあるんだなと思えた。私はこうやって闘う力をつける必要はなかったけど、先輩にとってはつけないといけない力だったんだろう。そう考えると、ただ怖いだけの人じゃないかもと思え、少しだけ先輩を見る目が変わった。
「……若は、こうして日々守りたいものを守れるだけの力をつけるために努力しておいでです。なので、これがお嬢の不安を鎮める一助となれば幸いです。」
会長の言葉に、心の中の不安が少しだけなくなった気がした。
11,111PVありがとうございます!
前話の予告通り、今回は初音ちゃんの話を書きました。
時系列としては、本編52話から53話の間を想定しています。
次回は15,000を予定しています。景介くんについて書こうと思っています。
楽しみにしてくださると嬉しいです!