季節外れの転入生
第1章 プロローグ
目の前に立つ少女は笑顔を浮かべていた。桜に攫われそうに見えたその少女は、美狩蒼良に言うのだ。
「貴方の大切なものは、私たちの神さまなんだよ」
ーーだから、もう諦めて。
耳に届いた言葉の意味が分からず首を傾げる。不思議そうな表情を浮かべながら、1つだけ心当たりが頭を過ぎった。
「私たちは、……だから」
そう言って立ち去る少女の背に手を伸ばす。白銀の髪は風に揺れて、蒼良の伸ばした手を遮るように桜が邪魔をする。
少女が立ち去った木の下には、金色に輝く鈴が2つ落ちていた。鈴に近づいて、拾えば静かにチリンと音が鳴った。その音の後に、聞きなれた声が頭に響いた。
「……僕たちの道はもう違うんだよ」
桜の木の向こう側に見慣れた姿が見えて手を伸ばす。
「……蒼!」
気がつけば空中を掴んでいた。見慣れた白い天井に自分が先程まで夢を見ていたことに気がつく。自分でも驚くぐらい大きな声が出ていたのに気がついて、寮の同室のケイ·リボルが起きていないことを確認する。蒼良とは反対側の右端に置いてあるベッドの上で寝返りをうったケイを見て、起こしていないことに安心する。ベッドサイドに置かれたスマホの点灯に気がついて、スマホを手に取る。スマホには、5:00と表示されていて、まだ起きるには早いことに気づくと、息を吐きながらベッドに体を沈めた。
誰だか分からない少女と、今ではすっかり疎遠になってしまった幼馴染ーー火覚蒼。中学生時代すっかり荒れていた蒼良は、蒼との接触を避けてきた。その結果、今では逆に避けられる立場になってしまった。
「……春太」
スマホのアプリを開くと、実兄·美狩春太から転入生の案内を頼むから早く来いと連絡が来ていた。
「5月に転入生ねえ……」
季節外れの転入生のことを考えながら、蒼良は学園に向かうために着替えることにした。