第2話 収穫祭とこずるい侵略者
収穫祭…美味しい物が沢山実っていそうです。
それを狙うもの達も舌舐りをしていますね。
さぁ、では、幕が上がります。
辺境の田舎にそぐわない立派な城壁都市クラシアス。
本日も平穏に時が過ぎていく。
岩壁面奥の滝の側にひっそりと営む『フィルの武器工房』から小気味の良い金属を叩く音が断続的に響き渡る。
一流冒険者達が装備品を整える為に注文が増えている。
もうすぐ収穫期。
田畑や農園の実りの季節がやって来ている。
実りにつられて魔獣や魔物や獣達もやって来る。
所謂毎年恒例の魔獣大進撃の季節。
冒険者達の大きな稼ぎの季節でもある。
活躍次第で三流冒険者にとっては二流冒険者への昇格の足掛かりになり二流冒険者にとっても一流冒険者への昇格の評価にもなる。
一流冒険者は帝都周辺に生息しない珍しい魔獣や魔物の素材も帝都に持って行けば高く売り捌ける。
まさに一攫千金の大好機なので冒険者達の鼻息も荒くなる。
この時ばかりは冒険者達の財布の紐も大きく緩む。
クラシアスの武器工房店全ては全力回転で大忙しなのだ。
『フィルの武器工房』も漏れ無く大忙しである。
「ったく、だから、もっと、前から、多目に、準備しろって、時期を、重ねて、注文して、くるなって、毎年、お前達に、皆に、言っているんだ!」
怒っているように聞こえるが楽しげにアダマンタイト製の重そうな鎚を軽々とリズミカルに振るうフィルがいる。
その様子をクスクスと笑い六人の一流冒険者達が見ている。
「フィルニィ、本当に悪い。断るに断れない依頼を幾つか受けていてなかなか顔を出せなかったんだ。」
狩人用のミスリル製の軽鎧を着込んだ三十代半ばの冒険者リーグスが頭を右手でガシガシと掻きながら言う。
「フィルの旦那、本当に申し訳ネェ。今時期忙しくなるのは解ってたんだがよぅ、最後に受けた依頼がよぅ、帝都の子爵様からの『直々の組の名指し』の依頼でよぅ。この街の冒険者組合に何度も言っても断れなくてよぅ。」
アダマンタイト製の大楯と槍を背中に背負ったアダマンタイト製のフルプレートメイルを着た四十代後半の男冒険者ガルナが胸の前で腕を組深いため息を吐き出す。
「あー、なるほどな。そいつは、不運だったな。帝都に、まで、名前が、届いた、有名組になった性だな。で、稼げたのか?」
フィルは鎚を伝えて振るいながら彼らの事を胸の中で気の毒にと思って聞いていた。
貴族からの依頼達成料金は多くはない。
見栄の為の魔獣狩りや危険な遺跡での珍品採取。
貴族と言う権力で依頼をしてくる事が多く一流冒険者達は出来るだけ避けている。
報酬料金が少ないその癖に危険な依頼が多いのだ。
「うん、まぁ…今回のは依頼料金も冒険者組合の規定額を貰えたし帝都から狩り場までの往復の馬車の送迎料金も貴族持ちだったから出費は少なくてなかなかの稼ぎにはなったが…『貴族の小倅達』がな…」
アダマンタイト製の大剣を背負った三十代後半のアダマンタイト製の重鎧の男冒険者ザミルが苦虫を噛み潰した様な顔をしている。
話の流れから面倒な事もあった様だ。
鎚を振るう手を止めずにきっと貴族の息子達の引き起こした面倒事だろうとフィルは考えた。
「一番歳上の小倅が目的の魔獣を一頭仕留めた後から『弟小倅達』が更に大きな手柄を挙げようと焦って魔獣に組み倒されて軽い怪我をした。そしてその日の晩から帝都に帰り着くまで『小倅達』は殴り合いや刃傷沙汰に何度もなった。無駄に上級回復薬や回復魔法を使う羽目になった。」
神官の衣装を纏った二十代後半の年齢より少し低い身長の女性冒険者ユーリスがふて腐れたように言う。
一流冒険者の使う回復薬はかなりの高額になる。
一般人や三流冒険者にはおいそれと手が出せない程の高額な代物なのだ。
「はぁ、…そいつは、災難、だったな。成り立ての、下級貴族は、昔から、すぐに、手柄を、欲しがる、からな。自分が、爵位を、継ぐ為に、ならば、簡単に、兄弟を、蹴落とすし、死の、表発表には、『病死』や、『名誉の戦死』を、理由として、よく使うからな。」
フィルは下級貴族は昔から変わらないと首を振り掌サイズの長さに短冊状に切断して整えてあるミスリルのインゴットに向けて鎚を振いナイフの形に整形していく。
「あー、『弟小倅』二人も親っさんと同じような事を言っていたよ。「狂暴な魔獣に突然襲撃された俺達を逃がす為に一人残って戦った挙げ句に死んだと父上と叔父上達に立派な名誉の戦死だったと報告してやる!兄上!!安心して死ね!!』とか『兄小倅』も『お前達が死んで父上や叔父上達の糧になれ!!手際の悪い辺境の冒険者達の責だとも伝えてやる!』ってさ。思わずぶん殴ったよ。濡れ衣にも程があるよ。全くふざけるなって言うんだ。」
アダマンタイトとミスリルを組み合わせたバックラーを左腕に装備し左腰にロングソードを携えミスリル製の軽鎧を着て右手を腰に当てた二十代前半の年齢に見える女性エルフララミータがそう言うとフィルはピタリと手を止めて聞き直した。
工房になり響いていた金属音が止む。
二百数十年ぶりに下級貴族が当時頻繁に使っていたフィルが吐き気を催す大嫌いな言葉を聞いた。
「…ララミータ、『糧になれ』そいつらは間違いなくそう言ったんだな?」
一流冒険者達は見たこともない冷たい目をしたフィルの横顔を見て息を飲んだ。
「ああ、間違いねぇ。俺達六人皆で聞いたからな。兄弟でじゃれているにはあまりにも険悪だと思って見に行ったらよ、マジで弟二人掛りで兄貴を斬り付けててよ。『兄小倅』は背中をバッサリ斬り付けられていて『弟小倅達』を怪我をさせないように止めるのに苦労したぜ。だからその日から狩りに出掛ける時まで武器類を取り上げて寝所のテントも別々に立てたり夜はテントに結界を張って出られなくしたり三人に二人づつ警護したりしてよ。最終日に魔獣に出くわして位置取りをしていた時に一番歳上の『小倅』が一番歳下の『弟小倅』を魔獣の前に蹴り飛ばしたのは心底驚いたよ。魔獣が怯んで後ろに下がってくれたお陰で顔に軽い擦り傷程度で助かったけどな。狩り場で少し目を離すと直ぐに殺しあいの兄弟喧嘩でよ。武器を取り上げても殴り合い始めるしよ。帝都にたどり着くまで『小倅達』縄で縛り上げて眠らせて邸宅で貴族の親御さんに理由を話して帰って来たって訳でよ…親御さんも参っているって言っててよ。魔獣狩りで兄弟の仲が良くなればと思って依頼したらしいがよ…本命の依頼の魔獣狩りより兄弟喧嘩の仲裁の方が面倒だったよ…親っさん…忙しい時にすまねぇな。数の多い投擲ナイフの注文なんてよ。」
男勝り言葉で黒づくめの盗賊職の三十代前半の女性冒険者ジリーヌがうんざりしたように話す。
フィルが眉間に皺を強く刻み目を閉じて大きく息を吸い込み吐きし目を大きく見開く。
その場に居た者が全員が数歩下がり一瞬身震いする程の見た事の無い恐ろしい形相をあらわにする。
フィルは目を閉じ何度か深呼吸をする。
そして一流冒険者達が知るいつもの優しいフィルの顔に戻る。
「いや、良いってことだ。こいつは消耗品だからな。それだけの依頼をお前達が無事に達成出来ている証だからな。」
フィルは盗賊職と狩人職用の投擲用のナイフを制作している。
投擲ナイフはいわば使い捨てに近い使用をするために切れ味と貫通力と強度のバランスのよさを求められる。
直接の殺傷力は低いものの強い魔獣や体力の高い魔物などに対して用途に寄った様々な阻害魔法を付与し更に毒などを塗ったナイフを投擲する。
数を多く使う消耗武器だ。
戦場ではいちいち投擲したナイフを探し回る暇などは無い。
あとから探すような事もしない
獲物に運良く突き刺さっている物を回収する程度が普通だ。
その為、制作料金の手頃なミスリル製の投擲ナイフが一流冒険者の盗賊職や狩人職に需要が高い。
店に展示していた物在庫の作り置いていた物は売り切れていたのでフィルはここ毎日休まず鎚を振るっている。
「私達も正直怪しい依頼だと思っていたんだ。貴族のお遊びの魔獣狩りの護衛なんて楽な依頼で高額報酬なら帝都の二流冒険者でも出来るし一流冒険者なら誰でも受ける筈だって。帝都から離れたこの街の冒険者の私達に貴族から直々の名指しでなんて不思議だって。何度も冒険者組合にも取り下げ願いを出して貰ったんだけど何度も冒険者組合から勢いの強い帝都の子爵様からの依頼だから受けて欲しいって言われて…まさか殺しあいの兄弟喧嘩を止める為に一流冒険者を選んだなんて思いもしなかったもの。」
この組で一番若い魔法使い用の長杖を持ちフード付きの外套を纏った二十代前半の女の子アリナがうんざりしたように話す。
フィルは立ち上り彼女の頭を優しく撫でる。
フードを深くかぶりアリナは「えへへ」と嬉しそうにはにかむ。
フィルは金床の前の椅子に座り胸の前で腕を組み目を閉じて考える。
目を開けて決心を決めて少し低い声でフィルは言う。
「…よし、俺が冒険者組合に話を付けておく。これからは帝都から来る依頼は全て裏の取れたまともな依頼だけを回す様に言っておく。かなり危険な依頼を押し付けて来た事にこの街の冒険者組合は気付いてなかったんだろう。この街の貴族達は皆温厚だからな。帝都の温厚な貴族からの依頼だとこの街の冒険者組合は思っていたんだろうな。」
彼らに振りかかりかけた災難に怒りを込めて鎚を振るう。
「えっ?」
一流冒険者達が声を揃えて疑問に声を漏らす。
一流冒険者と言えど彼等は帝都中央までにほぼ出向く事の無い辺境の街を中心に活動する冒険者達だ。
帝都の貴族の考えなどわからないだろう。
フィルは作業を続けながら一流冒険者に解る様に説明する。
「お前達は、危うく、貴族の、爵位継承の、争いと、領地権奪取の、名目の為の、生贄に、仕立てられ、かけていたんだ。」
フィルは後ろを振り返り六人を一人づつ準備に真剣な目付きで見つめて話す。
「なんだよそれ!!」
大剣を背負った重鎧の男ザミルが声を荒らげる。
フィルは鎚を振るいながら話を続ける。
「今回のような下級貴族からの依頼をよく覚えておけよ?次からは何が何でも断るんだ。兄弟を無事に全員生かして送り届けたから良かったものの誰か一人でも死んでいたら間違いなく『危険な魔獣狩りを強行させて息子を死なせた無能な冒険者達の責任だ!』と騒ぎ立てて貴族の親達や親族達に糾弾され有無を言えないままお前達は貴族に私刑にされていただろう。」
一流冒険者達は声も出せなかった。
フィルは話を続ける。
怒りを込めて鎚を振るいながら。
「帝都の、一流冒険者達を、その生贄に、仕立てる訳には、行かない。何故なら、その、貴族に、何も、いい旨味が、無いからだな。それに、その、貴族兄弟が、爵位継承争いを、している事は、帝都でも、知る者は、知っている筈だ。そんな争いを、している、下級貴族の、依頼は、帝都じゃあ、引き受けて、貰えなかった、筈だ、ふぅ。」
一流冒険者達はごくりと唾を飲み込む。
フィルはナイフの形に打ち上がった物を金挟みで挟みじっくりと観察し高温の炎魔法で適温まで高温で焼き水桶に一気に付ける。
水桶の水が音を立てて蒸発し沢山の気泡を上げでナイフを冷却する。
フィルは水桶からナイフを引き上げ細部まで観察をする。
「うん、良い出来だ。」
フィルはナイフを砥石前に並べ金挟みを置くとパイプに煙草の葉を詰め火を灯し煙を吹かし出す。
椅子を一流冒険者達に向けて座り六人を真剣な眼差しで見つめてフィルは話を続ける。
「だから帝都から離れた辺境のこの街いる冒険者の中で帝都でも名前が通った一流冒険者達の不手際で貴族の息子が死んだと発表するつもりだったんだろう。この街は立派な外縁城壁都市だし農作物の収穫もいい良質の水も豊富で税収もいい治安も比較的にいいこの街を息子の死と引き換えにここの領地を持つ上位貴族を攻め立てて追い詰めあわよくばこの領地を奪い盗ろうと狙っていたんだろうよ。300年程前の昔に流行り使い尽くされた領地侵犯の大義名分の手口の一つだ。」
一流冒険者達には静かに話をしていたがフィルの怒りはおさまらない。
(くそっ!三流貴族の陣取り遊びにこの子達や俺達が開拓した街を巻き込もうとしやがって!)
フィルが後ろを振り向き大事に使っているアダマンタイト製の鎚をアダマンタイト製の金床に力いっぱい乱暴に叩き付けるように一度打ち付けた。
激しい金属音が鳴り響き凄まじい火花が飛び散った。
一流冒険者達はフィルが怒りを露にしている事に驚いていた。
小さな頃から知っている優しいフィルが自分達の為に怒ってくれている。
フィルにしても彼らは生まれた頃から知っている街の子供達だ。小さくて可愛いこの子達がすくすくと元気に育ちに冒険者となり一流冒険者となる事を見守って来た。
本当に親の様に親族の兄が可愛いがるように。
そんな可愛いこの子達を貴族の下らない爵位継承権争いと領地権争いに巻き込もうとしたこの依頼の本命の継承権争いの真相に薄々気付きながらもこの街に依頼を流した帝都の冒険者組合にフィルは激しい怒りを感じていた。
「フィルニィ…俺達…どうなるんだ?…爵位継承権争いの裏側なんて知っちまった…どうなるんだ?」
弓を強く握り締めたリーグスが貴族の事を怯えたようにフィルに聞く。
フィルは一流冒険者達を安心させるように優しく話す。
「心配はいらない。お前達は無事に帰ってきた。表だっての襲撃など子爵の私兵が百人掛りでも無理な事は依頼を無事に達成させた事で理解出来るだろう。だから依頼料金を素直に冒険者組合に支払った。冒険者組合に支払わなければ『依頼料金を踏み倒した貧乏貴族』として面子を潰され下手をすれば帝国衛士の介入になり帝国からは爵位降格を命じられる。成り上がり立ての子爵程度の収入で帝都まで名前の知られている一流冒険者の組全員の暗殺依頼の費用なんて支払える筈も無いからな。第一に裏組合も一流冒険者の暗殺なんて受けもしない。もしもそんなことをやれば帝国中の冒険者組合に裏組合が全て潰されかねないからな。」
フィルは火を着け直したパイプを咥えると軽く吸い込みプカリと煙りを口から吐き出して付け加える。
「ふぃ~。それにこの領地には身元の怪しい冒険者達はもう入れないからな。安心していていい。」
「そうなんだ~。」
アリナが安堵の声を漏らす。
一流冒険者達の顔色も良くなる。
フィルは顎に手を当てて話を続ける。
「だが…近いうちに別の領地の街にお前達が受けた物と同じ依頼が行くだろう。小狡い事を考える下級貴族の事だ諦めないだろからな。あとからこの街の冒険者組合を通じて帝都の冒険者組合に俺の名前で抗議とお前達が『小倅達』に使った上級回復薬の損害賠償と魔法治療代金をその下級貴族に請求しておく。その下級貴族からの全ての依頼の受付拒否の厳命の手紙を帝都の冒険者組合に早竜便で送る。明日の昼には帝都に届くだろう。今年の魔獣大進撃が終わったあとに俺は帝都にこの街の近況報告を伝える為に行ってくる。その時は店を二~三日休むと顔馴染み達に伝えてくれ。すまないな。」
にこりと一流冒険者達に優しく笑顔を向けるフィル。
それを見た一流冒険者達も頷いて安心してホッと息を吐いた。
(この街の領地権を持つ気の緩んだ者と下らない事を画策するような貴族を締め付けられないだらけている親族の子に一言言わないと気がすまないからな。)
「暫く帝都にも顔を出していなかったからな。妹にも会って来るかな。」
フィルは優しく一流冒険者達を見つめて言う。
まるで幼子に話し掛ける様に。
フィルは天井を眺め目付きを鋭くし胸の中で思う。
(今の平和ボケをした帝都の成り上がり立ての下級貴族共に誰がこの街に居るのかを認識させる為にもな。悪戯に竜の尾を蹴り上げるとどうなるのかもな。)
後日、皇帝の元に珍しく久しく大叔父上から届いた小包に喜び小包とは別で届いた蝋印で封書された正式な手続きをされ送られて来た書簡に胸を踊らせながら開封して読み進めると皇帝は目を見開きそして次第に落胆して行き読み終わると涙目になり落ち込んでいる。
その様子に気付いた宰相が心配をして皇帝に声をかける。
「陛下、いかがなさいましたか?ご気分でも悪う御座いますか?」
皇帝は高級羊皮紙に書かれた手紙を宰相に渡して読ませる。
「ローデンス…読んで見よ。…余は…近日中に久方ぶりに参られる大叔父上から叱責される事が決定しているようだ…明日、いや、午後に大兄上…いや、アウル公爵を登城させよ。大叔父上からお叱りが来ると。早急に致さねば…大叔父上に更に叱られる…それからミリーシア…いや、大叔母様には大叔父上からのこの手紙の事は内密にな…でなければ大叔母様からも余と大兄上は叱れてしまう…」
と小さく嘆いていた。
「仰せのままに。」
宰相は右掌を胸に当てて頭を下げ使いの者に耳打ちで伝える。
使いの者は頭を下げて足早に執務室から静かに出て行く。
宰相はゆっくりと手紙を読み始める。
読み終わると息を一つ吐き出して近衛隊長に手紙を渡す。
近衛隊長は手紙を読み小刻みに震えている。
込み上げて来る怒りを抑えている。
「爵位継承権争いを利用したアウル公爵の領地権奪取策略など…赦しがたい行為で御座います、皇帝陛下。」
近衛隊長の言葉を聞き歯を食い縛る宰相。
宰相の瞳に猛烈な怒りが浮かび上がる。
公爵。
皇位継承権を持つ爵位の者。
端的に言えば謀反。
間接的に皇帝に刃を向けたのだ。
辺境の街の領主が公爵だとは知らなかったなどと言う戯れ言は通らない。
画策とはいえ証人のいる領地侵犯行為なのだ。
内戦が始まっても可笑しくはない状況まで差し迫っていたのだ。
見過ごす訳には行かない。
「ああ…我が帝国内の水面下でこのような策略を行おうなど赦せる行為ではない。ローデンス、即刻、リリデス子爵家及び連なる家々の家長を捕縛し裁量後に斬首、嫡子嫡男を全て投獄後に斬首、爵位ならびに領地財産全て没収の知らせを帝国中に知らしめよ!更に他の男爵、子爵、準爵位達の近年の継承権についても精査せよ!」
「はっ!仰せのままに。」
宰相は使いの者に耳打ちで伝え使いの者は頭を下げ静かに執務室を出て行く。
「しかし、陛下。良い知らせでもありませんか。アウル伯爵が久方ぶりにかの地から陛下へのお叱りとはいえご面会に来られるのです。かの地の近況もお聞きしましょう。ミリュム様から時折お聞きしていましたがやはりアウル伯爵からも話を聞きとうございます。」
ミリュムは数年に一度ふらりと帝都に立ち寄り楽しそうに近年の報告をしてミリーシア達と後宮で数ヶ月過ごすとウィルフィルムのいるクラシアスに帰って行く。
「……ふむ、うむ、そうだな!大叔父上からも聞かせて貰おう。」
「陛下、してそちらの小包の中身は?」
「おお、そうであった。しかし手紙には小包の事は何も書いていないのだが?」
皇帝は手紙を読み直し宰相に手紙を渡す。
宰相も手紙を読み直している。
やはり小包に関しての記述はどこにも無い。
「確かに。しかし、こちらにはアウル伯爵の蝋印も御座いますのでアウル伯爵からの品である事は間違いありません。毎年献上される陛下への早採れの作物などの献上品ではないでしょうか?もしくは何かの祝いの品物ではありませぬか?」
「おお!そうか早採れの作物か!果物だと良いのだが♪ふむむ、祝い事には心当たりはないの?」
「ともかく開封してみましょう。」
宰相は蝋印に手を掛けて見る。
蝋印はびくともしないので解呪魔法を施すが反応はない。
「これは…どうやら陛下御自身でなければ開封出来ぬように封印魔法が施されているようです。」
「む?大叔父上にしてはえらく厳重であるな。では余がこれを開封せねばな。」
毎年献上してくる作物の封などは誰でも開封出来る様に軽い物なのだ。
皇帝は手持ちのナイフに開封魔法をかけ蝋印を斬り割ると簡単に蝋印は斬り割れた。
小包が開封され本来の大きさに音も無く戻る。
細かな細工と様々な貴金属と宝石で装飾された長い箱に戻る。
箱の蓋の上に嵌め込むように濃紺色の金属の鍵が置かれていた。
「長…箱?ふむ。なかなかの大きさの長箱であるな。流石、大叔父上…長箱の表細工も見事な品物だ…アダマンタイト製の封印魔法の付与された鍵までとは!厳重であるな…」
アダマンタイト製の鍵に解錠魔法を掛け鍵穴に差し込む。
すると幾つもの解錠音が響き皇帝が息を飲んで心を弾ませて上蓋を開けた。
「おお!おお!!つ、剣ではないか!こ、これは大叔父上の打ち上げた剣か!皆の者、見よ!余に、余に大叔父上が剣を贈ってくれたのだ!余を一人前だと認めてくれたのだ!」
長箱の蓋を開けた皇帝は子供のように目を丸くして大喜びではしゃいでいる。
四十代半ばになるというのに。
ミリーシアに見付かればきっと叱られるであろうはしゃぎぶりだった。
「おお!こ、これは!なんと見事な…」
「素晴らしい…実に素晴らしい剣で御座います。なんと…幾つもの付与魔法が…見事な一品で御座います。」
宰相は驚きの声をあげると近衛隊長も感嘆の声をあげる。
長箱の中に手紙が添えられていた。
『カルデジール、これを読んでいるという事はお前の身も心も国を率いる者として大きくなったのだろう。あの時に贈った竜ともに竜騎一体となれたようだとミリーシアとミルグリムからの手紙に書かれていた。お前専用の剣を持っても良い頃合いだろう。戦の無い平穏な時代には必要の無い物かもしれないが皇帝即位の祝いの品の一つとして贈る。良い鉱石が手に入れば次は盾を。その次は竜騎士装具一式を贈る。楽しみにして待っていてくれ。
親愛なる親族の子、皇帝カルデジール・フェンマルト・アビニールへ 伯爵ウィルフィルム・アレクセイ・アウルより。』
初めて皇帝への手紙だと記入してウィルフィルムが伯爵として名前を書いていた。
「ローデンス…ザルギニル…大叔父上が…余に宛てて…名を…伯爵として手紙に書いて…くれた……確かに…確かに受け取った。大叔父上…アウル伯爵…あの日の誓いを…ありがとう…」
皇帝は手紙を右手で握り絞め胸に当てて小さく震えている。
「陛下…おめでとうございます。…」
宰相の瞳が潤み零れ落ちる雫を隠すように頭を下げる。
「皇帝陛下、おめでとうございます!」
近衛隊長も感涙に震えながら皇帝に頭を下げる。
ハーフハイエルフのウィルフィルムから見れば皆可愛い幼い子供の頃から知る者達なのだ。
因みにカルデジール・フェンマルト・アルビニールが皇帝に即位したのは二十五年も前の事である。
長年生きているハーフハイエルフのウィルフィルムにとっては一年前も二十五年前もつい最近の事なのだ。
即位した当時には若いとても良い竜をウィルフィルムから贈って貰った。
「見事な竜をありがとう、大叔父上。しかし何故、大叔父上の造った武具では無いのだ?」
当時既に一流の鍛冶職人として有名だったウィルフィルムに問いかけると
「それはなカルデジール。俺の造る武具は半人前のお前にはまだまだ早いからだ。一人前になったら俺がお前に見合う物を臣下の一人として必ず造って贈ってやる。今は戦の無い時代だ。それでも気を緩めずに鍛練し精進しろ。剣を剣身一体となって振るう事が出来るようになれ。槍を槍身一体としてどんな足場でも竜や馬の上でも操れるようになれ。盾を盾身一体となるまで身に付けろ。あの竜を自在に乗りこなし竜騎一体となるまで共に生きろ。ただ引き継いだだけの上辺だけの貴族や帝国の民達を権力だけで支配する皇帝ではなく真に全帝国民を率いる者として君臨する皇帝になれ。それが出来るようになるまではお前の身に纏う武具は帝都の物で我慢しろ。」
とガシガシと頭を撫でられて嗜められた。
当時は見た目が少し歳上に見える位の年齢に見えるウィルフィルムに子供のように扱われていた事には少々不満があった。
「判った。判った!大叔父上、その日が来る事を待っていてくれ!必ず大叔父上の造った武具を俺に、余に贈って貰うからな!」
「ああ、俺の真名に懸けて誓う。その日が来るのを待っているからな。」
そう言った若き皇帝であったがウィルフィルムの武具をそう簡単に諦められる物ではない。
皇帝なのだ。
帝国を統べる支配者なのだ。
他から手に入れる事も出来る筈だ。
と血気盛んな若い皇帝は思い違いをしていた。
ある日帝都で一流冒険者達がウィルフィルムの作製した武具を身に付けていると聞き付け城に呼び付けて見せて貰うとカルデジールには扱いきれない代物だと痛感した。
持ち主以外が装備すると剣が鞘から抜けない。
抜身の剣を持たせて貰っても振り上げられない。
持ち主以外が鎧を身に付けると自由に動けない。
詳しく聞くと主だった武具を購入した際に永続付与魔法を武具に付与されていたようだった。
ウィルフィルムの店も一流冒険者かもしくは一流冒険者に紹介された二流冒険者しか出入り出来ないように結界が張られているとの事だった。
店の事を知らない他の領地から来たばかりの一流冒険者には店を検知することが出来ないようにと竜魔法結界を張るなど徹底していた。
皇帝であるカジテールでさえ気軽に通え無い。
城の者で通える者は一名だけミリーシアだけで帝都の貴族街住むその息子のミルグリムも通えるらしい。
ウィルフィルムが認めた者にしか扱えない武具なのだと改めてカルデジールは理解した。
そのことを知って以来カルデジールは政務と武技にも竜躁技術にも精力的に打ち込んでいた。
ただ称号を引き継いだ皇帝ではなく臣下の者から帝国民達から真に認められた君臨する皇帝になるべく努力を惜しまなかった。
そして今日その努力の成果を認められた品物がウィルフィルムからカルデジールに届いた。
皇帝は喜ばずにはいられなかったのだ。
長箱の中に納められた剣は見事に美しく気品のある装飾を施された柄と鞘。
皇帝は椅子から立ち上り長箱から剣を取り出し抜刀して正眼に構え剣の刃をじっくりと観察する。
見事な濃紺の輝きのアダマンタイト製のロングソード。
刀身がアダマンタイト製であるのにさほど重さを感じる事がない。
ミスリル製の剣と代わり無いほど軽く振れる。
片手持ちでも両手持ちでもとてもバランスがよく手に馴染む。
永く使い続けている剣のようだ。
調べて見なければわからない程に永続付与魔法が幾つも掛けられている。
剣だけでなく鞘にも永続付与魔法が掛けられているようだ。
皇帝は剣を鞘に納刀し長箱に剣を納め長箱に鍵をかけ近衛隊長に言う。
「これは我が帝国の至宝となると剣だ。余が命ずる。余の部屋に持て。宝物庫ではなく余の部屋に持て。」
「はっ!ご意志のままに!」
近衛隊長は皇帝から剣の納められた長箱を恭しく丁重に受け取ると足早に皇帝の私室に向かった。
皇帝は椅子に座るとにんまりと子供のようにな笑顔を浮かべていた。
内緒にしていたウィルフィルムの手紙の件は剣を贈られた事を皇帝自身がその日の夜の食事中に正妻と側室達と子供達全員に嬉しそうに自慢気に話をしてしまった事でばれてしまいミリーシア・フェンマルト・アビニールから夕食後にミルグリムも城に呼び出され巻添えで叱られる羽目になる。
ミリーシアはハイエルフの母の血を濃く継いだ為に見た目にはハイエルフと同様に白金髪で耳の頭端が長く二十代後半…半ばに見える美しい面立ちの女性である。
幼さかった頃からのカルデジールの歴史学と魔導教育指導士であり、カルデジールの初恋の相手であり、現在は皇帝カルデジールの側室の一人であり、ウィルフィルムの双子の妹である。
何処の世界でもお嫁さんが強いことが証明されました。