田舎街での日常
入院中ベッドのなかで思い付いた物語です。
千年帝国と呼ばれるアザルカルド帝国の辺境の田舎の外縁壁城塞都市クラシアス。
辺境にあるのだが帝都付近の街にも負けず劣らずの規模の街。
鉱山物資の中でも稀少価値の高い竜魔石、農作物の交易が主流で更に多くの冒険者達が訪れる事で賑わい栄えている大きな街だ。
この街には帝国の一流冒険者達や帝国の一部の竜騎士達には有名な老舗の武具工房が街外れに人知れずにひっそりとある。
武具工房と言えば他国でも帝国内の他所の街でもヒュームとドワーフの店が老舗の有名なのだがその昔、帝国内外で伝説的な凄腕の竜騎士でありながら一流冒険者だった者が引退して己の経験を活かした様々な最高峰級の武具製作を手掛ける武具工房。
街の一角に開けた広い空き地の様な庭の奥外縁壁近くに高く聳え立つ煙突のある鍛冶工房があり少し離れた場所に二階建ての居住兼店舗がある。
店の裏には店よりも大きな倉庫。
その隣には倉庫よりも更に大きな建物。
店の周りには馬小屋以外他の住居なども見当たらない。
倉庫の後ろは天然の岩壁で外縁壁が無いので街の内だとは思えない。
鍛冶工房の裏には滝が流れている。
快晴の日和にミスリル製のライトアーマーとミスリル製のフルプレートメイルを着た若い20代前半の男女二人が店に訪れる。
店主が一流の竜騎士だと一目で判る様に2階の窓際まで角が届く巨大な竜の頭蓋骨が表柱に証しとして立て掛けて飾られている。
一階屋根の上にある古い年期の入った看板には【フィルの武具工房】と書かれている。
二人は店に慣れた感じの様子で扉を開けて入り元気良く挨拶をする。
「「こんにちは~♪おやっさん~出来てる~?」」
店の販売カウンター奥に金髪を短く切り揃え整った顔達の外見年齢的に20代半ば過ぎ程で体格も程よく高身長の若い男性が椅子に腰を掛け脚を組んで本を読んでいた。
その男性が店主である。
店主が顔を上げて客の声に応える。
「おー、いらっしゃい、セシルとジョルジ相変わらず元気そうで何よりだな。待たせたな。いや~すまなかったな。」
店主はにっこりと二人に笑顔を向ける。二人もにっこりと笑顔で頷く。
「全然~!おやっさんが良いものを作ってくれてる事は知っているから~!」
セシルは笑顔で店主に語りかける。
ジョルジとセシルには顔馴染みの優しいお兄さんだったのだが店に訪れる常連客の一流冒険者達が店主に「おやっさん」と呼んでいたので二人も自然にそう呼ぶ様になった。
店主は若い常連客達やジョルジとセシルからそう呼ばれる事には本当は物凄く照れている事は内緒の話。
何せ彼等が幼い頃から「フィル兄ちゃん」と慕って懐いてくれていたからだ。
店主は読んでいた本を閉じカウンターの後ろの棚に置き話し掛ける。
「二人を待たせた分良い品が仕上がってるぞ。最近の俺の手掛けた物の中でも自信作だ。まぁ、待たせた理由はな最近帝都付近でドワーフが店を始めたらしくて良質の鉱石類の買占めにあってな。中々質の良いミスリル鋼石が仕入れらなくて…注文された時に伝えていたよりも日数がかかっちまって悪かったな」
「あー私その話知ってるー!!買占めなんて酷いよね。」
「まぁ、昔からドワーフが大きな街に店を開けた時によくある話だ。ようやく質の良い高純度のミスリル鋼石が仕入れられてな、店に展示してある剣よりもかなり良い物が出来た。手入れはこまめに何かあれば必ず持って来い、知っての通りに俺の手掛けた武具の手入れ料は無料だからな?」
「「うん!!」」
ジョルジとセシルは元気良く頷き返事を返した。
店主は鞘に納められたロングソードと鞘に納められたブロードソードをカウンターの上に置く。
セシルとジョルジ二人はそれぞれ手に取り鞘から抜いて剣を確かめる。
鋼の剣とは刃の輝きが全く違う美しく輝くミスリルの剣。
ジョルジはミスリルの鋭く美しい刃を見つめながらこの店の常連客になる前の事を思い出していた。
■◇■◇■◇■◇■◇■◇
街のヒュームの手掛けた武器工房で購入し使用してた鋼の剣ではジョルジとセシル新米二流冒険者が受けられる二流冒険者依頼の魔物退治や魔獣退治で頻繁に刃零れをし最悪な時には減し曲がり折れていた。
ある日、酒場が大盛況で大人数パーティーが使う円卓のテーブルしか開いておらず仕方なく席に座りジョルジとセシルは真剣にミスリルの武器を買おうかと話をしていた。
するとジョルジとセシルに見慣れない顔の新品同様の安物の革鎧を来た四人の酒に酔っている中年の冒険者達が先輩冒険者からの助言を聞けと言って強引に空いていた席に座り話しに割り込んできた。
冒険者組合の酒場でのマナー違反なのだがジョルジとセシルは先輩冒険者と聞いて言い出せなかった。
装備品が安物でも構わないと言い露出の高い装備の男女の一流冒険者が多数存在している。
安物の装備している者の力量を簡単には見分けがつけられない。
革鎧の一人が喋り始める。
「俺達はよぅ、今日この街に来たばかりだけどな、良い事を教えてやる。帝都の二流冒険者達は武具なんかはなぁ安物を使って壊れたらホイホイ買い換えていたんだ。二流冒険者なら実入りはいいだろう?いいかぁ?まだまだ高いミスリルの武具なんかを買うよりも腕を先に鍛えろ。判ったかぁ?新米二流冒険者さんよぉ?へっへっへっ。二流冒険者は腕だ、腕!高い武器なんざ持っていても腕が無きゃ同じだ!見て見ろ俺達をよ!安物だけど傷一つもねぇだろう?腕なんだよ、腕!」
「「「そうだ!そうだ!腕だ、腕!がっはっはっはっは!」」」
と男達は適当なほら話を吹き込んだ。
二流冒険者に成り立ての若い二人はその言葉を鵜呑みにし武具は損傷すると修理など考えずに安物の鋼の武具を購入し二流冒険者依頼を立て続けに何度も失敗した。
ジョルジが大怪我を負い治療代に困る事もあった。
遂には鋼の装備も買えなくなった二人は安物の革鎧と中古品の鋼のロングソードとブロードソードを買う事になってしまう。
二人に適当な事を吹き込んだ冒険者達の素性は帝都で永年うだつが上がらず歳を取り帝都ではもう二流冒険者に昇格規定に達しない永年三流冒険者に認定されかけ帝都の冒険者組合から逃げ出した者達だった。
辺境の田舎街クラシアスならば昇格規定に達するのではと浅はかな考えで流れて来た者達だった。
しかしクラシアスの冒険者組合が査定を行うと冒険者と名乗る事を許して貰える永年三流冒険者だと宣告され認定されギルドタグにも刻印され自称冒険者と即座に登録され帝国内の全冒険者組合に通達が回った。
自称冒険者達は冒険者組合で査定のあと他の街に移動する馬車代金もないので仕方なくギルドタグのスペアを冒険者組合に預け冒険者組合酒場で安酒に酔い安酒を買う金もなくなり馬小屋で夜を明かそうと冒険者組合酒場から出ようとしていた彼らが耳にしたのは自分達よりも遥かに若く二流冒険者になったジョルジとセシルの会話は彼らには信じ難いだった。
彼らでは数年かけても購入する事が出来ないミスリル製の武器を二人が真剣に買おうと会話をしていた事を妬み失敗続きに陥れた。
辺境の田舎街の若い冒険者の二人に「憧れの帝都の話」とすれば必ず食い付くと思いほら話を吹き掛けた。
彼等の思い通りにジョルジとセシルは依頼失敗を重ていった。
大怪我を負ったジョルジとセシルを三流冒険者以下だと自称冒険者だと冒険者酒場と街の酒場で執拗に吹聴して二人の二流冒険者認定を取り消せと冒険者組合に間接的に聴かせ二人を三流冒険者に降格させようしてと笑い者にしていた。
依頼を受ける為には冒険者組合に出掛けなければならない。
冒険者組合酒場を通らねばならない。
だが冒険者組合酒場を通ればあちらこちらから笑われている声が聞こえて来る。
依頼の詳しい情報を集めには街の酒場の主人からも情報を仕入れなくてはならない。
どこに行こうともジョルジとセシル二人を嘲笑う声が聞こえてくる。
冒険者組合酒場に行けば高確率で自称冒険者達がいてジョルジとセシルを見付けると大きな声で二人を笑い貶して来るのは解っているが明日の宿代の支払いが何とか出来る程度の所持金しかなくなった二人は宿でお互いを励まし合い昼に冒険者組合に向かった。
やはり今日も冒険者組合酒場で安酒に酔った四人がいた。
ジョルジとセシルは内心怯えながら冒険者組合の受付に足を進める。
自称冒険者の一人がジョルジとセシルを見付けると大きな声で話し始めた。
「よぅよぅ、見ろよ失敗続きのヘッポコ二流冒険者様のお通りだぞ!お前達はいつまで二流冒険者を語っているんだ?お前達のどこが二流冒険者だよ!失敗の連続なんだろうがよ!お前ら見てぇな奴等が自称二流冒険者って言うんだよ!」
「自称二流冒険者が冒険者組合酒場に来るんじゃねぇよ!」
「冒険者組合さんよ!早くこいつらを降格しろよ!この街の恥だぞ!アハハハハ!」
「「「「ゲラゲラゲラゲラ!」」」
「自称二流冒険者!?聞いた事ねえな!」
「あっはっはっは!自称二流冒険者!あっはっはっは!」
「笑えるぜ!この街!ハハハハハハ!」
「自称冒険者が二流冒険者にもいたとはな!ハハハハハハ」
「流石、辺境の街の冒険者組合だな!ハハハハハハ!」
「「「「アハハハハ!」」」」
「「「「ワハハハハハ!」」」
「「「「ハハハハハハ!」」」
回りの席からもジョルジとセシルへの嘲りや嗤い声が上がり始めた。
「姉ちゃんよぉ二流冒険者を名乗りてえのなら俺達の宿に来いよ。たっぷりとベッドで深~く教えてやるからよぉ!」
「オウよ!たぁ~っぷりと腹がでかく膨らむまで教えてやるからよ!」
「「「「ゲラゲラゲラゲラ!」」」」
自称冒険者達は下劣な本性も見せ始めた。
冒険者組合の数名の受付係の手元が素早く書類に書き留めていたのだが嘲り嗤う冒険者達は全く気付いていない。
数名の冒険者組合員はギルドタグ所有者の現在地を確認する。
冒険者組合員の動きに気付いていたのはこの街出身の一流冒険者達だけだった。
「ほら、早くこっちに来い!自称二流冒険者の姉ちゃんよ!」
自称冒険者の一人が舌舐めずをしながら怯えるセシルに手を伸ばそうとした。
その時丁度、長期依頼を完遂し帰ってきた一流冒険者達の中の一番体格のよい男性がセシルに手を出そうとしていた自称冒険者を竜の突進の様な凄まじい体当たりでテーブル席も弾き飛ばし自称冒険者達は玉突きの様にまとめて吹き飛び地面に叩きつけられオオツチカエルのように不様に床に這う。
「ぬん!!邪魔よ!」
「ガハッ!」
「グガッ!」
「グハッ!」
「グぼッ!」
「何コイツらマズガルドの知り合い?」
「私も知らないわよ?コイツら」
「いや、知らん。見掛けない顔だ。流れ者だろ?コイツら事はどうでもいい。よう!ジョルジとセシル!久しぶりだな!」
「…あ、マズガルドさん、久しぶりです…」
「どうしたの?いつもの元気が無いじゃあ無い?」
「リリウムさん…うっ、私達…二流冒険者に…なれたんですけど…うっ、…」
リリウムの優しく包み込む様な声を聞いたセシルは安堵感から涙が止まらなくなっていた。
ポロポロと涙を溢して声を出す事を我慢している子供のように泣き始めたセシルに野太い声がかけられる。
「うんうん、凄いじゃないの!二流冒険者になれたんでしょ?おめでとう!どうしたの?二流冒険者なれたんでしょ?泣かないで…セシルどうしたの?ジョルジ?お姉さんに聞かせて?」
「うっ、うっ、…うえ~ん、ライヤさ~んうっ、うっ、」
「ライヤさん、僕…達頑張っ…てたんだけど…ウウウウっ」
ガッシリとした巨体で破砕大鎚を背負った先ほど体当たりした男性冒険者のライヤの胸で子供の様に泣きじゃくるジョルジとセシル。
ムキムキとした丸太のような太い逞しい両腕で優しくジョルジとセシルを包み込む様に抱き締め二人の背中を優しくさすりライヤは回りを鋭い眼孔で見回す。
無言の圧殺の視線が自称冒険者達を貫く。
自称冒険者達はさっきまでの威勢が消え立ち上がるとふらつく足取りで近くの椅子に腰を降ろそうとする。
「おい、てめえら!!誰の席に座るつもりだ!!あぁん?」
「「「い、いや、ち…違う…」」」」
「勝手に座るんじゃねぇ!」
「グヘっ!」
「ガハッ!」
「げはっ!」
「グガッ!」
見覚えの無い者が勝手に席に座れば殴り飛ばされる事が普通。
様々な情報を盗み聞きする事と同じになる。
相席した者達の諍いに他の席の冒険者は責任が持てないのならば例え顔馴染みだとしても口を出さない事それが冒険者の流儀。
「おぅ、こいつらを向こうの床に座らせとけ。始末はあとからだ。」
「おおよ。てめぇら向こうで座っていろ!!」
「グハッ!」
「げはっ!」
「グガッ!」
「ガハッ!」
自称冒険者達は蹴り飛ばされ冒険者組合の受付近くの床に座らされた。
自称冒険者達はジョルジとセシルに話し掛けている者達の武具を見てが一流冒険者達だと気付いた。
冒険者組合酒場中の視線がセシルとジョルジに集まる。
その隙に冒険者組合酒場から逃げる為に自称冒険者達はこそこそと這うように出て行った。
自称冒険者達と一緒に嗤っていた冒険者達はこの街の外から来た冒険者達だった。
彼らは自称冒険者達がいつの間にかにいなくなっていた事に気付くと先程まで下卑た笑い顔で大笑いしていたのが幻のように表情を無くし脂汗を顔から滴らせ俯いていた。
知らずとは言えこの街の一流冒険者達の知り合いを自分達は笑い草にしていたのだ。
更に酒の勢いで調子に乗り冒険者組合を貶していた者もいる。
我に返った冒険者達はこの街の冒険者組合からの評価が下がる事を恐れ受付係を見ると一人の受付係がスペアギルドタグを何枚も黒い箱に納めていた。
冒険者には知らされていない冒険者組合の事務作業の一つである。
黒い箱に納められたギルドタグの所有者はその街での依頼の評価は下がり報酬額も下がり昇格は見込め無くなる。
この街で冒険者を生業として生きる意味が無くなる。
例え一流冒険者だったとしても。
実のところ二人を見下し笑っていたのは冒険者組合酒場でも数組の外の街から来た冒険者パーティーだけだった。
眠りたい時に聞こえて来る小さな羽虫の羽音ほど耳障りなものはない。
肉体的にも精神的にも追い詰められていた若い二人からすれば些細な嘲笑ですら心を深く抉る激しい痛みを感じる騒音だった。
「僕達…二流冒険者の依頼を失敗続けて…怪我して…武器も修理するか…降格されて三流冒険者依頼でお金を貯めるか…うっ、沢山笑わ…れて…もう…冒険者を…辞め…うっ、うっ、…」
マズガルド達はジョルジとセシルに何が起こったのかが見えた。
昇級仕立ての冒険者が陥る『壁に当たる』だ。
二流冒険者依頼の魔物達には安物の鋼の剣では刃が立たない事は多い。
ミスリル製の武具に買い換える事が二流冒険者の第一の壁になる。
ジョルジとセシルは鋼製の武器と鋼の防具を着ていた筈だが今は傷だらけのボロボロの革鎧を装備している。
二流冒険者ではまず考えられない。
(さっきの奴ら…こいつらを騙して遊んでやがったな!)
マズガルドは冒険者酒場を見渡すが自称冒険者達の姿は消えていた。
(チッ、奴等には森の深部への強制依頼を受けさせてやる。)
マズガルドは二人を笑顔で誉めた。
「そうか、壁に当たったんだな。よく頑張った。二人共、よく頑張った!その若さで壁に当たる程頑張っていたんだな!キツイ時に側に居られなくて悪かったな。アドバイスしてやれなくて悪かったな。」
ジョルジとセシルの頭をガシガシと強く撫でるマズガルド。
痛そうだが嬉しそうなジョルジとセシルに笑顔が戻る。
「よし、俺達に任せろ!二流冒険者になったのなら俺達が色々教えてやるからよ!昇級も祝ってやる!食った事の無い旨い物を腹一杯食わせてやる。俺達の泊まっているいつもの『暁の黒竜亭』でやるからな!必ず来いよ!部屋はいつもの天辺の部屋だからな!二人とも返事は?」
「「ハイ!」」
「じゃあ待ってるからな!必ず来いよ!」
「待っているからね!」
「必ず来るのよ?」
「絶対来るのよ?来なかったら街中を探し回るわよ?」
最後のライヤの言葉を聞いたジョルジとセシルは
「必ず行きます!」
「湯浴みのあとで絶対行きます!」
と即答で返事をした。
マズガルド達は酒場の中を威嚇の視線で見回し冒険者組合酒場から冒険者組合の受付へと行った。
依頼達成の報告と先程の自称冒険者達の動向を確かめる為に。
一流冒険者達は係員と会話を済ませると宿へと帰って行った。
セシルとジョルジはその一流冒険者達の大きな背中を見えなくなるまで冒険者組合酒場から出て見送り二人の宿に戻り湯浴みを済ませ身綺麗にして招待された宿を訪れた。
一流冒険者達の寝泊まりする豪華な部屋の中を見て驚いていた。
夕食もご馳走になった。
初めて見る一流冒険者の食事が豪華な料理ばかりでとてつもなく美味しかったとジョルジとセシルの舌は覚えた。
夕食が終わった後で一流冒険者達から話を聞いた。
「いいか?他の冒険者にはこれから二人に教える事は内緒だ。例え仲の良い冒険者達にもだ。」
「「ハイ!」」
「明日、街外れの滝がある空き地に向かえ。空き地に入ったら声に出さずに唱えろ。『暴竜ガザデュエル。更なる高みを目指す為に貴方を討伐せしめたハーフハイエルフの営む武具工房に誘いたまえ』と。しっかりと覚えろ。」
「「ハイ!暴竜ガザデュエル。更なる高みを目指す為に貴方を討伐せしめたハーフハイエルフの営む武具工房に誘いたまえ。」」
ジョルジとセシルは何度も復唱して頭に刻み込んだ。
「お前らの心の思いが暴竜ガザデュエルに届いて認められれば帝都のヒュームやドワーフの武器工房の品物よりも格段に良い品物が買える店に辿り着ける。だがその店の品物の値段もそれなりにするぞ?その店に行けるようになったらのならまずは鋼の防具を頭の先から脚まで揃えろ。その次に鋼の武器を買え。それを目標に依頼をこなせ。三流冒険者依頼でも構わない。いいか?足を引っ張る奴らはその内に消える。放って置けば良い。ろくな目に合わない。馬鹿な自称冒険者の宿命だ。」
「えっ!あの人達は本当は自称冒険者だったんですか?」
「…私達…騙されたんだね…」
ジョルジとセシルは驚いてる。
新品の革鎧を自慢していた冒険者達。
ジョルジとセシルを自称冒険者と罵倒していた者達が本当の自称冒険者達だったのだ。
「ええ、冒険者組合で聞いてきたから間違い無いわよ。クラシアスでも永年三流冒険者認定されてから。あいつらの昇級の見込みはもう他の街に移動しても無いわね。素行の悪さも採取依頼の品物の粗悪さもね。」
ライヤはそう言うとゴツい指でワイングラスを詰まんで一息で飲み干す。
「お金がないから革鎧だったんだね…僕達…騙されていたんだね。」
セシルとジョルジに革鎧を買わせ追い詰めていたとようやく気付いた。
ジョルジは凄く悔しいと思った。
あれだけ腕を磨けと威張っていたが腕が無いのは自称冒険者の彼等の方だった。
セシルは次に自称冒険者達に会ったら一言言ってやろうと心に決めた。
「街の外から来る奴の中にはああいう馬鹿がいる。二人はまずこの街出身の顔馴染みの冒険者達をしっかり覚えて置け。顔の知らない冒険者の言う事は一切信用するな。依頼の背伸びをするな。三流冒険者の依頼でも構わない。こなせる依頼を一つづつ確実に積み重ねて一流冒険者を目指せ。何か分からない事があればいつでも俺達を頼って来い。何でも教えてやるからよ。しっかりな。ジョルジ、セシル。」
「そうよ!」
「そうよ!」
「そうよ!!」
最後にライヤの野太い声で応援された。
一流冒険者達がジョルジとセシルを心から応援してくれている。
二人は凄く嬉しくて涙が溢れていた。
「「ハイ!」」
こっそりとフィルの店の事を教わり二人はこの店に通う様になって以来受けた依頼の達成をみるみる内に重ねられた。
二人に適当な事を吹き込んだ自称冒険者達はジョルジとセシルがフィルの店の事を聞いていた時間に街から逃げるように酒びたりのまま採取依頼に出掛け夜の森で行方不明になった。
通常、夜の森の採取依頼は危険性が高く強行する愚かな冒険者はいない。
冒険者ならば、いや一般人ですら知っている筈の周知の事実。
数日後に依頼完遂の報告を受けていない冒険者組合がギルドタグのスペアを確認すると四つのギルドタグの名前に二本の横線が深く貫通して刻まれていた。
横線一本なら行動不能もしくは行方不明。
二本線は行方不明、線の溝がギルドタグを貫通していれば死亡確定の刻印。
後日採取依頼を受けた三流冒険者達が薬草の採取場所で凄惨な痕跡を発見した。
自称冒険者達が採集していたであろう適当に引き千切られた薬草や無理矢理引き抜き根の付いた薬草が力ずくで押し込まれ売り値の付かない薬草がいっぱいに詰まった布袋を二つと大量の血痕、バラバラになった革鎧らしきモノと人間の肉片らしきモノが辺りに散らばり森の奥へと引摺られて行った血痕を残していた。
地面には指で必死にもがいていた様な痕跡も発見されていたが冒険者組合は彼らは依頼の失敗及び死亡とだけ書類に書き入れ身元の引き受けのない彼らのギルドタグのスペアは名も無き冒険者のモノとして粉砕廃棄された。
冒険者ならば自分の身を守るのも自分自身である。
自称冒険者程度の捜索依頼や救助依頼などは冒険者組合から冒険者達に出す事は無い。
冒険者組合は国からも独立した組織であって慈善事業を行う組合ではない。
■◇■◇■◇■◇■◇■◇
ジョルジは武器工房にいることを思い出した。
右手に握るミスリル製のロングソードの重みを感じて。
夢ではなかった。
「おやっさんありがとう~!この鋼の剣も凄く良い剣だったけどやっぱりミスリルの剣は違うね~♪凄く軽く感じる!ね?ジョルジ!はい、代金の50万ジェル~♪」
ジョルジもロングソードを正眼に構える。
「うん!鋼のロングソードよりも軽く感じる!」
カウンターの上に銀貨50枚が入った小袋が置かれた。
「ふんふん…そうか、そうか、それは良かった。確かに50万ジェル毎度ありがとな。ジョルジ、手持ちのシールドはまだ使えそうか?」
店主は手早く銀貨を十枚づつ重ねて数えた。
掌にさっと銀貨を持つとカウンターの上に小さな銀貨の塔を立てて行く。
五つの銀貨の塔があっという間に出来ていた。
不思議な手品のようだった。
店主は数え終えると店の革袋に金貨を入れ空の小袋をセシルに返しながらジョルジに問い掛ける。
店主が銀貨を数えている間にフルヘルムを脱ぎ店のシールドを値踏みしていたジョルジの背中に装備されているシールドはかなり激しい傷みが出ている。
鋼製のシールドがかなりくたびれあちこちがベコベコと凹んでいた。
「うーん、そろそろ買い換えたい所なんだけどね…フルプレ―トメイルを買うのに使っちゃったから…」
右手人差し指で頬を掻くジョルジ。
「そうか…」
店に並んでいる品物を買う余裕がジョルジにはなかった様だ。
少し前にミスリル製のフルプレートメイルを購入したばかりだ。
この店の商品は良い材質の物を選別して使用しているために値が張る物が多い。
本来は一流冒険者向けの店だからだ。
しかしジョルジとセシルは常連客になり二流冒険者のジョルジに今更鋼の盾を買うように薦める事も悩ましい。
それでは一時凌ぎにしかならない。
店主は顎に手を添えて暫く考え込む。
おもむろに顔を上げると声を出す。
「…あっ!そうだ!ジョルジにぴったりの良い物があるぞ。ちょっと待ってろ。」
そういうと店主はカウンターの左後ろの扉を開けて店の奥に足早に向かって行った。
店の奥からガチャンゴトンガチャガチャと大きな音が響く。
暫くして音が静かになりカチャカチャと整頓している様な音が鳴り止み店主は少し古びている紫色の布に丁寧に包まれた大きな物を手に持って戻りカウンターの上に置く。
「ふう、待たせたな。コイツは昔お前達みたいな新米の二流冒険者が精一杯背伸びをして帝都の老舗のドワーフの店でなんとか買い、ソイツが一流冒険者となって竜騎士になり魔族大戦直前まで使っていた物だ。まぁ~デザインは古いし傷物だがまだまだ充分使える代物だ。そうだな、どうせ倉庫の肥やしになりかけていた中古品だから20万ジェルで良いぞ?」
店主が懐かしそうに触りながら語ると二人の前に差し出す。
「「竜騎士!!?帝国の!?」」
「あぁ、そうだ。」
セシルとジョルジは布を開けると目を見張る。
デザインは店主の言う通りに古いが中々の一品だと二人にも判る。
ジョルジの鋼のシールドよりも大きな竜騎士盾。
逆長五角形の形状で楕円形の枠の内に所々色は剥がれ落ちているが蒼と赤で彩られた二頭の竜が交差し口を開けブレスを吐く横顔のエンブレムが描かれた無骨だが美しく輝く純ミスリル製の竜騎士盾だった。
魔族大戦時代の竜騎士が好んで使っていたと言われている品物。
その時代の品物は対魔族用実戦装備として作られていた為にミスリルの純度が今の物よりも遥かに高く今では美術品としてもかなりの高値で取引される事が多い人気の品。
帝都でも滅多に見ることの出来ない品物。
しかしジョルジとセシルはそんなことを知らない。
二人にはミスリル製の竜騎士盾でしかない。
「えー!こ…これをたった20万ジェルで!!本当に?おやっさん良いの!」
セシルが目を見開いて大きな声で驚く。
「ああ、昔、中古品で暫く表に出していたんだけど売れ残ってな。見ての通り大きいだろう?処分に困っていたんだ。どうせ倉庫の肥やしになりかけていた物だ。ジョルジになら20万ジェルでいいぞ。」
語りながら店主はシールドを裏返し持ち手の金具や革製のベルトを新しい物へと手際よく取り換えていく。
シールドの裏は見る見る内に新品の様になっていく。
「でも…いいのかよ…150~160万ジェル…いやもっと高くでも売れる物じゃ…」
ジョルジは欲しいのだろうが品物が品物だけに気が引けている様だ。
「ん、何、只の中古品のミスリル製のシールドだ。帝都なんかじゃ中古品市場で探せば見付かる。ジョルジが使ってくれるなら値段なんていくらでもいいんだよ。只、無料だと他の冒険者からいくらで買ったのか聞かれた時に不味いだろ?」
「「なるほど!」」
ジョルジとセシルは声を揃え納得した。
目新しい装備を所持していると値段を聞いてくる不粋な冒険者がいるのだ。
「だからなヒュームの店のミスリル製のシールドの値段と同じ位の20万ジェルだ。よし、いい感じだ。これで良いだろう。見ての通りの年代物の中古品だしな。で、どうする?」
店主は嘘は言っていない。
帝都の中古品市場では稀に見掛ける物の部類なだけ。
目立つ場所に飾られてとんでもないく値段が高いだけ。
店主はハーフヘルムを《アイテムボックス》から取り出し磨きあげ内張りを手際よく取り換えている。
「何迷っているのジョルジ!絶対コレ掘り出し物だよ!買う買う!おやっさん、ジョルジが買わないなら私が買う!」
セシルはカウンターに銀貨20枚を慌てて取り出し置いていく。
「ちょっ!?セシル!20万ジェルはある!俺が払う!おやっさん俺が自分で買う!」
ジョルジはセシルに金貨を返しジョルジの財布袋から金貨を慌てて取り出しカウンターに置く。
「ふんふん…確かに。また、何か掘り出し物があったら置いとくから懐が温もったら又来てくれると俺は嬉しい。二人の元気な顔を見せてくれるだけでも俺は凄く嬉しい。二流冒険者の依頼は気を付けてな。依頼中は気を抜くな?二人とも背伸びし過ぎた依頼は受けるなよ?急がなくていい。食える分稼げばいいんだ。無理な依頼は受けるなよ?帰還呪文の【拠点帰還】は覚えたか?」
二人は店主の言葉に頷き応える。
「「うん!二流冒険者になって直ぐに覚えた!」」
「そうか、そうか。ならこいつにいつもの付与を掛けておくからな。」
「「うん!」」
店主は優しく微笑み何度も頷く。
「これはセシルの可愛い顔に傷が付かない様にお得意さんへのサービスだ。シールドを探しているついでに出て来た物だから古い物だ。でも立派にまだまだ使える物だからな。他の冒険者達には内緒だぞ?そいつにはもう付与は掛けてあるからな。」
店主は左目を閉じて右手の人差し指を口に当てる。
シールドと同じエンブレムが日避け鍔の内側に小さく彫られている頬宛の付いた純ミスリル製のハーフヘルムをセシルに渡す。
「えっ!?いいの!ありがとう~♪大事にするね。」
両手で受け取りセシルは早速被って見る。
まるでセシル用に調整されていたかの様にぴったりと合う。
顎の留め金や革紐も店主が新しい物に取り換えてくれていた。
「ああ、でも本当に大事にするのはセシルとジョルジの二人の命と体だからな?ちゃんと装備しろよ?」
「このシールドありがとー!僕大事に使う!また来る!」
「うん!ありがとう~♪また来るね~!」
「ハイよ!またな~!」
セシルとジョルジは嬉しいそうに店主に礼を言うと仲良く手を繋ぎ元気よく店を出て行った。
×××××××××××××
『全く商売下手なのは相変わらずだな、ウルフィルム。お主の使用していた物だとふれ回れば収集家らに500~1000万ジェルでも売れた物を…全くあのハーフヘルムもだ。700万ジェルは下らぬ物であろうに…それだけあればどれだけの宝玉や財宝が我と嫁達の寝床に手に入れられた事か…』
武具工房の店主ウルフィルム・アレクセイ・アウルの頭の中に直接呆れた様な皮肉めいた声が響く。
「まぁ、いいじゃないかバザルデュエム。帝都でならともかく田舎街でそんな値段で売れる品物か?お前の付けた値段で売りに出して何十年売れなかったと思っているんだ。それに二つとも350~400年程前の中古品だぞ?昔、俺も駆け出しの頃にドワーフのじいさんの武具工房で格安で色々と買わせて貰い世話になった事がある。お前も覚えているだろ?それを今の若い冒険者達に返しているだけだ。それに金儲けの為の店の商売じゃないしな。俺とミリュム二人で毎日平穏に飯が食えればそれで俺はいいのさ。」
ウィルフィルムは椅子に座りなおし脚をカウンターに投げ出すように上げて本の続きを読み始める。
『ふん、お主のそういう欲の無い所が母のハイエルフの性格が出ていると言うのだ。人間であればもっと儲けに出るのだろうがな。いっそのことハイエルフの谷の近くのエルフの国にでも移住し商売をすればお主の母も寂しくは無かろう?』
ウルフィルムは少し間を開けて瞼を閉じゆっくりと寂しげに言葉を返す。
「…まぁ、それは…無理だな。俺の外見は見ての通りどうみてもヒュームだからな…そんな俺が谷に住み着けばハイエルフとヒュームの争いの種に成りかねない。ミリーシアやミルグリム達なら見た目には問題は無いかも知れないけどな…ハーフハイエルフの俺でも優しくしてくれている母さんや父違いの兄妹達や爺様や婆様達に迷惑は掛けられない。ハイエルフの国にもハイエルフの谷の近くのエルフ国にも俺は住む事は出来ない。ハイエルフの掟だからな。」
『ふむ、ハイエルフの掟な。高々3000年程度しか生きられぬ矮小なエルフの亜種が偉くなったものだ。』
「ふふふ、お前からすれば矮小だろうな。」
『お主は帝国は不自由では無いのか?母に会えぬ事は。』
「…俺達ハーフハイエルフの兄妹を政治に利用せずに育ててくれた昔の皇帝陛下一族や帝城のヒューム達や母さん達に会わせてくれたエルフの国の王達に感謝をしている。母さん達には会いたい時には会いに行ける…だから…俺は今のままで良い。ミリュムもお前も側にいてくれている。十分、十分…幸せだからこれ以上は欲だ。」
ウルフィルムは瞼を強く閉じ我慢をしている様だった。
『…すまぬ。ミリュムが側に居らぬので口が過ぎたようだ。』
「いや、気にするな。俺とお前の仲だ。」
『しかしだ。商売をするのなら少しは儲けも考えるべきではないのか?例えば我や嫁達や幼き子らに新しい財宝をくれる為に。』
「アッハッハッハッハ、ったく、まだ欲しいのか?寝場所があるのか?うーん、儲けかぁ。この店の売り上げが多少の赤字でもお前達が居城にしてくれている俺の所有している山々の竜魔石採掘の売買で充分利益をあげているからなぁ。街の財政や交易もミルグリムに任せているから心配いらないし冒険者の頃の蓄えもまだまだ残っているし…まぁこの店の儲けなんて無くてもいいんだよ。」
『よもや我等のあれが高値で取り引きされていたと昔にお主の父から知らされた時には我も驚愕したものだ…』
竜の排泄後に気化や土壌に還元されず稀に結晶化する高純度の魔力の塊が竜魔石である。
『しかし冒険者時代の蓄えが今だに残っておるのか呆れるほどだ。』
「大魔獣や竜退治の報酬だからな。大魔獣一匹の報酬でヒュームなら邸宅を買って親子三代以上死ぬまで働かなくて良い程の額だったからな。あのな、お前の寝床をよく見て見ろ。皇帝の城の宝物庫の幾つ分あると思っているんだよ。」
『ふむ、それほどの報酬であったのか…しかしこの店は本当に帝国への有言実行の拠点なのだな…つくづく考えさせられる。あれは二百年程前になるか、新たな若い冒険者や竜騎士を育てるなどと楽隠居をする為の世迷言だと思っていたのだが…本当に何人も竜騎士や一流冒険者を育てよったからな。お主は…』
「あの時ああでも言わないと俺もお前もそのまま帝都暮らしになっていたんだ、バザルデュエム。お前も狭い竜舎に閉じ込められて財宝もなく自由に野山に出回る事も出来なくなっていたんだぞ?お前は今みたいにハーレムを築く事も下手をすると番すら見つける事も出来なくなっていたかもしれない。そうなっていたら俺達はあの時にミリュムを救えなかった。それに帝都に住む事になれば俺は貴族として帝国に縛られてしまう。領地比べや財宝自慢をする貴族の見栄の張り合いの下らない暮らしは真っ平ゴメンだ。」
フンと大きく鼻息を吹き出してウィルフィルムは腕を組み椅子の背凭れに体重をかけると椅子が微かに軋む。
『確かに。ミリュムも嫁達も子らもいない財宝のない藁敷の寝床など考えたくも無い。帝都で質素な竜舎暮らしをするならばいっそのこと噴火山の火口に『赤い財宝の池だぁぁあ』と狂って熱岩石液に飛び込んだ方が良いな。本当にそういう事をした馬鹿な若い竜を何頭か見たことがあるが。』
「だろう?のんびり出来ない帝都暮らしは無理だな。まぁ俺がヒュームだったとしても金儲けのためだけの商売はしなかったかもな。親父も金儲けには全く興味がなかったんだろ?俺の顔も親父に似ているじゃないか。俺もミリーシアも幼さ過ぎて生きていた親父の事を全く覚えていないけどな。」
ウィルゾウル・アレクセイ・アウル伯爵。
今は亡きウィルフィルムの父親人間である。
当時の帝国随一の竜騎士だった。
ウィルゾウルは暴竜退治の旅に出掛けその時に見目美しいハイエルフのミアーセス・ウィン・セフィリスと出逢い二人は恋に堕ちミアーセスはウィルフィルムとミリーシアを身籠った。
ウィルゾウルは暴竜に深手を負わせたが身重のミアーセスを庇い一瞬の隙を突かれ暴竜の逃亡を許してしまった。
その後ウィルゾウルは暴竜と出合う事はなかった。
二年後に生まれた双子の赤子はハイエルフでは無いのでハイエルフの国には掟で引き取れないとすやすやと眠る双子の赤子を優しく両腕に抱くミアーセスの父親カーセス・ウィン・セフィリスに辛く悲しそうに言われやむ無く帝城で匿われるように育てる事になった。
ウィルゾウルが老齢で死去し約百年後にウィルフィルムは見た目が十代半ばの少年となりウィルゾウルの騎竜であったバザルデュエムと共に竜騎士を目指した。
己の実力を高める武者修行の一環で一流冒険者を目指し旅に出たのだった。
ミリーシアはウィルフィルムが旅立ったあとに二世代後の皇太子に見初められ側室となりミルグリムを身籠り出産した。
ウィルフィルムは後に知ることになるのだかウィルゾウルは世界中でも知られている伝説の最強の竜騎士の一人として語り継がれていたのだった。
『まぁ、そうであろうな。あやつの生きている頃のお主達はまだ赤子で地を這い回っていたのだ。致し方は無かろう。城のあの絵を見るとあの頃を思い出すものだ。』
「俺が憧れていた勇ましい絵の竜騎士がまさか親父だったとはな。」
『お主達の父は凶悪で強靭な竜を狩る事が人生の何よりの目的の様にしていた男であったからな。富や地位や名声等よりも強い竜と相対する事を心から楽しんでいた。何度我が危険だと諌めた事か…ヒュームでありながら正に天性の竜殺しと言う様な男であったからな…』
遠い昔を懐かしく思い出す様にウルフィルムに語り掛けて来る声。
店の中はウルフィルム以外誰もいない。
カウンターの後ろの棚に赤い四角いクッションの上に黒紫の光を明滅する直径40cm程の玉が置かれていた。
…長く書いてしまった…