妄想KISS
なんであんなことやっちまったんだ。
教室へと戻りながら、俺は深い後悔に駆られている。
神崎の口唇を奪うなんて……!!
神崎を泣かせてしまった。
あいつの華奢な小さな肩は震えていた。
あいつの涙だけは見たくなかったのに……。
でも。
神崎の口唇……。
しっとりと潤っていてマシュマロのように柔らかで。
ほんの一瞬の出来事だったが、俺には忘れられない。
忘れることなんか出来ない。
俺のファースト・キス。
俺が一番好きな女の子。
神崎純子との……。
しかし。
やはり、あいつは守屋が好きだった。
それを思うと腸が煮えくりかえりそうだ。
奴のどこがそんなに好きなのか。
あいつは、わからないと答えた。
ただ、目で追ってしまうと。
奴の姿から目が離せないと。
恋は理屈じゃない。
それは俺が一番良く知っている。
神崎のどこにこうまで惹かれるのか。
俺はその問いに上手く答えられない。
ただ俺はあいつが可愛いと思う。
ただ、あいつが誰よりも愛しい。
それは、言葉では言い表せない。
そんな複雑な感情こそが、恋だ。
神崎の姿を思い浮かべる。
長めのストレートの黒髪。
シャープな顎の輪郭。
きゅっと結んだ紅い口唇。
何もかもが愛おしい。
あいつの全てを守ってやりたいと思う。
しかし。
あいつがもし、守屋とつきあったなら……。
守屋が、神崎にその手を掛ける。
あいつの柔肌に触れ、その滑らかな線をたどる。
あいつはそっと小さく吐息を漏らす。
守屋の動きにただ身を任せ、そして……。
<アイシテル>
そんな睦言を囁きあい、奴の腕枕の中で眠る。
そんな妄想に駆られると、俺は悶死しそうだ。
神崎……。
この一週間、死ぬ程楽しかった。
毎日が夢のように過ぎていった。
心底、あいつとこのままつきあいたかった。
けれど。
儚く散った俺の「初恋」……。
俺は妄想の中で神崎に触れる。
あいつの柔らかい口唇を奪う。
あいつの透き通るような真珠色に輝く白い素肌に触れ、あいつのあえかな吐息を聴く。
そして、俺は恍惚とあいつの躰に己が身を沈める。
妄想の中で、俺は神崎の躰に触れる。
忘れられるだろうか。
今の俺には、全く自信がない。
これ程、好きなんだ。
そう簡単に忘れられるわけがない。
でも。
忘れよう。
あいつの恋の成就を願おう。
あいつには幸せになって欲しい。
今の俺のように悲しい想いはさせたくない。
あいつの華のような微笑みを思い浮かべる。
それは、俺の傷ついた心をせめて癒やしてくれる、救いの聖母の微笑みだ。
それなのに。
そんな清らかな聖母を俺は泥濘で汚し続ける。
それは、どこまでも悲しい俺の男の性だった。
本作は、「十七歳は御多忙申し上げます」の
(https://ncode.syosetu.com/n3682fj/)
第7章
「59.冬の日の図書室のKISS(4)」
(https://ncode.syosetu.com/n3682fj/59/)
を参照していただくと、お話がわかりやすくなります。