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 航介は生きていた。しかし、死んでもいた。

 自分の短気と未熟さのせいで勇敢なキジとサルを失い、その家族や多くの「郷土會」の構成員たちに迷惑をかけてしまったことに、航介は出家というかたちで責任をとることにした。耳たぶを通していたピアスを外し、茶髪に染め上げていた髪の毛は丸刈りにして、反省の意を天地に示した。

 しかし、どこかで修行を積もうとするわけでもない航介の本心は、狙われているはずの命を守るためと、失われた体力を回復するためにすぎなかった。あれほどまでに勇猛だった航介は、またも社会から逃避したのである。その魂は、幕末の浪人と同じだった。

 航介は、愛馬「滴石号」とともに、江戸期に整備された奥州糠部三十三観音霊場を巡礼していた。寺下観音を一番札所とし、桂清水観音を三十三番札所とする観世音菩薩とのふれあい旅は、一八世紀の半ばに法海山天聖寺(八戸市)の則誉守西(そくよしゅさい)によってルート設定されたものだ。

 航介は、小学生の時、夏休みの自由研究のテーマとして、同じく江戸期に整備され八戸市内だけにコンパクトにルート設定された「八戸御城下三十三観音」巡りをしたことがあった。それ以来のこの観音巡礼は、宿題としてとか、ましてや現世利益を授かることではなく、この土地に根づいている観世音菩薩と対話をすることで心の内を整理したいという慰安旅行とも傷心旅行ともつかないものだった。

 四国の遍路旅とはちがって、巡礼者など皆無に等しいこの旅は、ひとりでいたかった今の航介にとって、とても都合がよかった。子守歌だった「からめ節」や「南部追分」を唄いながら滴石号を曳き、時には、ひとりごとを言いながら歩く姿を誰にも見られたくはなかった。見えてくる風景や聞こえてくる音から気に留めたことをメモし、あるいはそれをジオ俳句やジオ短歌にしながら、腰からぶら下げたあの瓢箪型のペットボトルにそれらを入れていく姿が、他人から理解されるはずなどなかった。航介は、そのメモをできるだけ小さくたたんで詰め込んで、その子袋から、多くの新たな命が育まれることを期待した。


於 第十四番札所 八幡郷三十三観音

・普門院 鶴の子まもる マメコバチ

・姐さんに 捧ぐ花蜜 三八城(みつばちじょう)

蜜壷狙う 熊に一刺し (航介)


 航介は、第十四番札所までの道すがら、林檎の花と花を媒介するミツバチの忙しそうな働きぶりを見てそう詠んだ。果樹生産に欠かせないミツバチの働きは、おしべとめしべのメディアである。たった一匹の女王バチのためにせっせと蜜集めをする働きバチのおかげで果実が恵まれる。これは、ハチという昆虫が、本能のままに飛び回った結果の宿命といえる。

 興味深いことに、働きバチたちは雌ばかりであり、彼女たちのうち栄養価の高い食事を摂ったハチが女王となる。そんな彼女たちの住処は、まるで江戸城の大奥のようではないか。ハニカム構造と呼ばれるユニークな六角柱の部屋に住むミツバチたちは、襖でしきられて役割を分担しながら働く女中たちによく似ている。徳川の遺伝子を遺していくために、ハチの巣から大奥が考え出されたのかもしれない。

 航介は、近世八戸藩主らの居城とされた三八城(みやぎ)(別名八戸城)は、「ミツバチ城」と読まれるべきだと思った。「三戸郡の八戸の城」だというその名の一般的な由来は、航介にとって説得力がなかった。

 南部弁では、ハチのことを「スグリ」という。数十戸を束ねる村主の読み方が、古くから「すぐり」なのは、ミツバチの生態とムラ社会を重ねあわせた知恵であるように思えた。

 洋の東西を問わず、熊の好物はハチミツとされる。その一方、ハチは、黒いものに対して攻撃を加えるとされているが、これは毛むくじゃらの熊への警戒心という、これも本能に由来する限定的なものだったのだろうか。

「生物の本能には、人間が生き延びていくヒントが隠されているにちがいない」

航介をハチミツ盗りの熊と間違えず、攻撃のそぶりも見せずに、なおも忙しなく花から花へと飛び回る彼女たちを怒らせないうちに、航介は、静かにその場を離れることにした。


於 第十五番札所 七崎(ならさき)観音

・なら岬で 南部の茶会 月を観る

・くにの果て 導べとなるべき レグルスに

ソレイユ現わる 三角大師 (航介)


 航介は、無理に「七」を「ナラ」と読ませる時点で、この地名は怪しいと思っていた。「ナラ」という音は、ハングルで「国」をあらわすことから「奈良」もハングル由来であるという説が有力らしい。たしかに、ここ七崎は、江戸期に旧南部藩領が、お家騒動で盛岡南部藩と八戸南部藩に分立された際に藩境となったところである。また、七崎神社の前身である七崎山徳楽寺(旧七崎観音)は、あの「御浜入」を考案した僧侶を出した名刹でもある。

 航介は、港湾の地図記号で手刀を切り、それを九字の代わりとして観世音菩薩の前に歩を進めた。よく手入れされた宝照山普賢院(新七崎観音)の境内を歩きながら航介が感じたことは、この聖地で茶会が設けられ観月会でも催されれば、重層的なメディアの小宇宙が広がるような気がしたのだった。


於 第十六番札所 斗賀観音

・咎なくば 斗賀に渡河する ハチ太郎

・あさぼらけ 熊にお歯黒 南祖坊

かいじょう経由 藤原南家 (航介)


 この場所には、あの日以来だ。子供のころからの遊び場だったこの境内とも、もう疎遠になるのだろう。航介は、盛岡市近郊の滝沢村へと引っ越したらしい両親と、もはや顔を合わせない覚悟で社会という大道から落伍していた。わざわざ遺書をのこしての蒸発は身をまもることだけではなく、退路を断って人生のリセットボタンを押さなければならないという焦りからだった。手にする武器はなく兵隊も集められない無力さを恥じ、底辺の身分にすぎない連中の狂暴さに慄いているこの現実からいち早く脱するためには、誰もが生まれつき持っている体内時計の精度の回復をしばらく待たなければならなかった。

「正義とは何なのか?」

 航介は、あの日にアーニランと立った丘で、あの日と同じように東方を望みながら自問した。幼いころから、誰からともなく教わってきたことが正義ではないのか。正義は必ず勝つのではなかったのか。航介は、現実社会の冷酷さと権力の優越性をあらためて認識し、負のスパイラルに陥ったきっかけであるアーニランとの出会いを振り返った。

 はたして、愛に飢えている者を目の前にした時に、慈しむことが罪になるのだろうか。年齢という確かそうで不確かなものさしで、恋や愛を線引きできるのだろうか。赤い糸で結び付けられていた二人の出会うタイミングが、ともに二十代という「適齢期」に限定されているとでもいうのだろうか。

 航介の脳裏には、恋愛と低俗なエロを結びつけて、それを取り締まることで仕事をした気になっているマッチョな小役人たちの活き活きとした姿が浮かんでいた。一人の男として虚弱な者たちが、神の怒りに触れるわけでもない罪と犯罪者をわざわざ作り出すことで、自分たちの劣性を隠し、慰め合っている彼らの貧相な骨格を航介は見抜いていたのだった。

 国民主権とは名ばかりの官憲機構によって民を支配する仕組みは、不自由な社会主義そのものだ。マスコミが熱心に喧伝してきた保守政治とは、そう難解でもない科挙を突破した官吏たちによる統治を、厳格に保守していくことにちがいない。

 すべての権威から解放され自由でありたい航介は、「保守」という言葉の使い方に注意しなければならないと再認識した。多くの人が使い慣れてしまった「保守」と為政者が使うそれとは、日本語として、似て非なるものなのだ。この国語の高度なレトリックは、宗教家が使う「平和」と革新政党がしばしば使うそれに似ている。彼らは、革命家や改革者を自称しながらなぜか護憲を党是とし、国家を否定する一方で独善的な組織の連帯を優先する三頭身の頭でっかちにすぎない。他方、政権を運営しておきながら改憲を志向するという自称保守主義者の自虐的な性癖は、さらに興味深い。冷戦構造という環境が、とうの昔に終焉していても変化できない内向きな彼らの適応力の無さを目の当たりにして、航介は、劣化した政党政治家たちを軽蔑した。

「どうやら彼らは、チャールズ・ダーウィンによる補習講義を必要としているのかもしれない…」

 航介は腰をおろし、一本の大木に寄りかかった。そこから見える風景は、子供の頃とほとんど変わりがなかった。あれから身長もだいぶ伸びたはずなのに、腰をおろしさえすれば目線の高さは今も同じことに気がついて、深いため息をついた。

 あのころの自分には、特別な悩みはなく社会からの圧力を感じることもなく幸せだった。この栗の木の下で、夏休みの朝に開かれていた「おとぎ話の会」が楽しみで早起きをしていたものだ。特別な工夫もないスタンプなのに、ただ、その数が増えていくことが誇らしかった。あの無邪気さはどこに消えたのだろう。成長とは、無邪気さを否定することなのだろうか。わきあがる感情を抑えていくことなのだろうか。

 航介は、ゆっくりと目を閉じて、自分の五感を研ぎ澄ます努力をしてみた。爽やかな風が肌を撫で、木の葉を介して音を奏でる。こもっていた草いきれが風下へ押し出され、新たにどこかで嗅いだことのあるニオイが、航介の鼻を突いた。香りではなく臭いだ。

「精液だ…」

航介は、あたりを見回し、最後に自分の真上を見上げて苦笑した。子供のころには気づかなかった臭いが、成長した航介の嗅覚を刺激していた。

 その古い大樹は、子孫を遺すために、今年も花を咲かせているのだった。


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