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『コンビニ無双』─コンビニの重課金者になって無双する─  作者: 時雲仁
第一章 色々あってコンビニを始めます
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9話 夢と事情

「それで、荷物は無いんだったか?」


 ようやく落ち着いたヒトミにそう言いながら、膝の上で丸まってしまったにゃん太を撫でる。どうやら膝の上が丁度良い温かさだったらしく、にゃん太はまどろんでいる。


「はい。実家にはあるんですが……」

「実家か、一度荷物を取りに戻るか?」


 ヒトミは、『そうですね』と呟いた後も何やら悩んでいる。


「何か問題が有るのか?」

「いえ、問題と云う訳では無いのですが、実家は差し押さえられていまして……」


「差し押さえ?」

「はい、両親が建てた家なんですけど……ローンが返し終わっていないとかで、建設会社に差し押さえられてるんです」


 そう言ってから、『だから、そのローンを返す為にも、働かないといけなかったんですよね』と続ける。どうやら、支払いを滞ると権利を失うという事らしい。


「……ご両親は、どれくらい払い終えてたんだ?」

「分からないんです」


「それじゃあ、保険やらはどうなんだ?」


 普通、ローン返済が済んでいないからと言って、急に権利どうこうの話になる事はまず無い。ヒトミのこれ迄の話から伺うに、ご両親は自分達に"生命保険"を掛けていなかったようだが、それにしたって住宅を建てる際は多少なりの"保険"を掛ける筈だ。


「父親は失業保険には入っていた筈ですが、生命保険には入っていませんでした。何故か自信に溢れていて、『仕事を失っても、生きている限り問題ないさ』と言っていましたね……まあ、本当に全て空振りになりましたけど」


 そう言って空笑いを始めたヒトミに、なんと言ったら良いのか分からなかったが、何となく(ヒトミの親らしいな)と思った。変なところで自信があり、絶妙な処で全て空振りに終わる。


 ――まあ、間違いなく純粋で優しいご両親だったのだろう。


「そうか……それで、その"ローン返済"の期限はいつだ?」


 そう聞くと、思い出す様な素振りをしながら頭を捻り始めた。


「えっと、確か遅延月から15カ月が期限って話だったので……8、9、10月――10月です!」

「10月か……?」


 今年の10月と言うと、もう既に過ぎている。

 何となく嫌な予感がしながら、不思議そうな顔をしているヒトミに念を押す様にして聞く。


「な、なあ、その10月ってのは今年の(・・・)じゃないよな?」


 そう言うと、ヒトミは一瞬固まってから慌ててカレンダーを見ると、視線を彷徨わせた(すえ)にカレンダーを指して聞いて来た。


「えっ?! 今日はどれですか?」


 ……どうやら日付は愚か、曜日感覚すらも無いみたいだ。


「まあ、どれ(・・)って聞かれたらコレ(・・)だな」


 そう言って、今日を指差す。

 すると、その"日"を見た後で"月"へと目を向けた。


 そもそも月が既に過ぎてるから、日は関係ないと思うのだが……まあ、『現実として受け止めたくない』という"考え"は分からなくも無い。


「そんな……」


 現実をようやく受け止めたのだろう、暫くカレンダーを確認していたヒトミが口を半分開け、魂が抜けたような顔をしている。


 何となく、単に"期限を過ぎた"だけでは無い気がして、聞いてみた。


「そもそも、なんで親の建てた家のローンを働いて(・・・)返そうと思ったんだ?」


 借金(ローン)の返済という面から考えると、他にも色々なやり方があった筈だ。それこそ、実家を売却してからそのお金を残りの支払いに充てれば良い。余程地価の下がった場所でなければ、支払いを終えた後で幾らか手元にお金も残った筈だ。


 ヒトミは思い出す様に、確認する様にして口を開いた。


「……お父さんは、働くのが好きでした。家を建てた時にも言ってたんです『懸命に働いて、自分の城を持つ。これこそが夢だった』って、だから……――」


 『だから、二人が亡くなった時に誓ったんです。お父さんの夢は私が叶えるって』そう続けたヒトミは、『でも、私って馬鹿ですね少しでも稼いで、必要な分だけでも返しておけば良かったのに』と言った。


 そんなヒトミに対して、慰めるように言う。


「仕方ないさ、その間も色々大変だったんだろ?」

「確かに、色々走り回ってましたが……それこそ体を売ったりすれば――」


 自嘲気味に呟いたヒトミに、みな迄言わせなかった。


「それこそ"馬鹿野郎"だろっ!」


 急に声を荒げたからだろう、ヒトミは呆気にとられた様子だった。


 加えて、寝ていたにゃん太が『みゃぁっ!?』っと鳴いて、横になったまま小さな手足を伸ばした。驚かせてしまったにゃん太に謝る意を込めて撫でながら、ヒトミの顔を見た。すると、若干視線を外しながら唇を上向きにして呟く。


「でも、ずっとそうする訳では無いですし」


 そう言ったヒトミに対して、諭す様に言う。


「そんな事を両親が望むか? ……娘が自分を傷つけて喜ぶか?」

「それは……」


 自分の中で、色々と葛藤が有るのだろう。

 視線を外すとそのまま俯いてしまった。


 ……"三角座り"している。


 答えがしばらく出そうになかったので、一先ず自分の"準備"をする事にして立ち上がった。にゃん太はと言うと、トテトテと歩いて行き、ヒトミの足の下に寝っ転がってしまった。


 ふたりはそのままにしておく事にして、自分の部屋に向かった。


 ◆◇◆◇


 自分の部屋に戻った正巳は、予め決めていた事を始めた。


 部屋には、大きな"ファイルボックス"が八つある。


 このボックスに入っているのは、案件ごとに重要な書類だ。


「さて、"立つ鳥跡を濁さず"だな……」


 手前のファイルボックスを取り出した。


 ボックスを開くと、幾つか"対象"である書類をピックアップして行く。書類は、種類毎にまとめて付箋を付けた封筒に分ける。不要な書類はシュレッダーにかける為、別にしていく。


 全てのボックスが空になる迄、同じ事を繰り返した。


 ――30分後。


 ようやく選り分け終えた正巳は、集中していた為か、若干酸欠になっていた。


「すーはー……よし、後はこれを送付して――完全に終わり(・・・)だな」


 『終わり』と、少し意識して呟きながら、まとめた封筒に封をして行く。


 まとめた書類は、全部で八つ。


 これらを送れば、全て後腐れなく決別できる。


 封をし終えたので、あて先を書こうとしたが――止めた。


「確かまだストックが……あった!」


 探していた物を見つけたので、取り出した。

 "発送用シール"だ。


 勿論宛先は会社の住所が印字されている。


 このシールは、取引先に『必要が有ったら使ってください』と言って配っていた物だ。当然、会社でこのような備品を作っている訳が無く、自腹で作ったものだ。


 何となく、過去の自分を懐かしく思い出しながら、"あて先シール"を貼って行った。


「……よし」


 最後の仕事を終え部屋から出ると、廊下に居るヒトミが見えた。

 ずっと同じ体勢で居たらしい。……にゃん太がよじ登ろうとしているが、当のヒトミは頭を足の間に挟んでいて、全く反応していない。


「ヒトミ」

「……」


 少しばかり頭を動かしたが、顔は下げたままだ。


「ほら、行くぞ」

「……いく?」


 若干反応したが、頭はそのままだ。


「ああ、これから外に行くぞ!」

「……一人で行って来て下さい」


 随分とウジウジしてしまっている。

 そんな様子にため息を付きながら、少し演技掛かった調子で言った。


「お前が居なくて、誰が家に案内(・・)するんだ?」


 そう言ったのだが――


「正巳さんの知り合いの家なんて知りませんよ」


 ……流石、察しの悪い奴だ。


「……お前の家だよ」

小前田(おまえだ)さんなんか知らないです!」


 そう言ったヒトミの言葉に対して、心の中で『小前田さんって誰だよ……俺も知らないわ!』と突っ込みつつ、再度言った。


「だから、お前――『ヒトミの家に案内してくれ』って言ってるんだよ」

「――へっ?」


 俺の演技を無駄にした上に、三度目でようやく理解したヒトミは、目を丸くして驚いていた。そんなヒトミに、若干ため息を付きたくなりながら『にゃん太も一緒に行くから、ダンボールの家も忘れないでくれよ?』と言った。


 すると、不思議そうな顔をしたヒトミが呟いた。


「……私の家、掃除していませんし、差し押さえられていて、先月不味い事になったみたいですけど、何のために……?」


 何故か真っ当な質問をして来たヒトミに対して、応え(・・)た。


「そうだな、取り敢えず――お前の家はどうやって行くんだ?」


「えっと、途中までは電車で行けますけど、本数が無いですね。基本的に、みんな車を使って移動しています……――って、私の質問に答えて下さいよ!」


 何故か、要らない時だけ察しが良いヒトミに苦笑しながら、『向こうに行けば、嫌でも分かるさ』と言った。すると、『そ、そうですか……』と大人しく引き下がった。恐らくはろくでもない勘違いをしているのだろうが、気にする必要も無いので出発する事にした。


「さあ、行こうか」


 持ち直したヒトミが、にゃん太の"家"を持って来るのを眺めながら、頭の中では一番近い"店"が何処に在ったかを思い浮かべ始めていた。


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