87話 都市開発計画
新たな仲間が増えて約半年が経過していた。
はじめこそのんびり過ごしていたものの、やがて建築家であるヒノキやエンジニアであるフォンファとの打ち合わせが入り始め、終いには季節の変化に気づかないほど忙しくなっていた。
その原因は、地域の開発とそれに必要な下調べや条例準備のためだったが、帰って来て見る子供達の寝顔が支えになっていた。きっと、世のお父さん方もこんな気持ちなのだろう。
そんなこんなで忙しくも慌ただしい日常を過ごしていた正巳だったが、ようやく一段落つけそうだった。まだ完了したわけではないものの、大枠はできたと言って良いだろう。
その内容は何かと言う話だが……
結論から言えば、今後の都市開発先二十年分ほどをギュッと詰め込んだ内容で、普通に進めてはいつ実現できるかも分からない。そんな、様々な不可能を含んだ"都市開発計画"だった。
そもそもこの計画自体、コンビニにやって来た町長から頼まれ、それを承諾した事から始まった訳だが……町側の(正巳達側の資源を開発に使いたい)思惑と、正巳達側の(ネックになっていた部分の解決に権限が必要だった)状況がマッチした結果だった。
ネックになっていたのは、地中の開発に関わる問題だ。
現時点でこそ特に必要はないものの、今後を考えた時クリアしておきたいのが、この地中の開発許諾に関わる問題なのだ。これが解決すれば、今後更に色々と出来る事が増えるだろう。
特殊な許可が必要な、地中深くまでの開発もこれでし易くなる。
具体的な話をすれば、より高価な商品の管理を行う倉庫を、地下に作りたいと考えていたりする。現在、在庫の管理は地上の倉庫で行っているが、その一部でドーソン博士の開発した新薬の管理も行っていたりするのだ。
内容によっては、今後莫大な利益を上げるであろう製品でもあるため、盗難含めたリスクには気を付けなくてはならない。セキュリティの面でも、地下に倉庫を作った方が安心できるのだ。
とまぁ、ここまでの話だけでは、こちら側にばかり益のあるように感じるかも知れないが……実際はそうでもなかったりする。と言うのも――
「あ、また来ましたよ!」
車の助手席に乗ったヒトミが、興奮気味に窓に頬を引っ付けて外を見ている。それに頷きつつ、ニコニコと機嫌が良さそうな様子に言う。
「楽しそうだな」
「はい!」
通り過ぎて行ったのは、つい先日運用の始まった自動運転車だ。
都市計画の目玉の一つでもあるこの"自動運転車"は、今後増やして行くと共に、住民の全世帯対象に無料で提供する公共サービスと言う事になる。
「やはり便利なんですかね?」
まるで他人事のように言うヒトミに苦笑する。
「それで言うと、俺達も今まさに乗っているんだがな」
そう、正に今二人が乗っているのも、通り過ぎたのと同じ"自動運転車"だ。その証拠に、本来運転席である正巳の席には、ハンドルやペダルが存在しなかった。
一応緊急時に"マニュアルモード"として使用できるよう、ハンドルは収納されている。しかし、通常運行時には引っこんでいて、初めての人は先ず驚くであろう内装だった。
しばらく外を見ていたヒトミだったが、息を吐いてシートにもたれ掛かると言った。
「これが無料って、本当に良かったんですか?」
それに頷いて答える。
「良いんだ。只でさえ迷惑をかけてるんだからな、その位しないとダメだろう。それに、対象となる住民数も少ないしな。今後負担が増えたら増えたでその時考えるさ」
サービスの向上は、外部からの移住者を増やすきっかけにもなるだろう。
住民を増やしたいと言うは町長の要望であって、それに応じた形にもなる訳だが……実は、そもそもの部分で(増えたとしても精々限度があるだろう)と言う正巳側の目算もあった。
その理由は、対象地域の大半の土地を既に正巳が購入している点と、現時点でその土地を売る気もなく、何か高層マンションの様なモノを作る気も無かったからだった。
少しずるい様にも思うが、住民が急増して治安が悪化するよりは良いだろう。町長には悪いが、この町を大都会にしようとかそう言った考えも野望も一切なかった。
ちなみに、自動運転車が無料なのは飽くまでも住民に対してであって、外部から来た人からは通常のタクシーと同じくらいの料金を貰う事になっている。
まだまだ自動運転車が通れない場所もあるが、そう言った地域に関しても、今後十年単位で開発整備して行く事になるだろう。
見えて来た我が家を確認すると、ヒトミに言った。
「どうだった?」
それに笑顔で頷いた瞳が答える。
「いつの間にか綺麗になってて、まるで都会でした!」
「はは、都会か……どっちかって言うと工業地帯っぽいと思うんだけどな」
都会であればビルやお洒落なカフェなんかがあるだろうが、今見て来た中であったのは精々が建設途中の工場や倉庫、既に稼働中の自動運転車用立体駐車場なんかだろう。
そんな正巳に、頬を膨らませたヒトミが抗議する。
「何言ってるんですか! 空き地と古い家、それと田んぼや畑しかなかった場所がここまで綺麗になったんですよ? これはもう都会と言って良いと思います!」
都会の基準がよく分からなかったが、ヒトミがそれで良いのなら良いのだろう。少し笑って「そうかもな」と答えるも「あ、適当な返事です! 馬鹿にしています!」と怒り始めた。
それにどう答えたら正解なんだよと苦笑するも、車が車庫に入ったのを確認して言った。
「ほら降りるぞ」
「……もうですか?」
「もうって、もう家に着いたからな」
『目的地に到着しました』
車に搭載された案内システムが、正巳の言葉を肯定するように言った。それにぶすっとしたヒトミだったが、「仕方ないですねぇ」と体を起こしている。
その様子を横目に先に降りた正巳は、玄関を抜けてドアに手を掛けた。
「……うん?」
軽くひねるも開かなかった為、少し力を入れると手前に引いた。
すると、閉まっていたドアが開き――
「うおっ?!」
出て来た少年にぶつかりそうになった。
「びっくりしたなぁ、なんだよ兄ちゃんか」
「それはこっちのセリフなんだけどな……って、あぶねっ!」
家の中から飛び出て来た物を咄嗟に避ける。
いったい何事だとその出て行った後を追うが、既に遠くまで離れ見えなくなった後だった。チラッとしか見えなかったが、そのフォルムには見覚えがあった。
「あーあ、せっかくつたまえてたのに~」
聞こえて来た声に振り返ると、残念そうな顔でやって来たシュアンに言った。
「そうか、捕まえてたのか。でもアレは捕まってると困るモノだからな……おいリュウ、シュアンはともかく何でお前までこんな事――」
飛び出して行ったのはドローンで間違いないが、問題なのはそれを家の中に閉じ込めていた事だろう。まだ正式にリリースしていないものの、試験的に運用しているのがこのドローンだ。何か問題があっては困った事になる。
何してるんだと怒りかけた正巳だったが、背後からの声に振り返った。
「どうしたの? お兄ちゃん?」
そのきょとんとした目には、一切の罪悪感が無い。
「いや、シュアンはアレが欲しかったのか?」
「アレ? ……あ、そうなの! 逃げちゃったの……」
そう言って残念そうにするシュアンに、そんなに欲しかったのかと首を傾げる。そもそも開発をしているのは、フォンファとユンファの姉妹だ。欲しければ貰って来る事も可能だが……。
そんなに欲しいのなら、と口を開きかけた正巳だったが、トテトテとやって来た幼女が言った。
「おかし逃げちゃったネ?」
「うん、リュウ兄が逃がしちゃった」
首を傾げるホアンにシュアンが頷いて答えると、それに目を潤ませたホアンが呟く。
「……りゅうにいのアホぅ」
まさか、あのドローンがお菓子で出来ている訳ではないだろう。となると、あのドローンの中にお菓子が詰まっていたか、それとも何か別の"約束"でもあったか……。
ホアンにギュッと睨まれ、アホと言われたリュウアンがショック受けて白くなっていた。その様子を横目に見ると、状況を整理しながら聞いた。
「聞いても良いかシュアン?」
言いながら屈むと、頷いたシュアンが手を伸ばして来る。
それを受け止め抱えると、空いた手でホアンを手繰り寄せて抱え上げた。ホアンは目を潤ませていたが、抱き上げると頭をグリグリと押し付けて泣き出してしまった。
背後には、ようやく降りて来たらしいヒトミが状況を見て首を傾げていたが、とりあえずドアを閉めるようにと言って中に入る事にした。
読んで頂きありがとうございます。少しばかり長いお休みとなっていましたが、更新を再開したいと思います。登場人物でこれ誰だったっけ?と思う事もあるかも知れませんが、なるべく文章内で思い出せるようにしますので……どうしても思い出せなかったら、感想欄にコメントください。あと、好きなキャラについて感想もらえれば、何処かで閑話としてショートストーリー書くかもです。