86話 わが家へ
車窓から見る街並みは、懐かしくもホッとするものだった。
子供達を初めとして、インシュンやレフィーナも物珍しそうにしていたが、ジョンやグラハムらは落ち着いた様子だった。どうやらジョン達は、日本に来た事が有るらしい。
その後、高速道路を使っての移動になったが……。
一時間ほど経った処で見回すと、車内にはぐっすりと眠った面々が揃っていた。シュアンは兎も角、ヒトミも寝ていたが……もしかすると、今朝は早起きだったのかも知れない。
不意に車線を移した車両は、速度を落とし始めた。
どうしたのかとも思ったが、どうやら途中休憩らしい。
窓から休憩所を確認すると、車両が止まった所で席を立った。
「うみゅ……」
変な声を上げるヒトミを、起こさぬように気を付けながら外に出る。
「体調は如何ですか?」
水を差しだすファスに頷くと、大丈夫だと答える。
「問題ない。それより、ここでミヤと交替するのか?」
後から降りて来たミヤを見ながら言うと、苦笑して返して来た。
「いえ、今回は私用に"カスタム"されているので、最後まで私の運転になります」
そう言ってから、「運転と言っても、アシスト機能が優秀なので疲れは殆ど無いんですけどね」と笑って見せる。そう言えば、座席にも腰や肩のマッサージ機能が付いていたりしたが……。
半ば確信を持ちながら言った。
「もしかして、これはジンギスカンの?」
すると、一瞬首を傾げたミヤが、思い出す様に頷くと言った。
「ああ、"ジンさん"の事ですね。確かに、こちらの車両はジンさんに用意して貰った物です。先日出来たばかりの"新型"だと言っていました!」
そう言いながら、"タイヤは中に鋼鉄製の網が張られていてパンクしても問題ない"とか、"水陸両用車でいざという時は川でも渡れる"とか説明していた。
その説明を聞きながら、確かに"凄い"とは思った。しかし、それよりも気になったのは――
「なぁ、車屋のオヤジの名前って……」
恐るおそる聞いた正巳に、不思議そうな顔をしたミヤが答える。
「ジンさんの事ですか?」
「やっぱり、"ジン"って言うのか……」
初めて知る事になったが、どうやら車屋ジンギスカンの店主は"ジン"と言うらしい。そこはかとなくオヤジっぽさを感じるネーミングセンスに、苦笑しかなかった。
「そうか、ジンギスカンの"ジン"なぁ~はは、らしい付け方だな」
苦笑していた正巳だったが、視線をずらしたファスが気になって振り向くと、そこには眠そうに目を擦るシュアンの姿があった。片手はホアンと繋いでいる。
「どうした?」
二人を抱え上げると、頭をこすり付けながらホアンが言う。
「ちっち」
「……ちっち? ああ、トイレの事か」
どうやら、トイレに行きたくなったらしい。
「シュアンもか?」
「ううん、連れてきたの」
どうやら、シュアンはホアンに起こされたらしかった。
「そうか偉いな、お姉ちゃんだなシュアンは」
正巳の言葉に照れるシュアンだったが、頭ぐりぐりが激しくなって来たホアンに苦笑する。何となく、これ以上こうしていると悲惨な結果が待っていそうだ。
主にしもの理由で。
「それじゃあ、俺はホアンをトイレに連れて行くが……他の子達も、トイレしなくて大丈夫か確認しておいてくれ。その、途中で我慢できなくなったら大変だからな」
「承知しました」
頷いたミヤに後を任せると、着いて来るファスに(これならホアンはファスに頼んだ方が良かったんじゃ……)と思ったが、言っても仕方ない事なので諦めた。
ホアンが用を足している間、ジンへの提案に"車内完備の綺麗に使えるトイレ"を付け加えた。ジンであれば、変わった角度から問題を解決できそうな気がする。
その後、休憩を終えた一同は再び車両に揺られていた。
結局、目を覚ました全員が順番にトイレに行っていたが、ここで目を覚まして良かったかも知れない。その後は、途中休憩を挟む事無く目的地まで走っていた。
◇◆
半年前、昼夜問わず人で溢れていた場所は、一先ず落ち着いた様相を見せていた。
「なぁ、もしかして売上とかって……」
特別気にしている訳では無いが、落ちたら落ちたで気になるものなのだ。
少し前に目を覚ましていたヒトミが、首を傾げる。
「売上ですか? 難しい事は分かりませんが、最近は凄く暇になりましたよ?」
笑顔で答えるヒトミに苦笑するも、それはミヤも同じだったらしい。
分かりやすくズッコケている。
「う、うぉ……っと、大丈夫か?」
ハンドルを大きく乱れさせたが、どうやら保衛システムが作動したらしい。
自動で元の軌道に戻った事に安堵すると、申し訳なさそうにミヤが謝って来る。
「申し訳ありません、その……少し乱れました」
「いや、大丈夫だ。悪いのはヒトミだしな」
冗談交じりに言うと、首を振ったミヤが言った。
「いえ、申し訳ありませんでした。それと、ご安心頂きたいのですが……」
正巳が言った言葉が気に入らなかったのか、頬を膨らませるヒトミをチラリと見ると、ミヤが続ける。てっきり、客足が減ったと思っていた正巳だったが、特別そういう訳でもなかったみたいだ。
「実は、正巳様の提案で導入した自動化システムにより、混雑が劇的に緩和されたんです。加えて、人手もかからなくなったので、従業員の負担もかなり軽減されました」
「そうだったのか」
なるほどと頷いた正巳に、ヒトミが言う。
「そうです、最近はにゃん太とも時間が取れているのです!」
「そ、そうか……よかったな?」
憤慨した様子で且つ喜んでいるので、どう扱ったらよいのか分からない。取り敢えず、いつもの事だと放っておく事にして、他の状況も確認する事にした。
「それで、売り上げなんかはどうだ?」
ミヤに聞いた正巳だったが、何処から取り出したのか、液晶端末を持ったファスが言った。
「それは私が説明いたします」
「ファスが?」
何となく、共に居たファスが、忙しかったはずのファスが、説明すると言う事に若干の疑問を持ったが……。どうやらファスは、常に全体の状況を確認していたらしい。
「大丈夫です正巳様。ここ二か月と二週間と二日の間、完璧にデータを追っていたので……そうですね、業績で言えば"全体"では月間比"2,600%"の成長率。金額にして約四億七千六百万円です。小売業での成長も含みますが、やはり一番は――」
とんでもない事を言い始めたファスに、思わず口を挟んだ。
「おいおい、ちょと待て……。確か、元が月の売上で一千八百万位だったよな?」
苦笑する正巳に、表情を変えずにファスが頷く。
「はい、前の月より少し落ちていましたので」
そう、一番売り上げが上がっていた月は、二千万円を超えていた。それが、少し落ち着いて丁度一千八百万前後で安定して来ていたのだ。それが……。
「なんでそうなった?」
疑問しかなかったが、首を傾げた正巳にファスが答えた。
「丁度、権利関係の収入と、小規模ながら"卸し"の決まった"薬剤"がありましたので」
薬剤と言うと、ドーソン博士関連だろう。
確かに、博士が仲間に加わった際、形としては"買収"の形をとっていたが……。
「なるほどな、それが収益に加わった訳か」
分かったような、いないような状況だったが、一先ず"増えた"のであれば困った状況と言う訳でも無いだろう。それに、かかった費用の事を考えると、回収し切るのもまだまだ先の話だ。
「報告の続きですが、今回システム開発は全てフォンファが行いましたが、それに関連して他社より技術提供の依頼が来ています。サービスをパケージ化して欲しいとの依頼と、技術及びその権利を販売して欲しいとの依頼でしたが……」
「権利販売は、これから先も一律却下だ。サービスのパッケージ化については、要相談だな」
考えるまでもない内容だったが、権利販売とはそのままフォンファの努力に値段を付ける事になる。幾ら高い値段が付くとしても、そんな事は論外だろう。
「承知しました。他に、各種メディアからの取材依頼も来ておりますが……」
「そうだな、以前偏向報道していたメディアは、一律で受け付けなくて良い。後は内容次第だが……そうだな、暇になっているようであれば、取材対応の方に人員を割いて貰おうかな」
忙しすぎるのが良くないのは明らかだが、暇を持て余すのもまた良くない。全て適切に、適度に忙しい位が良いのだ。運動しなくなると体調が崩れがちになる、それと同じなのだ。
「承知しました、その様に致します。残りは"要望"ですが……――」
話を続けるファスに耳を傾けながら、その要望の内容を思い浮かべては苦笑していた。
「――……加えて、"許可が必要な深度までの建築"、以上三点がヒノキより要望として上がっています。博士に比べると、まだ小規模かと思いますが如何しましょうか?」
建築家ヒノキ、ドーソン博士、車屋ジン、システム屋フォンファ、其々の要望を聞いた正巳は、その大きい物から小さなものまでを想像してため息を吐いた。
「そうだなぁ……取り敢えず、ジンの"走行試験場"は郊外の離れた場所につくるとして……。他は全部相談して決めないとだな。あぁ、因みにフォンファの"姉妹の部屋"は、何処に作る予定なんだ?」
正巳の言葉を聞きながら、返信を打っていたらしい。端末から顔を上げたファスは、少しばかり頬をヒク付かせると言った。
「……どうやら、"川の近く"が良いみたいです」
その言葉に、悪夢とも言える記憶を思い起こした正巳は、即座に言った。
「却下。勝手に水路を地下に引くのもそうだが、却下だ。取り敢えず、危険が無さそうな場所で目が届く範囲で許可しておいてくれ……頼む」
正巳の勢いに苦笑するも、ファスも同意見だったみたいだ。頷くと"必ず"と答えていた。
その後は、ジョンやリーナ達の居についての話になったが、三人は少し離れた場所で車屋ジンギスカンのある近く――土地の余っている場所に拠点を用意する事になった。
話している間に、どうやら着いていたらしい。
子供達を起こしているミヤを横目に、窓から見える景色に口を開いた。
「ここは、俺の家だよな?」
確かに、そこに見えるのは見覚えのある我が家だった。しかし、問題なのはその背後――四方を囲むようにして見える建物だった。
確認できるだけでも左右と後ろの三方で、三軒ほどの豪邸が繋がっている気がする。
どうやら、ファスも初見だったらしい。
「……の、ようですね」
苦笑していたファスだったが、そこに口を挟んだヒトミが言った。
「ふふふ、凄いですよ! 超絶急いだんです! 未だ一部出来ていない部屋もありますけど、皆で少しずつお金を出して作ったんです! あ、私はお金全部入れました!」
何故だか満面の笑みで、何なら少し頭を屈めて見せている。
その様子に、なんと言えば良いのか分からなくなった。数秒そのままでいると、我慢できなくなったらしいヒトミがプルプルと震え始めた。
「あの、頑張ったんですよ……。あれ? もしかして、勝手にやっちゃいけなかったのかも……」
どうやら、ここになって初めて"怒られるかも知れない"と、思い至ったらしい。屈めていた頭を、別の意味で更に下げた処でため息を吐いた。
「ふぅ……凄いじゃないか」
言いながらヒトミの頭を撫でる。すると、まるで水を得た魚の様に、それまで枯れていた植物の様に、みるみるうちに元気になった。
「そ、そうですよね! 頑張ったんですよ~! ほら、皆さんも案内するので付いて来て下さい!」
元気いっぱいに立ち上がったヒトミは、歓声を上げた子供達を先導してバスを降り始めた。
子供達が全員降りた後、後ろからインシュンとレフィーナが付いて来た。
「元気な嬢ちゃんだなぁ」
「ふふ、可愛らしいわね」
どうやら、二人もヒトミが気に入ったらしい。
「そうだな、元気で明るいのが取り柄だからな。ほら、二人も今日からしばらくはここに住んで貰うんだ。自分の家だと思って寛いでくれ」
二人は、正巳に礼を言うと降りて行った。
残ったのは、ジョンとリーナそれにグラハムだった。降りる気配のない三人に、どうしたのかと聞くと、どうやら「このまま拠点(となる場所)まで向かう」と言う事だった。
それに苦笑すると、明日は兎も角「今日は一緒に居てくれ」と頼んだ。
下りて行く三人と、それを待っていたらしい其々の弟子たちの様子に呟いた。
「やっと休めるな……」
正巳の呟きに静かに頷いたファスは、外から聞こえ始めていた正巳を呼ぶ声と、バスのステップをあがて来た小さな獣の姿を見て言った。
「正巳様、お迎えが来ました」
飛びついて来た獣を受け止めた正巳は、落ちないように抱えながら言った。
「そうだな、"ただいま"だな――にゃん太」
「みゃおん!」
歓迎の頬すりを受けながら、皆が待つわが家へと入る事にした。
これにて、第二章が終わりとなります。
今回の二章では、沢山の仲間が加わる事となりましたが、次章以降ではサービスや取り巻く環境に変化が起き始める事になります。新章開幕まで少し時間を置かせて頂きますが、どうぞ引き続きよろしくお願いします。
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