79話 衰弱と負傷と・・・
「何だ!?」
聞こえて来た爆音に顔を上げると、建物が小刻みに振動しているのが分かる。
どうやら、上空で何かが爆発したらしい。
「おい、これはいったい――っと、シュアン?」
声を上げた正巳だったが、手を引かれてバランスを崩しかけた。
どうしたのかと顔を向けると、当のシュアンはじっと目を前に向けていた。その緊張した様子に口をつぐみ、視線の先へと目を向けると……
「飛行機?」
そこには、モニターに映された機影があった。
問題なのは、その機体が黒煙を上げている事だろう。慌てた正巳だったが、その光景を確認したジョンとリーナ、グラハムの対応は早かった。
「先に向かう!」
「ワシもじゃ!」
リーナが頷いたのを確認すると、二人は走って行った。状況が読めていなかった正巳は、リーナにどういう状況なのかと聞こうとした。しかし――
「破片が降ってくる可能性がありますので、正巳様と皆さんはシェルター内に居て下さい」
その言葉にただ頷く他なかった。
全員がシェルターに入ったのを確認すると、リーナはユンファに「緊急放水を!」と言って出て行った。リーナの後姿を見送った正巳は、不安そうな顔をしている子供達を横目に聞いた。
「機体の状況は?」
すると、首を傾けたユンファは何でもない様に言う。
「エンジンの片側が破損、燃料漏れによる発火、破損状態から見てここ迄持ったのは幸運だった」
モニターに映された機体が、黒煙を上げながら落ちて行くのが見える。角度から見て、恐らくドローンによって撮影しているのだろう。
余りの黒煙の為か映像が乱れ始めていた。
それが気になるのかシュアンが言う。
「見えないの」
「そうだな」
気が動転しているのか、メイがシュアンとは反対の手を握って来る。
「お兄さん……」
「大丈夫だ」
落ちて行く機体を眺めていた正巳だったが、ふと嫌な予感がよぎった。
「なあ、乗っているのは――」
それは、敢えて考えないようにしていた事だったかも知れない。しかし、目の前で変えようのない事態が起こっている以上、ごまかしようは無いだろう。
何やら操作していたユンファが、その手を止めたのを見計らって聞いた。
「ファス達じゃないよな?」
正巳の言葉に、ユンファが口を開く――
◇◆
――少し前、ファス達はいつ帰るのかと聞いた。
それに対して直接答えは無かったが、代わりにカウントダウンされた。アレがもし、ファス達の"到着時刻"を意味していたら……。
いや、本当は分かっている。
ユンファのカウントの意味も、皆が集まっていた理由も、何故今こうして心配そうな表情でモニターを見つめているのかも。
そう、あの黒煙を上げる機体に誰が乗っているのかは、とっくに分かっている。ただ、認めたくないだけ――絶望的にも見える光景に、"そんな筈はない"と思いたいだけで。
◇◆
「あれに乗ってる」
ユンファのことばを聞きながら、その表情に僅かに不安が含まれているのを見た。
「そうか、あの中に居るのか」
一度冷静に自己分析した事で、事態を受け止める事が出来ていた。
黒煙を上げる飛行機だが、ファスの心配は必要ないだろう。インシュンも、何だかんだと問題無いに違いない。しかし、ユンファは「一人衰弱で一人負傷」と言っていた。
普通に考えて、衰弱しているのは救出対象だった女性だろう。負傷と言うのも気になるが、仮にファスかインシュンの何方かが負傷していても、上手い事どうにか切り抜けるに違いない。
――二人には、それだけの技術があると思う。
(それじゃあ、この不安はいったい何処から……)
何も心配ない筈であるにも拘らず波打つ心に、何が原因なのかと思っていたが、子供達の不安そうな横顔を見ていて気が付いた。
(そうか、俺にとってこの子達はもう……)
ざわつく心が子供達に寄り添ったものだと知った正巳は、子供達を安心させようと口を開いた。しかし、何か言う前にどたどたと慌ただしい足音が聞こえて来た。
「なんだ?」
「大丈夫、敵じゃない」
ユンファの言葉に、キュッと掴んでいたシュアンの手が緩んだ。
そこで、手を離すと言った。
「ここで皆と待っててくれ、不安な子が多いと思うから頼むな?」
正巳の言葉に、唇を噛んだ後「うん」と頷いたシュアンの頭を撫で、メイに目配せしておいた。二人で上手い事してくれるだろう。
「リュウアン、ヒューム来てくれ!」
視線を回した正巳は、素早く二人ほどに声を掛けるとシェルターから出た。
二人は、子供達の中でも年長組にあたる。どんな状況かは分からないが、力仕事なんかでも役に立ってくれるだろう。
「これは……」
黙ってついて来る二人と共に玄関まで行くと、そこにはグラハムとリーナが居た。
問題なのは、ソファに横たえられた女性と、横で片膝を着いた男だろう。
「正巳様、壁の端に医療キットがありますので!」
「ああ、分かった」
リーナの指示で医療キットを取りに行く。
壁の端を開くと、そこに有ったトランクの形をした医療キットを手に取る。
「これで良いか?」
「ええ、中から消毒液を!」
リーナの指示通り消毒液を取った正巳だったが、そこで初めて気が付いた。
「インシュンお前、腕が……」
正巳の言葉にインシュンが口の端を歪めた。
「へた打ったぜ、やっぱり俺は現場向きじゃないな」
片膝を着きながら、無事だったほうの手を女性の手に重ねている。
女性は、どうやら気を失っているだけの様だった。女性の服はとてもでは無いが綺麗とは言えず、加えて顔色も悪かった。しかし、それを差し引いても美しいと言える気品があった。
リーナがインシュンの腕の傷口を消毒する中、リュウアンとヒュームはグラハムに連れられ、何やら腕一杯に道具を持って来ていた。
「ほれ、変わるんじゃ。お主は彼女を」
グラハムに頷いたリーナは、女性の看病へと移った。どうやら、リーナは彼女を別室に連れて行くつもりらしい。リュウアンに片方を持たせると、持って来た担架に乗せ換えている。
それが終わると、リーナがインシュンに言った。
「こちらは任せて下さい、必ず助けます」
「しかし――」
手を離すよう言うリーナに、インシュンが食い下がる。
しかし、リーナも引かなかった。
「彼女が起きた時、貴方が寝ていては仕方がないでしょう?」
自分の事に集中して下さいと言うと、どうやらインシュンも折れたらしかった。
「必ず……、頼むな」
インシュンの言葉に、リーナは頷くと合図した。
リーナの合図で、横たわった女性が持ち上がる。
その様子を見送っていたインシュンだったが、部屋を出てその姿が見えなくなった所でグラハムが言った。
「ふむ、余程無茶した様じゃの。傷口のこれは、無理やり焼き塞いだか……ふむ、骨が見えとるでないか。これは、少しばかり厄介じゃな……」
どうやら、化膿はしていないみたいだが、酷い状況には変わりないらしい。
耐性の無い正巳は、その傷口を直視できなかった。しかし、どうやらヒュームは問題無いらしく、グラハムの指示の元新しい水やらタオルやらを、傷口に当てたり拭き取ったりしていた。
どうやら、ヒュームは子供達の中でも、"治療担当"をする事が多かったらしい。
傷口や血が苦手ではない――のが理由らしかったが、その丁寧な手つきを見ていると、任せても大丈夫そうだった。
一先ず二人の状況は確認出来ていたが、最後の一人が未だ戻っていなかった。不安に思いながらも、インシュンの手当てを手伝っていたが――
『ドーン!』
不意に聞こえて来た爆発音に、思わず息を呑んだ。
「ファス……」
思わず不安を口にすると、それ迄苦痛に口を閉じていたインシュンが言った。
「大丈夫だ心配要らねぇ、あいつは流石だぜ?」
無理して作った笑い顔は、苦痛の為か歪んでいた。そんなインシュンに、思わず「いいから寝てろ」と突っ込んでしまったが……手当てしていたグラハムも、顔を上げて言った。
「ここは大丈夫ですぞ、」
包帯を巻きながら言うグラハムに礼を言ったが、「手当と言っても消毒程度ですがね」と苦笑していた。どうやら、現状ではこれ以上どうにもならないらしい。
その言葉に頷くと、一瞬だけインシュンの手を握り玄関を出た。