71話 混乱する基地
リーナは変わらない様子だったが、インシュンの方は顔色が若干悪かった。
「……酔った」
「これをどうぞ」
膝に手を付いているインシュンに、"酔い止めカプセル"を渡すと足を進めた。
「さて、中へ行きましょうか」
白い家の玄関は、そこに立ったファスを認識すると扉を開いた。
『"ファ~姉妹の家へようこそ、君とは久し振りだね!"』
声も口調もまるっきりフォンファだ。
いる筈のないフォンファに迎えられたファスだったが、特に驚く事無く答えた。
「問答の時間はありませんので、家の主人に"フォンファの紹介"だとお願いします」
対応しているのは、ユンファ自身ではないし当然他の誰かでもない。全て人工知能が相手であり、あらゆるセンサーやカメラが駆使されている。
個人の認識についても、蓄積された情報データベースによるものであり、一度でも訪問すればもれなく記録される事になる。ファスは何度か来ているが、友人かの様な対応なのは、その所為だろう。
ファスの言葉に数秒間沈黙を保っていたが、やがて言葉が帰って来た。その調子は、先程とは打って変わり執事然とした様子だった。
『……承知しました。お通ししますが、お連れの方の責任もそちらでお取り下さい』
頷いたファスは、数歩後ろで構えていた二人に言った。
「問題ありません。問題行動を取らなければ……」
ファスに頷いた二人は、ゆっくりと足を踏み入れた。
リーナは興味津々と言う様子だったが、インシュンは違った。
嫌な記憶でもあるのか、渋い顔をしているインシュンファスが言った。
「大丈夫ですよ、最悪下水に流されるだけです」
向き直って先へと進むファスだったが、インシュンは小さく呟いていた。
「それが嫌なんだよ……」
三人の短くて長い家庭訪問が始まった。
◇◆
ファス達がユンファの白い家に入った頃、その近隣にあった基地内は半ば混乱状態にあった。その原因は、他でもないファス達一向――もっと言えばファスこそが原因だった。
「おい! 情報を集めろと言っているだろうが!」
「しかし、今ある情報ではこれが全てでして……」
「馬鹿野郎! こんな情報だけでは、何故あの"戦場の悪魔"が、こちらに牙を剥いたのかが分からんだろうが! まったく、こう言った事が起こらないように、中立で情報を集めて来たのに……!」
余程頭にきているのか、机の端をバンバンと叩いている。
「失礼します閣下。先程、高度上空を通り過ぎた謎の機体の報告をしましたが――」
入って来たのは、この基地で参謀として働いている男だ。
「結論を言え、結論を!」
机を叩きながら言うと、背筋を正して答えた。
「ハッツ! その後、住民からの通報で"空から人が降りて来た"と報告がありました!」
「ヒィッ!」
「か、閣下?!」
「う、うるさい、何でもないわ!」
「ハッツ、……それで、どう致しましょうか」
「お前はどうすべきだと思う?」
指示を仰いだ部下に更に聞き返した男だったが、その言葉を聞いて覚悟を固める事にしたのだった。そもそも、初めにあの執事の皮を被った悪魔から連絡が来た時に断れば良かったのだ。
(変な欲を出すからこうなるんだよぉ……)
ため息を吐いた部下が言った。
「相手が本当にあの"殲滅執事"なら……死を覚悟して戦って死ぬか、全面降伏して好きにして貰うかしかないと思います。軍議には掛けられるでしょうが、そちらはまだ生きる望みがあります」
男は、その言葉を肯定する事も否定する事もしなかった。
只、頷くと言った。
「もてなそう……そうだ、もてなして気持ち良くなって帰って貰おう! ほら、童話にもあるじゃないか。悪魔が降りて来て災厄を振り撒こうとしたが、村人達がもてなすと惜しくなってって話!」
基地のトップであった男は、現場から昇進した正真正銘の叩き上げだった。その為、自分が経験した戦場の内でも、トップクラスに悲惨だった戦場の"トラウマ"も抱えていたのだ。
密かに苦笑した部下だったが、上官の言う事は絶対だった。
「ハッツ、……それで如何様に"もてなし"ましょうか?」
部下の言葉に、顎に手を当て考えると言った。
「そうだな、下手にこちらで用意はしない方が良いだろう。下手にもてなし過ぎて"拘束している"等と思われたら、それこそ事だしな……そうだな、要は便利な小間使いみたいに動けば良い!」
幸いなことに、施設に被害はあっても人的被害は無かった。あの悪魔の言う事を聞けと命令しても、それ程兵士たちの反感を買う事は無いだろう。
(よし、これで大丈夫だ……)
密かに安堵した男は、深くその椅子にもたれ掛かった。
腰を下ろした直後、疲れから来る睡魔が襲ってきたが、自分に対して「もう少しの辛抱だ」と言い聞かせた。落ち着いた所で、早速最初の"おもてなし作戦"を決行したのだった。
「動ける隊員総出でお迎えに上がるぞ!」
男は、それが"やり過ぎ"であるとは欠片も思わなかった。しかし、そんな様子を見ていた部下は、慌てて付いて行く事にした。
――下手をすると、敵意と見られかねない。
部下の心配などつゆ知らない男は、何を思ったか呟いた。
「気に入って貰えれば、酒を酌み交わすなんて事も……ガハハハ!」
◇◆
豪快に笑う男を見ながら、その部下の男は小さくため息を吐いていた。
「これは、もしもの時は体を張る必要がありそうですかね」
集まり出した車両の数は、何処かに戦争しに行くのかとでも言いたくなる規模だった。途中、上司である男が「そうだ、戦車も出迎えの列に加えれば……」などと言い出したので、必死に止めた。
「地域住民の目もありますので」
部下の男が必死に押し留めると、残念そうにしながらも納得してくれた。
「そうか、そうだな。流石に迷惑になるな……うむ、残念だが戦車は見送ろう」
しかし、その後で「それでは我らの戦闘機を以て――」と言い出したので、今度は命を懸ける覚悟で必死に止めた。それこそ、ここは空軍基地なのだ。
戦闘機なんかを出せば、即座に"敵対行為"として相手に判断される事になる。
必死に理由を考えて言った。
「この雲では、満足頂けないかと思いますので、それであれば晴れた日に見て頂きましょう」
すると、その必死さが伝わったのか頷いた。
「そうだな、もてなしか……もてなし……案外難しいものだな」
その様子を見ながら、正直(もう黙って寝ててくれ)と思った。しかし、そうも行かないので、一先ず初心に帰り"要望があれば"というスタンスでいる事を進める事にした。
「閣下、我々は一先ず敵対意識が無い事を示し、要望が無いかそれだけをお聞きする事にしましょう。下手に組み入り過ぎては、後々本部に報告する際にも困りますので」
その言葉に納得したのか、頷いた大佐は言った。
「うむ、そうだな!」