62話 テリトリー
『"バガアァンッ!"』
振動と共に破壊音が鳴り響くと、その直後から風の流れが激しくなった。
(そんなに大きな機体ではなさそうだな)
音が近かった事と振動の激しさ、そして機内の"風"の流れの変化。それ等、ちょっとした事でも影響を大きく受けるこの機体は、それほど大きなものでは無いだろう。
(さて、タイミングが有るかどうかだが……)
周囲の悲鳴と共に、何者かによって体を持ち上げられるのを感じて集中した。
「てめっ、それ以上近づくんじゃねぇ!」
耳元で聞こえるのは、頭と呼ばれていた男の声だ。
それに対して、"侵入者"が何と返すのか――そう思っていると、何処か身震いしたくなるような、腹の底がブルリと来る様な、そんな低い声が聞こえて来た。
「その方を離せ……さもなくば――」
皆迄言う前に男が割り入る。
「まてっ、待て待て、交渉だ交渉! ほら、お前もこの男を傷つけられたくないんだろう?!」
必死に叫ぶ声に少々耳が痛くなるが、その緊迫した状況は肌に感じるほどだ。
「交渉? 交渉の余地など無い。お前がその方を連れ去った、その時点で――」
「わーった、分かった分かった、落ち着けって、なぁ!?」
恐らく、身振り手振りで必死に静止しているのだろう。
ぐらぐらと体が揺らされている。
……そんなこんなで、どのタイミングで声を上げれば良いのか、それすら見失いそうになっていると、新たな登場人物があった。
「ダメです、おじさんを傷つけないで下さい!」
「あっ、おい、出て来るんじゃねぇ!」
聞こえて来たのは子供の声だった。実は少し前から、男達に交じって子供や女性の声が聞こえて来ていたのだが……今出て来たのは、その中の一人だろう。
他の者が未だに隠れていると言うのに、大した度胸の持ち主だ。
「子供でも手加減はしない」
ファスの尖った声色に、子供が息を呑むのが聞こえる。
「クッ、コイツは関係ねぇよ。交渉相手は俺だ。お前が大人しく引くなら、コイツをこのまま返すし、そうでないなら……そうでないなら、コイツには心中して貰う!」
確かに、他に選択肢が無かったのかも知れないが、関係ない俺を巻き込まないでほしい――そんな風に考えていたが、どうやら寝ている間に"関係ない"などと言う状態では無くなっていたらしい。
その証拠に、若干腕を震るわせた男が言った。
「それに、お前なんかこのまま降りたら直ぐ"尋問室"行きだろう? ……いや、あんなに暴れ回ったんだから、下手すると即極刑かも知れないよな!」
(……暴れまわった?)
そう言えば、少し前に"基地を半壊させた化け物"とか何とか言っていたが、もしかしたら……いや、もしかしなくてもそれをやったのは――
「そんなもの、捕まらなければ関係ない事です」
(……うん。うん? いや、いやいや、ダメだろその発想!)
思わずノリ突っ込みした正巳だったが、どうやらいよいよもって自体は緊迫して来たらしい。それ迄感じていなかった、冷たい物が触れる感覚が首元にあった。
「くっ、動いたらコイツの命はない!」
ひんやりと気持ち良いが、見えないからこその感覚だろう。呑気に構えていた正巳だったが、どうやらのんびりと構えている状況では無かったらしい。
冷徹な声と、幼い悲鳴が響いた。
「その前に終わる」
「ダメーー!」
これ以上のタイミングは無かった。
誰も刺激しないように、そろりと両手を上げると口を開いた。緊張の為か口の中が乾いていて、初めの言葉は声にならなかった。しかし、こちらに気が付いたのかファスの動きが停まるのが見えた。
「あー、俺が話しても良いか?」
「なっ、お前なんちゅうタイミングで起きて……動くなよ!」
慌てた男が、掴んでいた腕に力を入れる。しかし、それを見たファスが『貴様っ!』と短く発し、次の瞬間踏み込む姿勢を取るのを見て声を上げた。
「動くな、命令だ!」
「……承知しました」
これでファスが止まらなければどうしようもなかったが……取り敢えずは、正巳の命令は聞いてくれるようで安心した。あとは、ここからどう事を運ぶかだ。
「一先ず話し合いたいんだが、一度着陸できないかな?」
現在、何処とも分からぬ場所を飛行中なのだ。
通常時であればこのまま話し合っても良いのだが、生憎今は"通常時"でも無ければ、このまま話し合えるような状況でもない。
主に、飛行機の"機体"の状態が……。
天井を見上げて言った正巳に、ファスが若干唇を噛むと答えた。
「正巳様の仰る通りに」
そう言うと、近づく訳でも離れる訳でもなく、ただ少しだけ立っている場所をずれた。正しいかは分からないが、何となく先程立っていた場所より、今ずれた場所の方が"良い"位置な気がする。
(気を抜いた訳では無いと言う事かな?)
何となくだが、ファスの位置取りに人攫いの"頭"も反応した気がするが、恐らくこれもファスからの"気を抜いたと言う訳では無い"と言うメッセージなのだろう。
「今更逃げませんので、取り敢えずこの体勢を解いて貰えますか?」
正巳がそう言うと、掴んでいた腕を緩めてくれた。
その様子を伺うに、勿論ファスへの"恐怖"もあるだろうが、男自身が丸っきりの悪人ではないと言う感じがした。ただ、それを確認するのは飽くまでもこれからだ。
「うぁ~凝ったなぁ~」
凝りをほぐしていた正巳だったが、途中で子供が服の裾を掴んで来て苦笑した。
恐らく、直ぐ後ろで警戒している男の代わりに、自分が"捕まえておく"――とでも考えているのだろう。その必死さは可愛くも感じるが、この状況でされても苦笑しか出て来ない。
ファスが何か言いたそうにしていたが、それには首を振っておいた。
「どうしたの?」
突然首を振ったように見えたのだろう。
心配して来る子供に、「大丈夫だよ何でもない」と答えたが、男は気が気で無いみたいだった。子供が近くに来てからは、正巳よりも子供に意識が行っている様子だ。
(つくづく、悪人には思えないんだがなぁ)
何にしても、今するべきは"話し合い"だろう。聞こえて来た話から予想は立てているが、実際の部分と状況を確認する必要がある。
(さて、どうなる事やら……)
その後、一先ずそれぞれ立ち位置が決まった所で、地上に戻る事になった。
「我々の機体が誘導するので、それに従って降りて下さい。それと、改めてですが……一つでも"変な気"を起こさない事をお勧めします」
どうやら、上空を飛んでいるグラハム操縦の機体が"先導"するらしい。ファスは、既に三度目となる念押しを終えると、通信を終えて定位置――正巳の一歩後ろに戻って来た。
そんなファスに、目の前の男が囁いて来る。
「なぁ、あれはお前の手下かなんかなんだろう?」
「いや、手下ではありませんが……?」
正巳は、膝に乗っている子供を支えながら言う。
「なぁ、何でも良いんだが、取り敢えずあの"武器"を仕舞うように言ってくれないか?」
男の言葉に、横目でチラリとそれを見る。それは、ファスの右手に持たれているが、何処か男心をくすぐる形状をしていた。
「流石にそれは無理でしょうね、これでも大分譲歩していると思いますから」
諦めろ、そう言った正巳に男はため息を吐く。
「はぁ~……あんなおっかないもんぶらぶらされてたら、こちとら怖くてかなわんわ」
心底"参った"と言う様子の男に苦笑していると、膝の上の子供が言った。
「あのね、知ってるよ! あれ、ガンソードって言うんでしょ?」
未だに隠れた他のメンバーが出て来ない中、正巳の膝に乗った子供は、中々神経が太いようだった。一応、この子は"人質"として正巳の手の中にいるのだが……何故か正巳に懐きつつある。
「そうなの?」
「そうなんだよ! あのね、おじさんが昔話してくれた中に出て来たんだ~」
何となく気になって話を聞いていたが、やがて着陸態勢に入ったみたいだった。
「――それでね、インシュンおじさんは"にんむ"の時は、いつもその"ガンソード使い"に遭わないようにって、祈ってたんだって~」
子供の話から、目の前の男の名前が"インシュン"と言い、加えて"任務"で紛争地帯にも行くような仕事をしていたと言う事を知った。
(やはり、元から人攫いなんかしていた訳では無かったんだな)
新たに得た情報から、子供が"孤児"であったと言う事と、どうやらファスは相当有名な"戦争屋"もとい傭兵の立場にあったらしい。と言う事が分かった。
何はともあれ、後で――(後で、あの武器を見せて貰おう!)
心の中でそんな事を考えていた正巳は、着陸の衝撃に思わずつんのめりそうになりながら呟いた。
「やっぱり、パイロットの腕で結構変わるんだな」
その呟きはそこでのものでしかなかったが、まさかそれが後々知らない所で影響してくる等とは、欠片も想像していないのであった。
ファスの警戒する中、子供と手をつないだまま降りた正巳は、そこに広がった光景に思わず深く息を吸い込んでいた。
「これはまた、綺麗な場所だな……」
「はい、ここは我々の所有する"保養所"の一つですので」
どうやら、目の前に広がる湖とその一帯はファスの"領域"らしかった。