61話 人攫い
背中に感じるのは、絶え間なく続く振動だ。
先程基地を出発して十数分。車で走って来た先は、道が整備されていないガタ道だった。背中はともかく、尻の下に引かれた厚手のクッション材が無ければ、悲惨な事になっていただろう。
基地の周囲には町があったが、どうやらその外れに向かっているみたいだ。
窓の外を見る。そこには提灯が浮かび、何処か懐かしい感覚を覚える。何が理由なのかと考えてみた正巳だったが、途中で見かけた屋台を思い出して呟いた。
「……そうか、夏祭りだ」
当然、周囲で何かお祭りが行われている訳では無い。ただ、そこを歩く人々や街並みのカラフルな色彩に何となく、昔両親に連れて行ってもらった夏祭りの記憶が蘇ったのだ。
きっとこれ迄、仕事のストレスやその後の慌ただしい日常に忘れていたのだろう。しばらく忘れていた昔の記憶に浸っていると、ファスが口を開いた。
「正巳様、この辺りで車両からは降りたいと思います」
ファスの言葉に頷いた正巳は、車両を路肩に停めるのを見て言った。
「こんな所に停めておいて大丈夫なのか?」
正巳が言ったのは、駐車違反なんかの心配では無い。と言うのも、途中停まっていた車両は丸っきり好き勝手停まっていたのだ。
他の車両を放置してまで、わざわざ軍用車を取り締まるような事は無いだろう。
「はい、この地域の住民は富んではいませんが、同時に大きな危険を冒すほど餓えてもいません」
言われてみると確かに、ここに来るまで見た人々には、笑顔が多かった気がする。餓えていては、そんな余裕は無いだろう。頷きながら、もう一つ気になった事を聞いた。
「以前にも来た事が?」
「ええ、フォンファに会いに来た事が」
ファスの言葉になるほどと納得した。道理で、何も見ず迷いなく来たはずだ。その後、車両から降りた正巳は、アタッシュケースを手にしたファスに聞いた。
「それで、目的の"妹"は何処に居るんだ?」
「あちらの建物に……」
そう言ってファスが指したのは、町の中でもひと際異質な建物だった。
「やはりそうか……」
何となく、その建物が見えた時点で予感があった。
周囲に木製の家が建ち並ぶ中、その建物は唯一コンクリート製の四角い形をしていた。特に塗装されている訳では無いが、それも何だか不気味な雰囲気を助長している。
「話では、妹のアイディアをフォンファが形にしたらしいです」
近づいてみると、敷地いっぱいにコンクリートが打たれているのが見える。周囲と合わせると浮いているが、こうして見ると、モダンな家に見えなくもない。
「来客かな?」
家の前に車両が停められているのを見てそう呟いたが、ファスの反応は早かった。
「ここでお待ちください」
言われるまま足を止めた正巳は、車両に近づいて行ったファスが、車両の中を伺った後で明らかに"ほっとした"のを見て(何に警戒したのかな?)と少し不思議に思った。
「大丈夫か?」
「ええ、残らず中に入ったようですので」
ファスの言っている事はよく分からなかったが、問題無いと聞いて安心した。
「それで、今日は会えないのか?」
何となく、このまま会えても良さそうな感じがする。不思議に思った正巳だったが、それに対する答えは分かり易くも少し頭が痛くなる内容だった。
「はい。ユンファは、フォンファから"昼に来た人以外は入れないように"と、言われている筈ですので。それに、たまにカメラで見て"招く"事も有るようですが……仮に招かれたとしても、その大半が碌な目に合わないんです」
詳しく話を聞きたくなったが、ここで話していても仕方がないだろう。
一度拠点へと戻る事にした。
「なるほどな、それじゃあ明日出直そう」
「そう致しましょう」
その後車両まで戻った正巳は、少し離れてまじまじと観察する子供達に頬が緩んだ。やはり、国が違えど見慣れないメカは、子供の心を掴むらしい。
脅かさないようにその様子を見守っていた正巳は、じきに迎えに来た親達に頭を下げられながら、子供達が帰って行くのを見送った。
◇◆
基地内に戻って来ていた正巳は、その中に建つ簡易住居にいた。ジョンやリーナ、グラハムと共に既に食事を終え、今はインスタントのコーヒータイムだ。
二杯目を注いでくれたファスに礼を言いながら、聞いた。
「それで、碌な目に合わないって言うのはどういう事なんだ?」
ずっと気になっていた。
正巳の質問に、少し考える仕草をするもファスが答えた。
「飽くまでも、"ルール"を守らなかった時の内容にはなりますが――」
ある程度予測はしていたが、やはりと言うかなんと言うかルールと言うものがあるらしい。それは恐らく、チラッと話していた"昼以外は対応しない"――つまり、"訪問する時は日中に行く"とか、そういう内容の話だろう。
その後ファスが話す内容を聞いて、苦笑とも言えないかすれ笑いをする事になった。
「ハハハ……って事は、あそこで入れたとしても高確率で下水行き。運が良くても泥まみれ――そういう事か。断るなら一言で済むだろうに、何でそこまでする必要が……」
ファスの実体験を元にした話では、建物の中に無数の小部屋があるらしい。
その其々の小部屋には謎があり、"答え"を見つける事で次の部屋と進める。そうして、次々に部屋から部屋へと進んで行き……最終的にゴールがあるのかと思えば、そういう訳でも無いらしい。
どうやら、初めの段階で"拒否"されれば、何処まで進んでも結果は同じと言う事だった。
(おもちゃ箱みたいだな……)
そのびっくり鬼畜箱的な内容に苦笑しかなかったが、そうなった理由を聞いて理解した。どうやら、フォンファに聞いていた"妹は凄い"と言う話は、本当だったらしい。
「こんな家を建てたのは、妹の事を狙った襲撃が絶えなかったからと言う事です。当然フォンファ自身も不世出の天才ですが、妹の頭脳は次元が違いますので……」
「つまり、妹が連れ去られないように家で守っている訳か」
頷いたファスは、再び少し考えると言った。
「正巳様、先程停まっていた車ですが……」
「ああ、停まっていたな」
フォンファの妹が住んでいるという家の前に、停まっていた車を思い出す。頭の中に、その光景が浮かんだところで、ファスの言った言葉に驚いた。
「あの車の持ち主は、恐らく"人攫い"かと思われます」
人攫い――つまり、狙った人を誘拐して売り買いする人の事だ。
「まじか……?」
一瞬冗談かとも思ったが、ファスの真面目な表情に本当の話なのだと悟った。どうやら、簡単なお使いだと思っていたのが実際には、そんな簡単な話では無かったらしい。
「それで、人攫い云々も気になるが、実際にフォンファ妹を連れ出すのはどうするんだ?」
そう、人攫いがいるなら居るで仕方がない。
それに、ファスの話を聞くにしばらくは問題ないだろう。今頃は、何処かに"排出"されているだろうし、かと言って建物を破壊して連れ出すような"強硬手段"にも、直ぐには出ないだろうから。
正巳の言葉を聞いたファスは、微笑むと言った。
「大丈夫です。私の顔を覚えていれば、先ず下水行きになる事は無いと思います。それに、今回は"フォンファが認めた"正巳様もいらっしゃいますので」
その言葉に(おいおい、不安だなぁ)と思ったが、どうやらファスにとってそれは、疑問の持ちようがない"絶対"らしかった。
「それで、連れ出したとしてその後はどうするんだ?」
問題なのはココだ。もし中々連れ出せないターゲットが外に居たら、一体人攫いはどうするか。その答えは、考えるまでも無いだろう。じっと見つめた正巳にファスが答えた。
「そのまま基地内に連れて来ます。基地内では戦闘行為が禁止されているので……」
どうやら、この基地内は"安全地帯"らしい。
一先ず知っておくべき事を知ったと判断した正巳は、火照り始めた頭を冷やす為に、外の風に当たる事にした。
「少し風に当たって来る」
「承知しました。あまり遠くには行かれませんよう」
頷いた正巳は外に出ると、深く息を吸った。
若干風が涼しく感じるが、ひんやりして気持ちが良い。
周囲を見回すと、照明に照らされた住居(コンテナが改装されているモノが多かった)が、非日常を演出して見える。
「……少し歩くか」
その風景を楽しむように歩いていると、ふと車の走ってくる音がした。思わず物陰に隠れた正巳だったが、そうしている間に停車した車両から数人降りて来た。
「あの車は……」
それは見覚えのある車だった。
そのまま様子を伺っていた正巳だったが、不意に寒気がした。
寒気を感じた後で、何となく後ろを振り返った。
「ん?」
一瞬そこに気配を感じたが、振り返ったそこには誰もいなかった。
気のせいかと胸をなでおろした正巳だったが、次の瞬間衝撃と共に視界が途切れるのを感じた。
◇◆
正巳の意識が途切れてから、数十分後。
「おい、何でこんな奴連れて来たんだよ!」
「しかたねぇだろ、俺らの事見てやがったんだ!」
「テメェ、そのせいで俺達がどんな目に遭ってると――」
激しく言い合う中、それ迄黙っていた男が口を開いた。
「うるせぇぞ! ……なぁに、コイツが木っ端でない事が分かったんだ。あの"化け物"も、コイツを無事に返せば大人しく……いや、そうかいっその事――」
何やら考え始めた男に、騒いでいた内の一人が言った。
「頭ぁ! あいつ、飛び移って来やがりました!」
その言葉に、それ迄考え込んでいた男は一瞬で顔を引き締めた。
「よし、交渉だ!」
男が叫ぶも、他の者達は微妙な反応だった。
「いやいやお頭、こんな上空で飛び移って来るほど"狂って"て、一人で軍の基地を半壊されちまう男なんかと、話し合えるんですかい?!」
半ばパニック状態で叫ぶ男に、かしらと呼ばれた男は頷いた。
「出来なけりゃ、俺ら全員死ぬだけだ……なに、俺だってアイツを助けるまでは死ぬわけには行かねえんだ。意地でも生き残ってやるさ」
男はそう言うと、シートに寝かせられた男に対して、恨めし気に目をやった。
◇◆
(……どうしてこうなった)
浮遊感を覚えた辺りから意識が戻っていた正巳は、状況を整理するまで混乱の中にあった。しかし、状況が整理されてくれば来るほど、その考えは現実逃避へと向かっていたのだった。
(取り敢えず、もう少し状況を見るか……)
再び寝たふりに戻った正巳は、しばらく聞いている中で比較的幼い者や、女性の声も混じっているのを知って驚いた。その話を整理している内に、段々と見えていなかった事が見えて来た。
(なるほどな、事情がある訳か……)
やがて聞こえて来た悲鳴と怒号に、ある一つの考えが浮かんでいた。
誤字脱字のご指摘ありがとうございます! 心の底から感謝します!
今回は少し長めになりましたが、楽しんで頂けると嬉しいです(๑˃̵ᴗ˂̵)و