60話 空軍基地
移動中の機内は快適だった。
一定に保たれた気温に冷えたドリンク。
柔らかいクッションに、倒すとフラットになる座席。
それ等だけでも十分だったが、ちょっとしたおつまみをファスが作って来てくれて、さながらちょっとしたバーにでもいるかのような気分だった。
一人でつまんでいても微妙だったので、ファスの作ってくれたつまみを持って、後方に待機していたリーナとジョンの元へと遊びに行った。
二人は、其々トレーニングとストレッチをしていた。
正巳が来たのを見ると驚いてはいたが、一緒に摘ままないかと誘うと、ファスに確認をしてから喜んで参加してくれた。その後は、ファスも交えて四人で話しながら酒とつまみを楽しんだ。
話をしていた正巳達だったが、機内放送でグラハムから「後二十分で到着する」と連絡があった。着陸の準備にシートに座った正巳だったが、ふと気になった事があった。
「……ところで、フォンファの家は空港から近いのか?」
もし距離がある場合、車での移動になるだろう。そうなれば、整備士と操縦士であるリーナ達は置いて行く事になる。そう考えたのだが――
「遠くはありませんが、そうですね……少なくとも向こうでは"車両"で移動する事になっています」
どうやら、車で移動する必要がある何らかの理由があるらしい。
「そうか、それでジョン達はどうするんだ?」
正巳の言葉にファスが答える。
「基本的には、何時でも出られるように残って貰います」
「基本的には?」
含みがある言い方に疑問を覚える。
「ええ、リーナにはある理由があって付いて来てもらいますが……大丈夫です。危険だったり、変な理由ではありません。ただ、フォンファの設計したシステムが少々厄介でして」
そう言ったファスは、ため息を吐くと続ける。
「家に入る際は、必ず女性が一人以上いる事が必須なんです。そうでないと、防犯システムが作動してそれは酷い目に遭いますので」
苦笑するところを見るに、もしかするとファス自身も経験済みなのかも知れない。
「そんな事になってるのか……」
それなら仕方ないなと思いながらも、興味がわいて来た。
「結構ひどい目に合うのか?」
正巳が聞くと、目を伏せたファスは呟いた。
「酷いと言うか、"つらい"ですね……」
怖いもの見たさで聞こうとした正巳だったが、着陸のアラームを聞いて続きは後にする事にした。
座った直後、後ろから聞こえて来た「"ファ姉妹"の狂気と狂喜の家として有名ですから」という呟きが気になったが、それに反応する前に下降が始まった。
◇◆
――無事着陸を終えた正巳達は、ファスの案内で機体から降りていた。
「ここは、軍事施設みたいだが?」
何処を見回しても、迷彩服に身を包んだ人々がいる。
「はい、地方にある空軍所有の空港です。空軍所有ですが、許可さえ下りれば一般機も離着陸できるんです。その証拠に、あちらにも……」
そう言ってファスが指した方を見ると、そこにも確かに一般機らしき機体が停まっていた。
小型機であると言う、乗って来た機体よりさらに小さいのを見ると、あれこそセスナ機(小型軽飛行機)と呼ばれる超小型機に分類するものなのだろう。
「あれで良かった気がするけどな……」
何となくそう呟いたが、後ろから歩いて来たリーナが言う。
「あっちは、小さすぎて燃料が足らなくなるのさ。それに、かなり揺れるから酔うしね!」
なるほどと思った正巳だったが、リーナの後ろに居た男に驚いた。
「そちらの方は?」
リーナの後ろに居たのは、迷彩服に身を包んだ大柄の男だった。熟練した兵士と言う雰囲気があるが、短い髪に白髪が混じっているのを見るに、相応の年齢なのだろう。
「こちらは、ここの基地のトップのリーさん」
トップと言うとかなりの立場の人だろう。
「……よろしく」
何か気の利いた事を言おうとしたが、結局出て来たのは不愛想とも取れる単語のみだった。それでも、正巳の言葉を通訳してくれたリーナは、そこら辺を上手く伝えてくれたらしい。
リーナの通訳を聞いたリーさんは、機嫌が良くなったみたいだった。
言葉を返して来るリーさんに、意味が分からないまま頷いていると、後ろに控えていたファスが訳してくれる。
「正巳様、"ようこそおいで下さいました。我々は表立って何か協力する事は出来ませんが、この基地内では客人としておもてなし致します"――と言っています」
ファスの言葉に頷くと、当たり障りなく「ご厚意に感謝します」とだけ答えた。それに対して、どうやら"感謝"と言う言葉は聞き取れたらしく、笑顔で握手を交わしてくれた。
軍の施設を使用できる事に驚いていた正巳だったが、"厚意"で貸してくれたと言う車両を見て、更に驚いた。その車両は、以前車屋"ジンギスカン"で見た水陸両用車だった。
「これに乗れるのか!」
実は、以前水陸両用車を見てからずっと乗ってみたいと思っていた。それが、車屋に行ってもその車は無く、"回収された"と聞いて残念に思っていたのだ。
その後、しばらく車の周りを回って観察していた正巳だったが、その間ファスとリーナ達は何やら真剣な表情で話し合っていた。
いつの間にか、グラハムとジョンも来ていたらしい。邪魔をしないようにしていた正巳だったが、話を終えたファスが近づいて来た。
「直ぐに出ますか?」
「そうしたい!」
元気よく答えた正巳は、ファスが開けてくれたドアから気分上々で乗り込んだ。
見ると、ジョンがファスへと何かアタッシュケースの様なモノを渡しているが、必要なものなのだろう。それほど気にせず、こちらを見て軽く会釈したジョンには手を振っておいた。
「それでは出発します」
後部席にアタッシュケースを積み、運転席に戻って来たのを見て不思議に思う。
「あれ? リーナは良いのか?」
先程、フォンファの家に入る為には"女性が必須"と言っていた気がするが……。質問した正巳に、苦笑したファスが答えた。
「ええ、恐らく今日はもう"入れません"ので、近くまで下見に行こうかなと思いまして」
どうやら、何らかの理由で今日はもう無理らしい。
何が理由なのかは分からないが、ファスが言うならそうなのだろう。
頷いた正巳に出発した車両は、リーナ達の横を通り過ぎると基地内を走り始めた。
その後まもなく基地の出口まで辿り着いたが……何となく、途中で通り過ぎたセスナの薄い水色にピンクのラインの入った機体が、目に付いて離れなかった。
「どんな人が乗ってるんだろうな……」
そこから連想するのは、若い女性か芸術家肌の男だったが、まさかその持ち主と絡む事になるなどとは、夢にも思っていなかった。
◇◆
正巳の呟きを聞いていたファスは、心の中でその"持ち主"に出会わない事を祈っていた。
(報告ではアイツが来ていると言う話でしたが、必要であれば……)
ファスが報告を受けたのは、一部の業界では世界的によく名の知れた男だった。その男の"仕事"を考えるに、フォンファ不在を狙って来たと思うのが妥当だろう。
(昔はあんな奴では無かったと思うんですけどね……)
記憶の中では、金の為に動くような奴では無かったのだが、最近の噂と請け負ったと言う"仕事"を考えるに、お金で動いている様にしか思えなかった。
(何はともかく、正巳様の安全は"絶対確保"ですからね)
安全を考えるのであれば、本来は黙って基地の中に居て貰った方が良い。
しかし、フォンファの"条件"は正巳が連れてくる事。そして、そもそも自分の主に窮屈な思いをさせると言うのは、ファスの中ではあり得ない選択だった。
(序列第一位としての"腕"の見せどころですね)
誰がどんな理由で動いているとしても、するべき事は変わらない。ゲートが上がるのを見ながら思考の整理をすると、上がり切ったゲートにアクセルを踏んだのであった。
セスナ機と言うのは、セスナ社の作る小型軽飛行機の事ですが、広く一般的に使用されている事を考え、作品内では"セスナ"と呼ばせて頂く事にします。ご了承ください。
 




