53話 依頼の裏の秘密
必要なシステムについて、話して説明していた正巳だったが……
わが家が見えて来た処で、フォンファが口を開いた。
「なるほどね、つまり――Auto Classicalという事だね!」
フォンファの言っている意味は良く分からないが、話した事をよく反芻してくれたのであればそれで良いだろう。若干心配そうに気にしているファスに、視線で大丈夫だと返しながら言った。
「それで、システムを導入したら、どれくらい負担を減らせそうですか?」
正巳の質問に、笑みを浮かべたフォンファが答える。
「それは予算次第だね! あと、出来れば見取り図とか用意して欲しいかな。状況によっては、専属で設計士雇わないといけないだろうし……僕はシステム寄りのエンジニアだけど、ハードを弄れる工学設計士も必要になるかもね」
フォンファの言葉に、なるほどと思った。
現在、設計士はヒノキが居る。しかし、今回システム設計をしても、そのシステムを乗せる為のハード部分を設計できる人がいなくては進まないだろう。
ヒノキは建築家であって、エンジニアではないのだ。
「なるほど、予算に関しては今の処問題ないはず――」
言いながら、ファスへと視線を送ると補足してくれた。
「今の時点で、自由に動かせる金額はまだ当初の四分の一程ありますので」
「えっ、そんなに使ったか……って、そりゃそうか」
四分の一と言うと、約二百億円超と言った処だろう。
最近、売り上げも好調でそれなりに実入りもあったはずだが……やはり大きな買い物が続いたせいか、相当に出費がかさんでいたらしい。
大丈夫なのかと、心配そうに見て来るフォンファに言う。
「お願いしてる建築士がいるので、図面とかその辺りは、直接やり取りして貰えればと思うんですけど……あ、予算は気にしないで大丈夫ですよ。ただ、ハードを設計できるエンジニアかぁ……」
正巳の言葉に、首を傾げながら聞いていたフォンファだったが、正巳の顔を見た後でファスへと視線をやって、何やら納得したらしい。呟いている。
「そっか、コイツが専属で付くぐらいだもんね、そりゃあ普通じゃあないよね」
呟いたフォンファに、ハンドルを離したファスが言う。
「フォンファ、コイツじゃなくてファスです。……正巳様、一応こんなでも優秀でして、加えてこのフォンファには妹がいるのですが――」
車のエンジンを切りながら言うファスだったが、それをフォンファが遮った。
「ダメだよ! あの子を、良く知りもしない男の所になんか寄こせないよ!」
興奮しているフォンファに、ファスが言う。
「君は過保護過ぎるのですよ、あの子だって前回楽しそうに仕事していたじゃないですか。それなのに、早速引きこもらせて……あの子は貴方の"お人形"じゃないんですよ?」
叱る訳でもなく、何処か諭すように言うファスに、フォンファは顔を背けている。
いまいち状況が掴めない正巳だったが、ファスの説明に納得した。
「彼女の妹も、優秀なハード専門のエンジニアなんです。ただ、体が弱かった事もあり、幼い頃から彼女によって温室育ちになっていまして……」
その後、ファスから少し話を聞いた。
どうやら、ファス自身もフォンファ妹とは直接会った事は無いらしく、そもそも、妹の存在とその実力について知ったのも、ある時フォンファの納品データに紛れていた"設計図"が切っ掛けらしかった。
「――と言う事で、その設計図がハード面の完成図であった事と、それがフォンファには出来ないはずの"設計"だった事が切っ掛けで、発覚したんです」
何となく、どうしてそんなデータが重要な"納品データ"に紛れ込んだのかが気になったが、もしかしたらフォンファの妹自身がデータを加えたのかも知れない。そうだとしたら……
ファスの言葉を聞いて事の成り行きは分かったが、どうやらフォンファは不満らしかった。
「何が、"発覚"だよ! まったく、君が『外部に情報を漏らしたのか? 事と場合によっては穏便には済まないぞ』――って、脅して来たんじゃなにゃいかーー!」
語尾がおかしくなったフォンファに、ファスが答える。
「当然です。それに、たとえ身内であっても、情報を漏らすのは契約違反だったんですからね。私の取り持ちが無ければ、今頃あなたに自由は無かったんですよ?」
ピシャリと言ったファスに、フォンファは何かモゴモゴとしていたが、最終的には小さく呟く事しか出来ていなかった。
「……まったく、だから今回はその貸しに応えようとしたんじゃないか……、本当は、家に妹だけ置いて来るのなんて嫌なのに……」
呟きながら、にゃん太に顔をうずめている。
「にゃぁぁぁぁ……」
必死に手を伸ばして助けを求めて来るにゃん太に苦笑しながら、一旦空気を変えるためにも場所を変える提案をした。
「あの、家に着いた事ですし中に入りませんか?」
「むむぅ……」
「大丈夫ですよ、別に妹さんが加わる事は強制しませんから。それに、家の中にはスイーツもありますし――」
正巳の言葉に反応してだろうか、何処からともなくお腹の鳴る音が聞こえた。
「炒飯とお肉たべたい……」
にゃん太から少し顔を離して、チラリと視線を向けて来るフォンファに言った。
「色々ありますよ。冷凍ですが美味しいですし……ただ、全部賞味期限の近いお店の売れ残りですけどね。それで良ければ直ぐにでも作れますけど――」
「それで良い!」
顔を上げて言ったフォンファに、欲求に正直だなぁと笑いそうになった。
「分かりました、それじゃあ中に案内しますね」
早速、車から出て家の鍵に手を向けた正巳だったが、それを目で追っていたフォンファは言った。
「……なるほど、お前が"信用できる"と言った理由が、少し分かったよ。ただ、本当に妹を近づけても大丈夫なのかは、もう少し時間をかけて判断させてもらうよ。あの子を悪用されたら、それこそ世界を壊されかねないからね」
雰囲気をがらりと変えたフォンファに、ファスは短く答えた。
「見て知って判断すれば良い」
フォンファの妹ユンファは、有史以来でも五本の指に入るほどの天才だった。それこそ、その頭脳を良い方向に使えば人類の生活を豊かにし、悪用すれば世界を滅ぼしかねない程に……。
それ故、自分が前に出てひたすら妹を守って来たのがフォンファだったが、その数少ない協力者である傭兵執事ファーストの言葉を信じてみる事にした。
その後、中々車から出て来ない二人にどうしたのかと思ったが、直ぐに出て来たので特に聞かなかった。見ると、ファスが心なしか嬉しそうな顔をしていたので、言った。
「何か良い事でもあった?」
「そうかも知れません」
ファスの言葉に、フォンファがその顔を覗き込んで言った。
「えっ、特に表情変わって見えないけどなぁ……」
「そんな事ないですよ、ほら、今度は難しい顔になってる」
正巳とフォンファは、しばらくファスの"表情"で盛り上がったのだった。