50話 寂しがり屋
製薬会社との交渉へ出かけてから、一週間経たぬ内に帰還した正巳達だったが、想定以上の成果を持って帰っていた。
その成果と言うのは、交渉相手であった"ラシュナー製薬会社"の買収と、そのオーナーにして新薬研究者"ドーソン博士"その人の雇用であった。
実際は、"スカウトした"と言うより"押し掛けられた"と言った方が正確な気がするが……まぁ、優秀な事には違いないので良いとしておこう。
因みに、買収した製薬会社に関してだが、研究所と製薬工場を日本に移設する事が決まっていた。今まで使用していた工場や事務所に関しては、そのまま支社として残しておく事になる。
現時点での用途は無いが、何か必要が出て来たら使えだろう。
その他、博士と話をする中で決めた事が幾つかあったが、その中の一つに、研究に使用する精密機器に関する事があった。研究に使用する機械の中には、一機で数億円する機械もあるのだ。
これが、そもそも研究機器を持っていないのであれば話は簡単だった。しかし、どうやらそれら高額な危機に関して、最近揃えたばかりだったらしい。
流石に、数億単位での無駄遣いをする訳にも行かないだろう。
それ等、超高額な精密機械に関しては、一度分解して郵送する事にした。どうやら、分解して組み立てるにも数百万単位で費用が掛かるようだったが、それでも買うよりは遥かに安上がりだった。
そんなこんなで、駆け足で様々な事が決まって行った。
"決まった"とは言え、肝心の研究所や製薬設備が整うまでは、約三か月ほど掛かると言う話だったので、それ迄の間は仮の研究所として空き部屋の一室を使用して貰う事になった。
博士は、「基礎研究の時間が取れて丁度良かったわ」と言っていた。正巳が困ったのは、その"基礎研究"の場所として、正巳の実家の地下室を希望して来た事だった。
初め断っていた正巳だったが、最終的には博士の熱量に負けた。
仮の研究所として、正巳の家の地下を選んだ博士に「手を加えて良いかしら」と言われたので、家の外観を変えなければ構わないと答えた。
許可を得た博士は、早速今日にでも建築家のヒノキと、設計の打合せをするらしい。
「それで、打合せ相手は今日着くんだよな?」
膝の上に、にゃん太を乗せて聞く正巳にファスが答える。
「はい。昨日出発したと連絡がありましたので、今日中に着くかと」
「そうか……あいつ等の為にも、機械化を早めたいからな」
ヒトミは朝家を出る際、まるで最後の別れの様ににゃん太を置いて出て行った。
何でもないただ店番だっただけであったが、どうやらやたらと人懐っこくなったにゃん太と離れるのが余程辛かったらしい。
「まったく、ヒトミと言いにゃん太と言い、寂しがり過ぎだろ」
機械化して寂しい時間が減るなら、それだけでコンビニへ課金する価値がある。最も、にゃん太はまだしもヒトミには、もう少し大人になってほしい気もするが……。
ため息を吐いた正巳だったが、喉を鳴らし始めたにゃん太に苦笑した。にゃん太がここまで人懐っこくなったのはどうやら、置いて出かけたのが影響したらしかった。
家に帰るや飛び付いて来たにゃん太は、余程寂しい思いをしていたのだろう。何となく、"ネコ"と言うよりも"イヌ"かのような反応だったが、可愛い事に違いはないのでどちらでも良いだろう。
にゃん太のもふっとした顎の下を撫でていた正巳は、ふと思い出して聞いた。
「そう言えば、お爺さんは良くなったって?」
先日帰国して、真っ先にお爺さんへと薬を届けていた。
このお爺さんは、正巳に土地を売ってくれた元大地主だったが、届けたその日ドーソン博士が使用方法を説明するも、「後で飲む」とその場では直ぐに飲まなかったのだ。
直接お爺さんと会った正巳は、以前と比べやせ細った姿に驚いた。その後、「飲んだ」と連絡があったので、安心していたが……
「効果が出るまで、約一か月~二か月ほど掛かると言う話ですので、まだもう少し掛かるかと」
「そうか……」
ファスの答えに頷いた正巳は、少しばかり遠くを見るようにして言った。
「桜が大きくなったら、そこで皆で"花見"ができると良いな」
実は、広く買い取った土地の中には、一部街路樹を植えた場所があった。
これは、広く長い道路があるにも拘らず、寂しい気がして思いついた事だった。その中でも、広場のある場所には綺麗に映えるように、桜の木を植えていた。
正巳の言葉に頷いたファスも答える。
「そうですね。まだ幼い桜の樹ですが、あと三年も経てば立派に育つと思います。その際は、"まんじゅう"を持って行かなくてはいけませんね」
明るく返して来るファスに、それ迄頭の中を回っていた言葉を振り払うようにして言った。
「そうだな、治療薬も入れたんだ。きっと、回復するよな?」
「ええ、回復するに違いないです」
その後、無言でにゃん太を撫でていた正巳だったが、いつまでもこうしている訳にも行かない。打合せ相手が到着までは、まだ少し時間があると言う事だったので、気分転換と併せて散歩してくる事にした。
「よし、それじゃあ少し歩いて来るかな」
「お供致しましょうか?」
普段は、こんな事聞かずそれこそ何処にでもついて来るのだが……。
どうやら、余計な心配をさせてしまったらしい。
「遠くには行かないし、大丈夫だよ」
「……何かあれば、ご連絡ください」
恐らく、"一人になりたい"と言う思いをくみ取ってくれたのだろう。非常時に位置情報を送信する、腕輪型端末を差し出して来た。
それを受け取った正巳は、腕にしっかりと装着すると玄関へと向かった。
立ち上がった正巳だったが、それ迄膝の上にいたにゃん太もその後ろについて歩いていた。結局、玄関まで来ても尚ついて来るにゃん太に、待っている様にと持ち上げると鳴いた。
「にゃあ~」
手足をパタパタと動かして、抗議するにゃん太に言う。
「お前も来たいのか?」
当然、言葉が通じている訳などない。
「にゃぁあ~」
それでも、必死に鳴くにゃん太に頬が緩むのを感じた。
「まったく、仕方ないやつだな」
結局根負けした正巳は、ファスに言って"ネコ用リード"を持って来てもらった。これは、色々と移り気で迷子になり易い猫が、その心配なく外で散歩出来る為の物だった。
最もにゃん太に関して言えば、まるっきりイヌかの様な正確な為、必要ない気もしたが……まぁ、問題が起こらない為の対策なので、きちんと付ける。
静かにリードを付けられていたにゃん太は、付け終わると、トコトコと歩いて行き鳴いた。
「にゃぁ!」
その様子は、まるで散歩が楽しみな子犬のようだった。
「はは、そうだな行こうか」
玄関のドアをカリカリとかき始めた様子に微笑むと、扉を開いた。
扉を開くと、まだ若干夏の気配が残る風が吹いて来た。
「……来週には気温も下がりそうだな」
どうやら、新しい季節が始まろうとしているらしかった。
うむ、凄く時間がかかったなぁ書き上がて良かったなぁ……。