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『コンビニ無双』─コンビニの重課金者になって無双する─  作者: 時雲仁
第二章 仲間が増えるかも知れませんね
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49話 交渉 [後半]

 ファスが出て言って十分ほどだろうか、物陰で隠れていた正巳達へと近づいて来る足音があった。


「ファス、終わったか?」


 確信があった訳では無いが、もしこれでそこにいるのがファスでなければ、何方にせよ終わりだ。若干緊張して言った言葉だったが、それに答えたのはいつもの声だった。


「ええ、問題無く」


 そこに現れたファスは、つい少し前までと何ら変わらないファスだった。


 ――ただ一点を除いて。


「ファス、靴に()が付いてるぞ?」


 正巳がそう言って、ファスの革靴にかかっていた液体の事を指差すと、胸元からハンカチを取り出したファスがその靴先を拭った。


「おっと、これは失礼を……」


 一瞬だが、そのハンカチが赤く染まった気がしたが、それ以上は自分の領分では無いと判断した。


 未だに、若干の放心状態にあるドーソン博士を立たせると、一同で建物の中へと入った。どうやら、建物に入る時は顔認証そのシステムが作動するらしく、不届き者は流石に建物の中には入っていなかったらしい。


「よし、それじゃあ一先ず警察を待つ間、車両から必要なモノを持ってくるか……」


 そう言った正巳にファスが止めに入るが、正巳としては流石に全てを知らないままで終わらせるには、都合が良過ぎると退けた。


「それは私が――」

「いや、力仕事は俺もやるさ」


「それなら私も――」

「いや、ミヤはヒトミに着いていてくれ。それより……」


 ミヤにヒトミの側にいるように言うと、言いたい事はあるようだったが頷いた。その様子を確認しながら、取り敢えず警察が来る前に、するべき事を済ませる事にした。


「ドーソン博士も来て下さい。……力仕事ですから」


 ――博士には、襲撃者の顔を確認して貰わなくてはならない。仮に、知っている者が多ければ、それはこの製薬会社全体に賊が潜んでいる事になる。


 正巳の言葉に、ハッとした様子を見せた博士が頷いた。


「ええ、分かったわ……」


 ――その後、車両内に戻った正巳は、そこに広がる男達の死体を見て眉をしかめた。ただ、気分が悪くなったのは初めだけで、段々と慣れたが……


 男達は、その殆どが覆面を付けていた。そして、死因は体のどこかにある損傷だったが、どれもこれも身近な何か――例えば、ボールペンなど――で急所を突かれたモノだった。


 殆ど血しぶきが散った様子はなかったが、車両の外の二人の死体だけはそうでは無かった。


 その二人は、其々の携行していた銃器によって絶命したらしかった。ファスがどういう動きをしたのかは分からなかったが、普通ではない事は確かだった。


「どうですか?」

「この人も、知らないわ……」


 博士に確認して貰った処、博士が知っていたのは僅か二人のみで、他の襲撃者に関しては見覚えが無いらしかった。嘘を言っても益が無いのは博士も同じはずだったので、信じる事にした。


「それじゃあ、取り敢えずはこの荷物だけ持ってくれますか」

「えっ、他の荷物は……?」


 博士に、着替えの入った小さなトランクを渡すと、不思議そうにしたので言った。


「さっき、ファスが連絡を入れていましたからね、直ぐに回収班が来るでしょう」


 正巳の言葉に、博士が良く分からないと言う顔をするが、すかさずファスが補足する。


「ええ、ですのでここはもう大丈夫です。それに、襲撃犯たちの顔写真を転送しておいたので、犯罪歴や手配書が出回っていないか等も直ぐに分かるかと思います」


 先程から、端末で犯人たちの顔を撮っているとは思ったが、どうやらそう言う事だったらしい。


「そういう事なので、安心して下さい」


 正巳が言うと、ファスが頷く。


「そうです。それに、もし正巳様が株を買って所有者となったら、それ以降はこちらで派遣した警備が付く事になりますからね。そう言った意味でも安心ですよ?」


 正巳には、ファスの言っている事が若干分からなかったが、博士はすぐさま理解したらしい。


 ファスが言い終えるや否や、正巳にすがって来た。


「お願いなのだけど、株を買ってくれないかしら」

「しかしだな……」


 流石に急過ぎだし、ファスのやり方も乱暴な気がする。それこそ、ひと月ぐらいは考えてからの方が良いと思うのだが――


「お願いよ、そう、今決めて貰わないと私はもう売らないわ!」

「いや、それは……」


 いつの間にか、迫られる側となっている事に疑問を浮かべていた正巳だったが――


「それじゃあ、いいわ、わたしもついて行くわ!」


 痺れを切らした博士が、とんでもない事を言い出したので落ち着かせようとしたが、どうやら心を変えるつもりはないらしかった。


「そうよ、そうすれば危険が無いじゃない!」

「いやいや、それは警備を付けるって……」


「それじゃあ、私が危険な目に遭っても構わないの? もう貴方の物なのに!」

「……いや、そんな事になった記憶がないんだが」


 頭痛がして来て頭に手をやるも、博士がファスに言う。


「あなた、さっさとうちの株を買ってちょうだい!」

「いやいや、何言ってるんだ? ――いや、ファスも端末出すな」


 徐に、先程使用した端末を持ち出したのを見て止める。しかし――


「貴方の内で、誰か薬を売る免許のある人はいるのかしら?」

「どういう事だ?」


「私の作った薬の使用方法は、まだ教えていなかったわよね?」

「……いや、それは無しだろ」


「それじゃあ――」


 その後、地元の警察及びファスの呼び出した担当員が到着するまで、正巳と博士との問答は続いていた。しかし、結局のところ――


「え、薬を作る人なんですか? それじゃあ、これからは風邪を引いても心配ないですね!」


 持ち直したヒトミの一言で、全てが決まってしまった。


「ったく、それで幾らぐらいかかるんだ?」

「はい、それが……日本円にして、約480億円近くになるかと思われます。これでも、博士の持つ新薬の権利関係を除外した、会社保有の権利なので……」


 どうやら、過去一番の出費らしかった。


「そう言えば、以前確認した時近い額を出していたような? もしや、最初からこうなると――」


 疑問を浮かべた正巳だったが、まさかそんな筈はないと思う事にした。


「いや、流石にそれは無いよな……それより、株や権利関係含めてどれぐらいの割合を買ったんだ? それこそ今回の件で、元の資産からしても半分くらいが消えたぞ?」


 正巳がそう言ってファスに聞くと、若干目を逸らしながら答えた。


「博士の要望の元、クリフォード・ラシュナー製薬会社、その会社権利の全てを買い上げました」


 余りの事に思考が追い付かなかったが、そこに畳みかけるようにしてファスが言う。


「安心して下さい。将来的な収益率を考えると、投資額の二十倍以上の回収が見込めます」


 どう答えたものかと思ったが、何を言った処で結果は変わらない気がした。それに、既に支払いは終えているのだ。


「済んだ事は仕方ないな……よし、それじゃあとっとと帰って休もう。疲れた!」

「承知しました。午後の便を取っているので、少し休んだら出ましょう」


 それ迄、ファスにより取り敢えず隣にいるようにと言われ、そこに控えていたドーソン博士だったが、自分が出て行くタイミングが無いままに終えた事に驚いていた。


「"人生最良の選択"だったかも、知れないわね……」



 ――その後、現場検証と聞き取り調査があった。その最中、襲撃者が指名手配犯であり"賞金"が掛かっていたと連絡が入ったが、どうやら相当余罪がある男達だったらしい。


 賞金は、合計して約七百万円ほどだったが、それは現地の孤児院に寄付する事にした。


 理由は幾つかあったが、今回襲撃して来た男達が孤児院出身だった問う事が大きかった。大人になってもまともな学が無い為ギャングの道へと走らざるを得ない、そんな子供が少しでも増えると良いなと思った。


 ……後ほど、この孤児院とも繋がる事になるのだが、それはまだ先の話だった。


 程なく、事情聴取を終えた正巳達は帰途に着く事になったが、その際ふと思い出して気になった事があった。それは、交渉に入る前にミヤが言っていた内容だったが……


 丁度歩いて来たので、聞いてみる事にした。


「ミヤ、聞いても良いか?」


 頷いたのを確認して、続ける。


「お前が言っていた、交渉が決裂した場合に契約を取る"手段"って言うのは何だったんだ?」


 そう、何となく良くない方法だと考えていたが、全てが終わった今気になった。


 疑問を向ける正巳に、微妙な苦笑を浮かべたミヤが言った。


「正巳様の生写真を、博士への交渉材料にと考えていました」


 ミヤの言葉に、流石に馬鹿げた考えだと思った。しかし、視界の端に、額縁に入った"肖像画"を大切そうに持って歩く博士を見て、"あり得たかも知れない"――そう思った。


 深く考えても何一つとして益の無い事だったので、取り敢えず、額縁よりも"薬品"を忘れずに持って帰って貰うように頼む事にした。


 テンションの高い博士と話していた正巳は、程なくして到着した迎えの車に乗り込む事になった。後は、このまま空港へと向かい、一か所を経由して日本に戻る事になる。


「さて、帰ったら先ずはにゃん太だな」


 一人、もふっとした猫にじゃれつく事を考えていた正巳だったが、隣にいたヒトミも同じ事を考えていたらしかった。


「ですねぇ~三日振りのにゃん太です~」


 頬を緩めるヒトミに、正巳は内心安堵の息を漏らしていた。


 体験した内容から考えても、心に傷が残っても可笑しくはなかったのだ。それが、こうして今までと同じような表情が出来ている。これは、大いに喜ぶべき事なのだ。


 ――ヒトミの横顔を見て安堵した正巳だったが、その下で組まれた腕の下、小さく震えたその指先に気が付く事は無かった。

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