33話 あだ名の付いた新人君
ヒトミが『後輩が出来ました!』と喜んでいる様子を見て、男も心なしか微笑んでいる様だった。恐らく、ヒトミの天然さにやられたのだろう。
楽しそうな様子を見ていた正巳だったが、気になっていた事を済ませてしまう事にした。正巳が気になっていたのは、男の名前――"ファースト"についてだった。
「なぁ、そのファーストって言うのは呼びにくいから、あだ名を付けても良いか?」
今後も呼んで行く事を考えると、流石に街中で『ファースト!』とは呼びたくない。
……何と言うか悪目立ちしてしまう気がする。
少し考えていた男だったが、顔を上げると言った。
「正巳様が付けて下さるならそれで」
「そうか、それじゃあ……"ファス"でどうだ?」
あだ名、と言っても良い名が直ぐに浮かばなかった為、安直な省略系になってしまった。ヒトミも流石に気が付いた様で『少し適当過ぎじゃないですか?』と言っていたが、男は気に入ったみたいだった。
「ファス、良いですね。今後はファスとお呼び下さい」
そう言った男に対して頷いた正巳だったが、ヒトミは少しだけ不服そうだった。
「え~それだったら、"ファースト"の方が良いと思いますよ~そっちの方が、なんか"一番"って感じがして良いじゃないですか~」
そう言ったヒトミに『そのままじゃねえか』と突っ込んだ正巳だったが、ファスを見ると複雑な表情をしていた。何となく、この話題は避けた方が良い気がして言った。
「そう言えば、コンビニの工事業者とか、商品のラインナップとかはどうすれば良いんだ?」
この前電話した際は、"コンビニ一式"としか話していなかった。コンビニ一式って一体どんな頼み堅田よとも思うが、そもそも細かい部分の確認が済んでいないなと思ったのだ。
頷いたファスが話し始める。
「はい、工事に関しては責任者が来る予定なので、そこで要望を伝えて頂ければ宜しいかと思います。商品に関しては、基本的な日用品を始めとした"一般的なコンビニ"に並んでいる物は全て用意する事が出来ます」
どうやら、想像以上に色々とサービスが行き届いているらしい。
説明するファスに凄いなと感心しながら聞いていた正巳だったが、説明を終えたファスが一点だけ確認させてくださいと聞いてきた。
「土地に関しては、場所が決まっていますでしょうか?」
言われて気が付いた。
「……土地、考えて無かったな。一応近くにしようとは思ってるんだけど」
「なるほど、我々で用意する事も出来ますが如何しましょうか?」
恐らくこれも想定内だったのだろう。
ここで『頼んだ』と言えば、簡単に用意してしまう気がする。
「いや、場所は自分でどうにかしようと思ってるんだが――」
流石に、立てる場所は自分で探して決めたかった。しかし、当てがある訳でも無かったので、ファスにアドバイスは有るか聞いてみた。
すると、『そうですね、先ずは……』とアドバイスしてくれた。
「……と言う事で、もしご自分で管理する事を考えていらっしゃるのであれば、最低でも30分圏内であり家からは近すぎない事――これが最適な距離条件かと思います」
ファスが言うには、稼ぎたいのであれば交通量の多い場所や都心部に作るのが良いが、そうでない場合――趣味でやる場合はこのような条件が良いらしい。
丁寧に説明してくれたファスには悪かったが、正直に言う事にした。
「実は、コンビニをやろうと思ったのは、近くにコンビニが無くて不便だと思ったからなんだ。だから、趣味と言うよりは便利になると良いなと言うのと、少し面白そうだなと思ってだな……」
そう言った正巳だったが、ファスがヒトミにチラリと視線を送ったのを見て口を閉じた。どうやらこの男は、コンビニをやる理由に、ヒトミが含まれていると知っているらしい。
「まぁ、兎も角近くにコンビニが無いと困るんだよ。丁度良く近くの家は軒並み空き家だからな、近くの土地を買って、そこに建てようと思う」
そう言ってから、ファスに『アドバイスをふいにする様で悪いな』と言った。
しかし、当のファスは『いえ、そういう事でしたら正しいご判断かと。それに、周囲の土地の持ち主に関して調べるのは骨だと思いますので、そちらは私の方でお調べいたします』と言って来た。
正直、土地を買う方法なんぞ、近くの不動産屋に出向く位しか思い付いていなかったので助かった。結局ファスに頼る事になったなとは思ったが、ファスが『会社を仲介はしていますが、個人として正巳様から費用を一生涯分頂いていますので』と言ったので、それ以上は何も言わない事にした。
途中、ヒトミが頭を捻らせながら話を聞いてはいたが、どの話も酷く断片的な内容だった為、理解は出来なかったらしかった。
その代わり、変な勘違いをしたらしく『仲が良いのは良いと思いますが、私の方が正巳さんとの時間は長いんですからね!』と言っていた。
そんなヒトミに苦笑しながら、『長いとは言っても精々一週間内位だろ?』と言ったのだが、ヒトミが情けない顔をして『そんなぁ~』と泣きそうになっていたので、頭をぐりぐりとしながら言った。
「ほら、そろそろ宿に着く。にゃん太と比べても少しだけ居る時間が長いヒトミなら、俺の考えが分かるよな?」
すると、『そうですね、にゃん太よりも正巳さんとは長い付き合いですから。新人君、よく見てると良いです!』と呟いて、自身溢れる顔で言った。
「お腹が空いてますね!」
そう言って、『正巳さんとは私が一番長いんですから、この位分かりますよ~』と続けていたヒトミに、『それはお前だろ!』と突っ込みながら、心の中では追い突っ込みをしていた。
(『にゃん太より長い』と言っても、コンビニで冤罪の容疑を掛けられた時間分だけだよな?)
そんな正巳の、心の中の"突っ込み"を知る由もないヒトミは、『あれ、違いましたか?』等と、とぼけた事を言っていた。
そんなヒトミにため息を付きながら、待っている子猫の事を思い出させる様に言った。
「『にゃん太はお利口にしているかな』だろ?」
しかし、ヒトミは正巳の言った言葉が不満らしかった。
「何言ってるんですか~にゃん太はお利口さんですよ!」
そんなヒトミに『確かにな』と答えた正巳は、『何で私を見ながら言うんですか~私だってお利口ですよ!』と言ったヒトミに対して、適当に返事をしながらファスに言った。
「昼飯、少し遅くなったが食べて行くか?」
すると、ファスは少し不思議そうな顔をすると言った。
「私はこれからずっとお側で正巳様をサポート致しますが?」
どうやら新しい仲間が加わったらしい。
何か言おうと口をパクパクさせた正巳だったが、肝心な時に言葉が出て来なかった。
そんな正巳を見ていたヒトミは、『金魚さんの真似ですか?』等と言っていたが、取り敢えず頭をわしゃわしゃとしておいた。
わーわーと文句を言うヒトミを放っておくと、一言だけ確認することにした。
「どうしてもなのか?」
「はい」
強い"意思"を感じる。
「そうか、これからよろしくなファス」
正巳の言葉を聞いたファスは、僅かに分かるくらいに頬を緩ませていた。