23話 全部終わったら
朝食を食べ終えた後、川の字になってヒトミとにゃん太と休んでいた。
最初に正巳が、『お腹いっぱいで動けないから……』と畳に横になったのだが、ヒトミがそれを見て、『私もちょっとキツイです』と隣に横になった。
そんな二人を見てか、にゃん太も『みゃぁ~』と鳴いてすり寄って来たのだ。にゃん太は最初ふらふらと周囲を歩いていたが、結局間に仰向けになってごろんとなった。
しばらく横になっていた正巳だったが、落ち着いて来たのでにゃん太のお腹に手を伸ばした。にゃん太の食べた量はそんなに多くなかった筈だが、余り激しく触ると可哀そうだと思ったので、優しく撫でる程度にしておいた。
「みゃ~みゃぁ」
「お前は可愛いなぁ~」
「みゃぁ」
「ん~? なんだ、背中が良いのか?」
にゃん太と暫くじゃれて居たのだが、途中でヒトミの冷ややかな視線に気が付いた。どうやら、俺が時々赤ちゃん言葉になりそうになるのを観察していたらしい。
「……」
「……」
「みゃぁ?」
にゃん太がお腹を上にして、手足を小さくたたんでいる。丁度前足が顔の辺りに来ているのが、まるで恥ずかしがって顔を隠しているみたいで、手を伸ばしたくなる。
ヒトミが見ている事は分かっていたが、そんな事どうでも良いほどにゃん太が可愛かった。
結局手を伸ばしてにゃん太とじゃれ尽くした正巳だったが、にゃん太がコクリコクリと船を漕ぎ始めたので、寝床基にゃん太用となったバッグに寝かせてやった。
にゃん太を寝かせると、それ迄静かにしていたヒトミが言った。
「動物、好きなんですね」
「まぁ、そうだな……裏表が無いからな」
何となく、嫌な影が脳裏に浮かびそうになったので、頭を振って振り払った。
そんな正巳の様子を見ていたヒトミが、思い出す様にして言った。
「そう言えば、昨日話していた"計画"をしないとですよね」
昨日話した"計画"とは、ヒトミの実家を取り戻す計画の事だ。
既に、この問題についてはコンシェルジュに頼んでいるので、計画も何も必要無くなってしまったのだが……ヒトミに伝えるのを忘れていた。
「ああ、それなんだがな……実は必要無くなったんだ」
正巳がそう言って、『だから、今日から三日はのんびり出来るぞ』と続けた。しかし、ヒトミは何を勘違いしたのか真っ青な顔をしていた。
そして、俯いてぶつぶつと呟き始めた。
「そうですよね、急に参加するなんて無理ですよね……それに、掛かる金額も物凄い額だろうし、正巳さんだって仕事辞めたばっかりだし、銀行だって貸してくれませんよね……」
どうやら、完全に勘違いをしてしまったみたいだ。
まあ、途中で顔色を変えた辺りで勘違いするのではないかな、とは思ったがこうまで見事に嵌ると、驚きと言うか……新鮮味が無い。
とは言え、こちらの伝え方が勘違いする可能性を残していたのが悪かった。それに、何方に勘違いするかは人によるモノだが、ヒトミの場合は若干悪い方に飛躍する癖があるみたいだ。
「ああ、違うんだよ、別に希望が無くなったとか、どのみち無理だから諦めるとかじゃなくてな……あれだ、心配する必要が無いほどのお金を工面出来たって事なんだ」
ここで、コンシェルジュやらブラックカードやらの話をしても、ただ混乱するだけだと思う。それに、下手に資産を持っている話をしても、ヒトミが何処で下手な事を口走るか分からない。
そこで、ご都合主義的に"ヒーロー"が現れた事にしておいたのだ。
「あの、それじゃあ……」
「ああ、ほぼ確実に戻って来るな」
正巳がそう言うと、口を半開きにして、奇跡を目の当たりにしたかのような間の抜けた顔をしていた。
そんなヒトミを見ながら、(まあ、半ば諦めていた事が突然叶えられたらこうもなるか)と思ったが、聞いておきたい事もあったので、声を掛けた。
「それで、聞いておきたいことが有るんだが」
「……は、はい? あっ、はい、聞いておきたい事ですね?」
戻って来たヒトミが『何でしょうか、何でも聞いて下さい! あれです、ちょっとだけならえっちい質問でも答えますよっ』と食い気味に来る。
そんなヒトミに『いや、そんなの聞かないわっ』と突っ込みつつ聞いた。
「聞きたい事って言うのは、全てが無事終わっての事なんだ」
「……終わって、ですか?」
不思議そうに首をかしげるヒトミに続ける。
「そうだ。終わった後、ヒトミがどうするかって話だ」
「……?」
相手がヒトミだという事を忘れていた。
「お前は、これ迄家の借金を返す為に働いていたんだろ?」
「はい」
「今回、その家を取り戻したらその必要が無くなるだろ?」
そこまで言っても首を傾げていたので、『俺が始めるコンビニで働く必要が無くなるんじゃないか?』と最後まで言った。
正直な所、俺も楽しみにしていたので、ヒトミが辞めると云うのは少しダメージがある。途中で察してくれれば話が早かったのだが……
最後まで聞いてようやく理解したヒトミだったが、その答えは正巳にとって意外なモノだった。それこそ、社会に出た後一番身近だった存在に、出し抜かれ続けた正巳にとっては新鮮なモノだった。
「……え、そうなんですか?」
「だって、家が戻って来るだろ?」
――ここで『そうですね』と言って、単に正巳が借金を代わりに払った状態になれば今までと変わらなかったのだ。しかし、ヒトミはここで続けた。
「そうですけど、正巳さんへの借りになるだけですよね?」
ヒトミの言っている事は正しいだろう。しかし、社会に出ると悪時絵が働くようになるモノで、普通は裏をかこうとする。
「え……あぁ、まあそうだがな……しかし、法律上は俺が落札した場合その資金は不動産屋に渡って、残りはヒトミに――」
途中まで、どうやって裏を掻くかの解説をした正巳だったが、ヒトミが割って入った。その顔には、いつもののんびりとした雰囲気など無く、真剣なモノだった。
「そんな事出来る訳ないじゃないですか!」
そう一喝したヒトミは、『卑怯者と一緒にするのだけは辞めて下さい!』と熱のこもった声で言った。
……どうやら、余りにも汚い空気に長い事浸かっていたせいで、知らない間に心まで蝕まれていたらしい。
頬を一発張って、ヒトミに謝った。
「済まなかった!」
すると、それ迄興奮していたヒトミだったが、我に返ったらしくあわあわとし始めた。ヒトミにコンビニで万引きに間違われた時にも思った事だが、ヒトミはスイッチが入ると止まらないらしい。
「いえ、そんな……大丈夫ですか? 頬っぺた赤くなってます」
慌てて冷蔵庫へと『何か冷やす物を!』と取りに行ったヒトミに対して、『要らないから、答えだけ聞かせてくれないか?』と言った。
次は流石に何の事か分かったらしく、戻って来ると真っすぐ目を見て言った。
「掛かった費用と恩の分を返し終わるまで、一緒に働かせて下さい!」
ヒトミの言葉を聞いた正巳は、迷うべくもなく応えた。
「こちらこそよろしく頼む」
正巳の答えを聞いたヒトミは、『良かったです~これで断られたら、流石に私も堪えました~』と言っていた。
そんなヒトミに、『それこそあり得ない』と言いそうになったが、これ以上ヒトミを舞い上がらせると事故の予感しかしなかったので、自重しておいた。
この時、正巳は一つの事を決めたのだが、それをヒトミが知るのはしばらく後の事だった。
その後、盛り上がったからかにゃん太が起きて来た。ヒトミがにゃん太に構っている間、少し考え事をしていた正巳だったが、ヒトミがこちらに目を向けて来たので、切り出す事にした。
「これから買い物に行こうと思ってるんだが、他に行きたい場所は有るか?」
正巳の言葉を聞いたヒトミは、目を輝かせると言った。
「カフェ! ……おしゃれなカフェに行きたいです!」