22話 天然娘とにゃん太
「お帰りなさいませ~早速、朝食をお運びしましょうか?」
宿に戻ると女将が出迎えてくれた。
どうやら、駐車場にセンサーが付いているらしく、駐車したら連絡が行くようになっているらしい。駐車場に何やらポール状の機械が付いていたので、雑談がてら聞いてみたのだ。
「ええ、お願いします」
「承りました~」
朗らかに言う女将に頷きながら、ふと思い出して聞いた。
「それと、しばらく泊まりたいんですけど、大丈夫ですか?」
もし予約が入っていれば、部屋を変えるか宿を変えるしかない。
若干不安に思いながら聞くと、直ぐに返事があった。
「大丈夫ですよ~"月の間"にお泊りですが、あの部屋は予約での募集はしていないんです。なので、宿泊を延長されている間は、そのままお泊りいただけるんです」
部屋に源泉を引いた温泉が有るなんて、人気が出そうなものだが……
何か理由が有るのだろうか。
「予約を受け付けていないんですか?」
すると、女将は少し困ったような顔をして言った。
「そうなんです……以前は予約を受け付けていたんですけど、マナーの悪いお客様がいらっしゃっいまして、それ以降ネットでの予約は止めたんです」
そこまで言ってから、チラリとこちらを見て続ける。
「それに、飛び込みのお客様の中でも――失礼ながら、私がお泊り頂きたいと思った方にのみ、あのお部屋は紹介をする事にしているんです」
……なるほど、確かに一時期宿泊客のマナーの悪さが問題になった事があった。恐らく、この宿も被害に遭ったのだろう。
何となく、自分達が何故お眼鏡にかなったのか聞きたくなったが、下手に褒められても上手い返しが出来る気がしなかったので止めておいた。
その後、女将に朝食の事をお願いして部屋に向かった。
女将が小さく『照れているのも良いわ~』と呟いているのが聞こえたが、反応してはいけない部類だと判断して、そのまま退避して来た。
部屋までの廊下を歩いていた正巳だったが、改めて歩いて来た廊下と部屋までの廊下を見て不思議に思った。と言うのも、途中に一つも部屋は無かったし、先にもそれらしいものは見当たらないのだ。
何となく、位置覚的には正巳達の借りている部屋だけ、離れている気がする。
正しいかは分からないが、部屋に露天風呂が付いている事が理由だろうか。もしそうなら、かなり贅沢な部屋と言う事になるのだが……まあ、後で全て分かるだろう。
社会人になってから普通のサラリーマンだった正巳からすると、昨日今日と続けて使った金額を見るだけで胃に穴が開きそうになる。
対策は、出て行ったお金について考えない事と、対価に得たモノが支払った以上に価値が有ると思う事、これだけだ。
考えながら歩いていた正巳だったが、少し前から視界にあるモノが映っていた。
「……それで、なんでこんな所に居るんだ?」
「それは、にゃん太が外に行きたいって……ちょっとだけなら良いかな~って思ったんですけど、戻ろうと思っても扉が開かなかったんですよね……ハハハ」
そこに居たのは、にゃん太を腕に抱えたヒトミだった。
ヒトミは浴衣のまま着替えておらず、おまけに帯が無い状態だ。唯でさえ下着問題があるというのに、この娘はどうしてこう考え無しなのだろうか。
兎も角、俺が来る前に誰か来なかった事に、感謝する他無いだろう。
「まったく、さっさと入るぞ。もう直ぐ、女将さんが朝食持って来てくれるはずだからな」
「えっ、朝食ですか! 今日はどんな美味しいご飯何でしょうかね!」
"朝食"と言った途端、元気になったヒトミに苦笑しながら、部屋のカードを取り出すとドアを開けた。そこに広がったままだった布団を見て、(きっと、半分寝ぼけて外に出ちゃったんだろうな)と思った。
「ほら、ここに替えの服が入ってるから、着替えて来てくれ。――とは言っても、シャツとかだけだから、もう少しだけズボンとかシャツなんかは我慢してくれな」
正巳がコンビニの袋を差し出すと、ヒトミは中を見て嬉しそうにしていた。先程のコンビニでは、予想通り売っていた下着――男物しか買えなかったが――と、同じく売っていた白いシャツを買っておいたのだ。
「ありがとうございます! その、ここで……ですか」
やはり、下着が洗濯していない同じ物だという事を、気にしていたらしい。
「ん?」
ヒトミがごにょごにょと言っていたが、ヒトミから受け取ったにゃん太に構っていた為、内容が聞き取れなかった。
「えっと、だから、その……」
「どうした?」
煮え切らないヒトミに重ねて聞くと、それ迄ごにょごにょと話していたが、一瞬俯いてからキッっと視線を戻して言った。
「だから、ここで着替えれば良いんですかって、聞いてるんですっ!」
一瞬ふざけてるのかとも思ったが、その目は真剣だった。
……どうしてこうポンコツなのだろうか。
大きくため息を付くと、隣の部屋――俺が寝ていた部屋を指して言った。
「あそこで着替えて来い。それと……ズボン忘れるなよー」
赤くなったヒトミは、突進する様に歩いていたが、正巳の言葉を聞いて戻って来た。そして、布団の下から服を取り出すと、それらを持って行った。
布団の下に服を敷いていたのは、恐らく皴を少しでも伸ばす為の工夫だったのだろう。基本的に抜けているくせに、変な所で知恵が回る奴だ。
布団を畳みながら、迷子になっていた帯も綺麗に重ねておいた。
その後、着替えて出て来たヒトミだったが、下着が男物だった事を聞かれた。
どうしても、『女物の下着をレジに持っていけなかった』と言えなかった正巳は、適当な事を口走っていた。
「それは、あれだ……そう、ヒトミには男物のが似合うと思うんだよ!」
……これでは、やっている事がヒトミと大して変わらない気がする。
ヒトミの反応に対して上手く反応する事で、なんとか巻き返しを図ろうとした正巳だったのだが、訪問を知らせるチャイムによってその機会は失われた。
「それでは、ごゆっくりとお寛ぎくださいませ」
女将が下がった所で、ここ数年で一番豪華な朝食が始まった。
最初に手を付けたのは味噌汁だったが、一口含むたびに広がる深い味わいに、気が付いたら全て飲んでしまっていた。
少し残念に思いながら器を置くと、次はお米に手を付けた。
茶碗の蓋を取った正巳は、思わず呟いていた。
「絶対美味いだろ……」
その後、食事中一切会話をする事が無く食べ終えた二人は、にゃん太が少しずつご飯を食べる様子を見て、言った。
「にゃん太が、一番大人かもな……」
「そうですね……流石に一気に食べ過ぎました」
その後片付けの人が来るまでの間、正巳はヒトミと並んで仰向けになっていた。