2話 コンビニ事件
……答えが出ない。
結局、お金の使い道に関して答えが出ないまま朝が来てしまった。
カーテンから洩れる日差しが、眠い瞼を刺激してくる。
「……ご飯食べて、仕事に行くか」
そう、今日は土曜日だけど出勤日なのだ。
何故宝くじが当たったのに、働いているかって?
俺も宝くじに当たるまでは、辞めると思っていた。
しかし、実際に当たってみると、仕事を辞める事はしなかった。
理由はいくつかあるが、大きい理由を挙げると、3つ。
1.急に仕事を辞めて怪しまれたくない
2.辞めたからと言ってやることが無い
3.何時でも辞められるとなると、今でなくても良い気がする
取り敢えず、辞める理由が出来るまでは、仕事をする事にした。
朝食のコーンフレークにバナナをぶつ切りにして入れ、牛乳をかけて朝食を取る。
朝食を取り終わると、椅子に掛けてあったジャケットを羽織る。
紺のチノパンに麻で出来た襟付きシャツ、上にジャケットを羽織るのがいつものスタイルだ。仕事内容が、Webエンジニアなので、基本的にラフな格好でも良いのだが、急に入った打合せにも対応できるようにジャケットスタイルなのだ。
……以前、先輩がジーパンにTシャツで社外の人の対応して、めちゃくちゃ怒られていた。先輩の二の足を踏まないように、俺は最低でも社外の人と打合せをしても問題ない服装を選んでいる。
顔を洗って、寝癖が目立たないことを確認して家を出る。
「良い天気だな~」
朝の独特な、澄みきった空気を吸い込みながら朝日を浴びる。
ドアに鍵をかけ、歩き出す。
門を開き、外に出る。
一軒家なので一人の生活には少し広いが、引っ越してしまうと海外を渡り歩いている両親が、急に帰って来た時に困る。
色々考えた事もあったが、結局は仕方なくそのまま住んでいるのだ。
「今日は、確か打合せが入ってたな」
スマフォで予定を確認しながら歩く。
基本的に駅までは歩きだ。
「……ネットショップ開設の件と、既存のサイトの改修依頼か」
どちらも既に作業自体は終えている。
後は出来たサイトの確認をして貰い、問題が無ければ支払いをして貰う。
その後、入金が確認でき次第引き渡し、それで仕事終了となる。
「長かったな……」
ここまで進める中の、紆余曲折を思い出して一人呟く。
「まったく、仕様変更には追加手当が欲しいくらいだよ……」
まあ、それも今日で終わりだ。
前回、最終確認と最終調整をした。
後は納品して、入金の確認が出来ればこの仕事はこれで片付く。
「それにしても、何もない場所だよな」
住んでいる家から駅まではほとんど何もない。
有るのは、畑と空き地で、コンビニもない。
何故こんな不便な場所に家を建てたのか、両親に聞いたことがある。
両親の話によると、ここら辺一帯は当時再開発地域だったらしい。
しかし、当時の市長が電車会社と癒着していて、本来地域一帯を開発する予定が、駅舎に無駄にお金を使い過ぎたせいで、他に回すお金が無くなってしまったらしい。
当然、当時の市長は解任されたが、それでも先に土地を買っていた不動産屋は大変な損失を出したらしい。そんな事が理由で格安にて”既に建ててしまった家”が売りに出されており、俺の両親がこれ占めたものと買ってしまったらしい。
両親曰く、「そんなこと知らなかった」らしい。
……ニュースを見ていれば、開発が中止になった事くらい分かると思うが。生憎俺の両親は、社会の動向に対して興味が薄いので、ニュースなど確認している筈もない。
そんな事を考えていたら、駅に着いたので階段を上がっていく。
……エスカレーターも有るのだが、利用者が少なすぎる為か止まっている。
改札を入り、ホームまで行くと丁度電車が来たので乗り込む。
電車の中から見る駅のホームは、寂しさを感じるものだった。
……広告の類が殆どない。
有っても、その殆どが保険会社の広告や銀行の広告だ。まあ、確かに”こんな場所でどんな広告を出せと言うのか”と言われると、何も言えないが。
そんな寂しいホームを尻目に、電車が「ガタン、ゴトン」と揺れながら走り始める。
会社がある駅まで30分ほどあるので、ゆっくり座っていることにした。
『到着、到着~お降りの際は……――』
到着のアナウンスが流れたので、電車から降りる。
「今日も人が多いな……」
降りると、ホームに沢山の人が居る。
腕を広げると必ず人に当たってしまうくらいに人が居る。
今の時間はまだこの程度だが、本格的な出勤ラッシュの時間帯になると、常に人と触れているくらいに人の密集度が上がる。
人が全く居ないのも寂しいが、流石に人が多すぎて動けないくらいなのも困る。
就職して始めの頃は、通勤ラッシュの時間に電車で通っていたが、直ぐに参ってしまい、時間帯を早い時間にずらして出勤する事にしたのだ。
今の時間はまだそれ程人が多いわけでは無いので、問題なく改札を出る事が出来る。
改札を出ると、直ぐにコンビニに向かった。
毎朝コンビニでコーヒーを買っていくのだ。
「……コンビニ、家の近くに欲しいな」
コンビニにはあらゆるものが置いてある。
一軒あるだけで生活が楽になる。
「お、新発売か」
冷蔵の飲み物コーナーに行くと、新商品のタグが付いている珈琲があったので、手に取ってレジまで持って行く。……基本的に新しいものは挑戦してみるのだ。
「はい、珈琲おひとつですね!お支払いは……現金で、はい~丁度頂きましたので、お釣りがレシートになります!」
……いやいや、少年よ。
お釣りがレシートって、それ、お釣りじゃないよ。
……まあ、面白いから良いか。
「はい~ありがとうございましたー」
変に抑揚の付いた声で送り出してくれる。
ああいった名物店員がいると、知人を連れて来たくなる。
「おっ?」
ふと視界に入った文字に目が留まる。
「……コンビニオーナー募集?」
ふと目に留まった雑誌を、手に取る。
どうやら、コンビニが置いているフリーペーパーのようだ。
手に取った雑誌を持ち、そのままコンビニを出る。
そうか、無ければ建てちゃえばいいんだ。
……家の周りは空き地や畑ばかりだし。
「アリだな」
そう一人呟いたところで、俺の肩に手が掛けられた。
「何がアリなんですかー犯罪ですよー!」
コンビニを出て直ぐ、街中でそんな事を叫ばれた。
慌てて、向き直るとそこにはさっきレジで、対応してくれた女性がフルフルと振るえる手を抑えながら、こちらを睨んでいた。
その眼はこちらを捕えて離さず、何処か固い意志のようなものを感じた。
……え、冤罪です~
そんな虚しい心の叫びが、向けられる視線の中で静かに響き渡っていた。
冤罪恐いですよね・・
ただ、冤罪だと言って逃れる犯罪者もいるそうです。
・・そちらには困ったものですが。