第四話 要請では無く、強制である
文字数が少ないです。
申し訳ない!
オルフェの成り立ちを説明した三条博士は、部屋の壁に掛かっている時計を見ると「時間だね」と呟き、
「本当は休みたいだろうけど、悪いがこれから検査を受けて貰うよ」
そう言うと椅子から立ち上がり、部屋の奥にあった扉を開け、
「さ、ついて来てくれ」
と蓮夜に手招きをした。
扉の向こうには、白い廊下が続いていた。
見える限り、どこまでも。
「…………わかりました」
正直に言ってしまえば、精神的には三条博士の言った通り休みたかった蓮夜だが、柔和な笑みを浮かべながらも有無を言わせない眼をする三条博士に従い、重たく感じる身体でついていった。
扉をくぐった先は、白い廊下がアリの巣の様に入り組んでいて、まるで迷路の様だった。
何十分歩いただろうか、幾つかある階段を降りたそこに広がっていたのは、まるでSFにでも出てきそうな空間だった。
幾つものライトが点灯している薄暗い部屋に浮かび上がる試験管の様な装置の中には、何かが漂っている。
それをチラリと見るが、ピンク色をしていて、まるで胎児の様に丸まっているという事位しかわからなかった。
その前で三条博士や十条博士と同じ様な格好の研究者達が熱心に視線を注いでいた。
どうやら、研究者達にとっては重要な研究対象らしい。
「こっちだよ」
声の方を向くと、三条博士は慣れた様子で広大な部屋の端に向かって歩いていた。
蓮夜も置いていかれない様にと見慣れない光景に緊張と不安を感じながらも、追いかける。
そして向かった先には厳つい装置の付いたベッドが鎮座していた。
その前で装置と繋がっているパソコンの様な装置を弄っていた十条博士が、此方を振り返るが、
「……漸く来たか。……フン」
二人を一瞥するだけで、直ぐに装置に向き直って操作を続ける。
三条博士は蓮夜に横になる様に指示し、蓮夜もそれに従って巨大なベッドに横になる。
ベッドの少し冷たい感覚が、己が死んでいるという事実を遠ざけている様な気がした。
十条博士が装置を動かすと、機械音と共に蓮夜の上腕と手首、足が固定される。
そしてプシュッという音と共に、チクりと上腕に痛みが走り、直ぐに意識がぼんやりとして来る。
「――今君に注射したのはオルフェにすら効く強力な薬だけど、大丈夫。これから始めるのは、君にとっては暫く寝ていれば終わる作業だ。それに、オルフェの身体なら寝ている間に副作用も収まっている――さ、お休み」
三条博士が何かを喋っているのは聞こえるが、既に意識が無い状態では何を言っているのかを聞き取る事も出来ず、蓮夜はただ意識を手放した。
「……」
次に眼が覚めると、そこはいたはずのあの広大な部屋では無く、病室の様な部屋だった。
首に違和感を感じて触れてみると、コツンという甲高い音と共に冷たい感触。
首輪の様な何かの装置が装着されているらしい。
「……夢じゃ……なかったのか」
そうポツリと呟く――と、
「――残念ながら、夢じゃないね」
蓮夜が声のした方を向くと、三条博士が椅子に座っていた。
「お早う……と言っても、既に夜だ。これから夕食の時間なんだけど、私達研究員と君達オルフェは生活区域が別れていてね。君と同じオルフェに、君がこれから生活していく場所を案内してもらう予定だ」
三条博士の言葉は、一方的だった。
だが、蓮夜としては突然「君はオルフェだ」と言われ、オルフェとして生きていくのかどうかの返答も返さぬ内に、まるで『オルフェとして戦う事が決定事項』の様に話してくる。
「……あの……俺、まだ決めた訳じゃ――「駄目だ」」
蓮夜の言葉を、三条博士が今までにない厳しい声音で拒む。
「……君は既にオルフェになった。なら、アポトシスと戦う事は決定事項なんだよ。……君達に人権は無い。ただ人類の為にアポトシスと戦う兵器なんだ。……そう上層部は思っている」
三条博士は、様々な感情を内包した複雑な表情を浮かべ、語る。
「……最早君は”一峰蓮夜”じゃない。”一峰蓮夜”という人間は二週間前に死んだんだ。君の身体は――我々が言うところの”棺”なんだ。死体を埋めた、ただの器。死者が埋められた棺桶だ。君の葬式は既に執り行われ、ニュースでも犠牲者として公表している。……君は、君が死んでいる世界で、それが公となった世界でどう生きてくつもりなんだい? ――それに」
三条博士は、蓮夜の首に装着された首輪を指差す。
「それは我々が君につけた”首輪”だ。君がもし、ここを抜け出して、オルフェとしての義務を果たさないのならば、死者に対しての言葉として相応しいのかどうかはわからないけど、その首輪が君を”殺す”」
殺される。
もう一度、死ぬ。
ただでさえ一度死んだ――と言われた自分が――もう一度死ぬ。
それは嫌だった。
あんな体験、一度で十分だ。
でも、だからと言って、急にアポトシスと戦えと言われても迷ってしまう。
ガチャリ。
蓮夜が葛藤していると、扉が開かれ、人が入って来た。
「――っと、話してる最中だったかい? 博士」
背の高い、赤――というよりは紅に近い色の髪と髭をした、屈強な男だった。
三条博士は、男に対して首を横に振る。
「いや、ただ雑談をしていただけさ。……案内は任せていいかな? ミカヅチ君」
ミカヅチと呼ばれた男は豪快に笑い、
「応。後は任せとけ! ……ほら、行くぜ新入り! 仲間がお前さんを待ってるんだからな!」
ニカリと裏表のない笑みを浮かべたミカヅチは、蓮夜の肩を掴み、強引に連れ出す。
「……君に決定権は無い。だけど、妹を殺した仇――自分と妹を殺した存在を殺したいとは思わないかい?」
男の腕力に驚き、連れていかれる蓮夜に、三条博士は表面上冷たい表情でそう問いかけた。
”妹の仇”という言葉と、三条博士との今までの会話が、蓮夜の心に重く響いた。