第二話 覚醒
取りあえずは一話百時~三千字程度を目標に書いております。
「――っ!?」
意識が浮上し、一峰蓮夜は眼を覚ました。
最初に眼に映ったのは、何らかの機械。
どうやら自分は何かの機械の中にいるらしいと自覚すると同時に、視界に映る水疱から、自分が水の様な何かの中に浮かんでいる事を知る。
『漸くお目覚めか2059番』
そこに、ガラス越しに酷く冷たい声で声を掛けられる。
蓮夜は、その番号が自分の事なのだと理解すると、声の主の方を向いた。
声を掛けてきたのは冷たい、まるで家畜か何かを見る様な眼をした白衣を着た男だった。
まるで病人の様な華奢な身体付きに、眼は鋭く、神経質そうな印象の男だ。
『……フン。覚醒したばかりのモノは皆同じ表情をする。……つまらんな』
見下した眼で此方を見る男はそう言うと背を向け、
『もう動けるだろう。――来たまえ』
と一言言って蓮夜の入っている機械についているボタンを押すと、振り返る事もせずに歩き始める。
ボタンが押されて直ぐ、下に排水用の穴が現れて水が抜けていく。
それが抜け切ると、機械は自動で動き蓮夜の口に装着されていた装置を取り外し、閉じ込めていた機械の扉を開ける。
慌てて機械から抜け出した蓮夜は、自分が入っていた機械が何なのかを確認する暇も無く、白衣の男に声を掛ける。
「ちょ、ちょっと待てよ! 俺、なんでこんな所にいるんだよ!」
だが、蓮夜の疑問に振り返った白衣の男の答えは、蓮夜の疑問の答えであり、同時に蓮夜の疑問への答えになっていなかった。
「――喜べ。貴様は選ばれたのだ。死して尚生きる者――”オルフェ”に」
”オルフェ”。
異界からの侵略者、アポトシスを倒す人類の守護者。
それを聞いた蓮夜は、「何故自分がオルフェに?」と疑問を浮かべるしかなかった。
白衣の男に案内されたのは、まんま病院の診察室の様な場所であり、そこにはもう一人の白衣の男が座っていた。
「おや、十条博士。――と、来たね新入り君」
ここまで連れてきた”十条博士”と呼ばれた男とは違う、穏やかで人の良さそうな声。
眼鏡をかけているのは共通していたが、十条と呼ばれた男よりも柔和な表情を浮かべていた。
痩せているのは十条博士と同じだが、纏う雰囲気は逆と言っても良いだろう。
温和で、人の良い――まるで子供病院で働く医者の様な、そんなイメージを抱かせる。
「後は任せるぞ。ドクター三条」
十条博士は蓮夜を一瞥すらせず、部屋の奥へと消え、部屋には蓮夜と三条と呼ばれた白衣の男の二人だけとなった。
白衣の男――三条博士は、蓮夜に目の前の椅子に座る様に指示すると、椅子を回して蓮夜と向き合う。
「始めまして一峰蓮夜君。……私の名前は三条。君の担当官をやらせて貰う事になっているんだ。宜しく」
そう言うと、三条博士は、にこやかな笑みを浮かべて丁寧に頭を下げる。
先程の十条と呼ばれた男との対応の差と、未だに訳のわからない現状に蓮夜は困惑していた。
「……は、はぁ」
戸惑いながら返答する蓮夜に、三条博士は当然だと頷く。
「君も困惑していると思う。……だけど此方にも手順があってね。すまないけれど、君の記憶があるかどうか確認しようじゃないか」
「……はい」
蓮夜が渋々頷くのを待って、三条博士は質問を始める。
「じゃ、行くよ。……『君の名前は?』」
「……一峰……蓮夜です」
「――『年齢と職業は?』」
「えっと……十八歳、大学生です」
三条から問われる一般的な質問に、若干戸惑いながらも蓮夜は答えていく。
家族構成や幼い頃の思い出、通った小学校や中学校、高校の名前等基本的な事を問われる儘に答えていく。
三条博士は手元の書類を見ながら、時折何かを書きこんでいく。
その後、幾つかの質問に答え、
「じゃ、これで最後の質問だ。………………『君が覚えている最期の記憶は何だい?』」
「――っ!!」
その瞬間、蓮夜は頭の奥に鈍痛を感じた気がした。
蓮夜は眉を顰めてそれに耐えながら、靄が掛かった様なノイズ混じりの記憶を辿る。
だが、意外にも記憶は簡単に思い出す事が出来、それを思い出すが儘に順序も何も考えずに話していく。
「…………血の臭いと、悲鳴……動きたくても動けなくて……眼だけは動かせて……でも視界は半分で…………それとサイレンが鳴ってた」
思い出した。
そう。自分は倒れていたのだ。
身体が動かせない状態で。
聞こえていたのは、アポトシス――人類の敵が襲来した時に鳴る、あの不快感を掻き立てられるサイレンの音と、遠くから聞こえる悲鳴。
「……でもどんどん意識が遠のいて、その時誰かがいた様な……俺は……俺……俺は」
「うん、もう大丈夫だよ。……さぁ、少し休憩しようか」
三条博士はブツブツと呟き始めた蓮夜の肩を叩き、思考を止めさせる。
そして席を立つと、近くに置いてあったコップを二つ取り出し、給水機から水を注いで蓮夜へと差し出した。
「……有難う……御座います」
それを受け取り、ゆっくりと水を口に含み、嚥下する。
水が喉を通る感覚を感じて、気分が落ち着く。
蓮夜が落ち着いたのを見計らい、三条博士は子供に言い聞かせる様にゆっくりと話し始める。
「えっと……落ち着いて聞いて欲しいんだけど。君が”オルフェ”になったのは本当だ」
そう言われても、蓮夜としては自覚出来ない。
以前の自分と、今のオルフェになったという自分の差を感じる事が出来なかった。
そもそも、オルフェとはアポトシスと戦う存在の筈だ。
つまり、人類防衛の最前線。
この地球上に存在するどの職業よりも危険な仕事だ。
ただの大学生であった自分がなれるとは思えなかった。
様々な疑問が蓮夜の頭の中に浮かんでは消えていく中、三条博士が差し出した書類を見て、蓮夜は動揺せざるを得なかった。
「――っ! これは――」
その書類の一番上にはこう書かれていた。
――『一峰蓮夜診断結果・死亡』と。
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