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第一話 ビギニング・ウィズ・メモリーズ

 《2XXX年 某日 日本某所》




 ウ――――――――――――――――――!!




 晴天の空には似合わない、嫌悪感と危機感を掻き立てられる様なサイレンが鳴り響く中、一峰(いちみね)蓮夜(れんや)は視界の半分に映る空を見上げていた。

 耳栓をしているかの様に遠くからえてくる悲鳴と呻き声は、何を言っているのか全くわからない。

 だが、キーンという不快感を掻き立てられるモスキートーンの様な耳鳴りだけが、やけにはっきりと聞こえていた。

 手や足を動かそうにも、感覚が麻痺しているのか感覚は無く、視界に映らない事を見ると、動かせているのか、それとも千切れて消失しているのかもわからない。

 匂ってくる鼻につく焼ける臭いと、生臭さと鉄臭さの混じった独特な臭い。

 どうやら、その臭いの根源は近いようで、思わず眉を顰める。

 視界には、眩しいまでの青空が広がっていたが、端にはもくもくと立ち上る煙が映っており、それが事の非常さを表している様な気がした。


(……何が……起きたんだ?)


 蓮夜は、ぼんやりする頭で先程起きた事を回想した。





 一峰蓮夜は十八歳の新大学生だ。

 幼い頃に両親を事故で亡くし、唯一の肉親となった妹と共に親戚に頼りながら生きてきた。

 だが、数年前に起きた大規模なアポトシスの襲来で妹を亡くし、それ以降はただ惰性の様に過ごして来た。

 通っている大学は、特に何の気無しに適当に決めた場所だ。

 特に夢らしい夢も無く、此の儘行けば会社員にでもなるのだろうと考えて決めた学部で、適当にサボりながらも大学生活を過ごしていた。

 事故以来、親戚等の親類以外では唯一幼い頃より親しかった幼馴染みだけは、近くに住む親戚を頼って暮らしていた一峰兄妹と遊んでくれていたのだが、高校生になると通う学校が違う事もあり、それも疎遠になっていた。


 新しく大学生活が始まって暫く経ち、足りないものが出てきたので買い物をしようとショップの多い駅の近くまでやって来ていた蓮夜だが、ふと()()()が視界に入ったと思った次の瞬間、爆発と衝撃が蓮夜の身体を襲った。

 そして眼を覚ますと、そこには既に地獄の様な光景が広がっていた。


(サイレンが鳴ったって事は……アポトシスが出たのか?)


 アポトシスについて、蓮夜の様な一般市民が知っている情報など高が知れている。


 異界より現れた詳細不明の”人類の敵”。

 現れた時にはサイレンが鳴り、近くのシェルターへと逃げる様にと言われている。

 そして、現れたアポトシスは”オルフェ”と呼ばれる者達によって討伐される。


 その程度だ。


 神出鬼没なアポトシスの出現位置をどうやって感知しているのか。

 一般的な兵器の効かないアポトシスをどうやって倒しているのか。

 オルフェとはどういった者達なのか。

 政府高官等なら知っているのだろうが、蓮夜を含め、多くの人間はそれを知らない。


(……でも、なんでこんな場所に)


 頭が痛い。

 ズキズキと頭の奥で響く様な痛みが絶え間なく続いている。

 しかも首から下は痛覚すら無い。

 首を動かそうにも動かせない。

 辛うじて眼は動かせるのだが、眼が動かせる程度では首の下は見えないし、視界の右半分は真っ暗だ。


「ク……ソっ……助け――ゴフッ!?」


 兎に角声を出して助けを呼ぼう。

 そんな考えから声を出すが、途中で何かが口へと逆流してきたので、その勢いを止められずに吐き出してしまった。


「ゴホッ……ゴホッ!」


 無理して喋ろうとしたからか、徐々に意識が遠くなる。

 瞬きをする度に見える視界が狭くなっていき、意識も混濁していく。

 そんな薄れていく視界の中、日の光を遮る様に影が現れた。


「――い! だい――か!? こ――じゃ、――じま――ぞ!!」


(クソッ……何を言ってるのか……解んねぇ……)


 その影が何かを喋っているのだが、それが何かを聞き取る事も無く、蓮夜の意識は途切れた。






『――ちゃん』


『――だって。嫌だなぁ……』


 まるで走馬灯の様に、情景が浮かんでは消えていく。

 次に浮かんできたのは、懐かしい風景だった。

 幼い頃の記憶。

 失ったモノを思い出したくなくて、心の奥底に仕舞い込んでいた無垢で無知な頃。

 日常を当たり前と享受し、それが砂上の城の如く脆いものであると知らずに過ごしていた頃。

 両親がいて、妹がいて、幼馴染みがいた頃の――自分にとって一番幸せだった頃の記憶。


『――ねぇ、この前出たんでしょ~? あぽとしすだっけ~?』


 マイペースで優しい幼馴染みが不思議そうに首を傾げる。


『うん。……こわいね』


 血を分けた妹が、心配そうに蓮夜の服を引っ張る。

 蓮夜は、妹の頭を撫でながら、自信に満ち溢れた顔で胸を張る。


『だいじょうぶだよ! アポ……何たらが来てもオレがふたりをまもるよ!』


『ホントに?』


『でも……あぽとしすってふつうのぶきじゃたおせないんでしょ?』


 嬉しそうな表情の幼馴染みと、心配そうな妹の頭を、蓮夜はぐしゃぐしゃと乱雑に撫でる。

 それは、不器用だった自分なりの慰めだった。

 大丈夫だよと、俺が二人を守るから安心してという慰めだった。


『ちょっと~レンちゃんかみがくずれちゃうよ~』


『お兄ちゃん。いたいよ~』


『ふたりとも、オレがまもるから! だからあんしんしろって!』


 そう言って尚の事強く二人の頭を乱雑に撫でる。

 二人は蓮夜に対して抗議しながらも、自分の頭を乱雑に撫でる蓮夜の手に、そっと自分の手を重ねる。

 その顔に浮かんでいたのは、嬉しそうな、恥ずかしそうな、そんな表情だった。

 そんな二人を見て、蓮夜は尚の事、幼い正義感と責任感に燃え、心の中で二人は絶対に守ってみせると誓っていたのだった。




『――お兄ちゃん』


 だが、それは過去の話だ。

 その数年後には両親を亡くし、守ると言った妹は数年前、アポトシスに襲われて死んでしまった。

 妹と二人で買い物と称して少し遠くのショッピングモールに買い物に行った時に、見たいモノがあるからと別行動をとっていた時、アポトシスの襲来が重なってしまったのだ。

 だから妹の死に眼には会えていない。

 ただ、国から『妹さんは死にました。葬式や通夜の計画や経費等は全て此方にお任せ下さい』と言われ、それに従っただけだ。

 随分酷い状態であったらしく、顔すらも見れなかった。


 そして蓮夜もまた、妹と同じ様に、アポトシスの襲撃に伴い、死にかけている。


『――て、――て』


 何処かから、声が聞こえる。

 それは懐かしい声だった。

 幼い頃から、ずっと、ずっと聞いて来た声。


『――て、――きて』


 年齢が変わろうが、どれ程時間が経とうが、絶対に聞き違えることの無い声。

 久しく聞いていない、愛する肉親の声。

 思わず涙が出そうになる。

 ――また、聞けるなんて。

 これは、そう大事な、大事だったたった一人の血を分けた妹の、姫菜(ひな)の声で――


「――起きて、お兄ちゃん」


「――っ!!」


 耳元で聞こえたかの様なはっきりとした妹の声に、蓮夜は驚き眼を見開く。

 そして意識が、浮上した。




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