第十五話 初めての実戦3
申し訳ないですが、次話の投稿は翌週の土曜日とさせてください。
時間が無く、一作品しか書けない状態なので、現在毎日投稿中の作品の方を集中して書こうと思います。
「――おおおおおぉっ!!」
ズサン!!
気勢と共にクロガネが振るった葬装”姫金神”が【type:ヘルハウンド】を切り裂いた。
「――――――!!」
言葉にならない悲鳴を上げ、【type:ヘルハウンド】の身体が霧散する。
それを確認して、クロガネは大きく息を吐いた。
周囲には破壊された街灯や、アポトシスに殺され、食い荒らされた人の死体が散乱しているが、周囲にアポトシスはいなくなっていた。
そして遠くから此方を見ていた【type:ボダッハ】の姿も、同じ様にして消えていた。
不思議に思っていたクロガネに、エリナが説明してくれた。
「【type:ボダッハ】は死の予兆よ。死の予兆のある場所に現れ、それが去ってしまえば消えてしまうの」
成程、とクロガネが頷く横で、エリナがヘッドセットに手を当て、報告を行う。
「此方C地点、エリナよ。……シラネ、アポトシスの気配はあるかしら?」
『はい。C地点のアポトシスは全滅しました。ご苦労様でした』
全滅と言う言葉に、一先ずクロガネは安堵し、身体の力を抜く。
だが、エリナとアクルは未だ緊張感を保っていた。
「……他の地点はどうなの?」
『はい。A地点及びE地点、F地点はC地点と同様に全アポトシスの消滅を確認。B地点も間もなく殲滅完了すると思われます。現在増援として最も近いA地点のオルフェが救援に向かっていますので、皆さんは帰還して構いません』
シラネの言葉を聞いて、漸くエリナ達も力を抜く。
「わかったわ。……報告終了」
エリナはそう言ってヘッドセットに当てていた手を離し、クロガネ達を振り返ると、
「……さ、帰りましょうか」
そう言って笑みを浮かべた。
「よう。遅い帰還じゃねぇか」
オルフェの居住区である”墓場”まで戻ってくると、クロガネ達を上官であるミカヅチが出迎えた。
出口と繋がっているラウンジで、深く椅子に腰かけ煙草を吹かしながら手を上げる。
エリナはその姿を見て少しばかり溜息を吐くが、四条博士に対して行ったのと同じ様に注意する様な事はしない。
エリナは再度溜息を吐くと、気を取り直してミカヅチに尋ねた。
「……で、何の用ですか?」
エリナの質問に、ミカヅチも要件を思い出したのか煙草を口から離し、
「――っと、そうだったそうだった。……クロガネは此の後特別研究室に行って検査を受けてくれ。三条博士がそこで待ってる。……さっき行った部屋の場所、覚えてるか?」
ニカリと笑いながらクロガネに聞く。
その眼は絶対覚えてないだろうことを想定している様な顔だった。
とはいえ、実際クロガネは覚えていない。
というか、あの様な迷路染みた場所の道筋を覚えているエリナ達の方がどうかしている。
「……覚えてないです」
クロガネは悔しそうにそう返すと、ミカヅチは意地悪く笑ってエリナに目配せする。
「だろうな。……という訳で、エリナはリーダーとして責任もってクロガネを連れてってくれや」
「わかりました。……さぁ行くわよ。クロガネ君」
基本的に真面目なのだろう。
エリナは頷くと、クロガネを促して歩き出す。
「お、おう」
クロガネもそれに遅れない様にと、ミカヅチに軽く頭を下げて歩き出した。
相変わらず迷路の様な廊下を歩き、三条博士の待つ研究室に向かう途中、クロガネは先程から気になっていた事をエリナに尋ねる。
「そう言えば、四条博士には煙草の事注意したのに、どうしてミカヅチさんには何も言わなかったんだ?」
エリナは歩く速度を落としてクロガネの横に並ぶと、クロガネの質問に答える為に口を開いた。
「前にも言ったと思うけれど、オルフェには煙草は嗜好品という事実以外全く意味ないのよ。……オルフェは体内に宿るアポトシスによって、本来ならば人間に害のあるありとあらゆる物質を無効化してしまうの。勿論、煙草が人体に及ぼす悪影響も、オルフェには効かない」
オルフェは病気にならない。
それは、体内のアポトシスが、オルフェの身体の中にある、または侵入した有害物質の悉くを食べてしまうからだ。
オルフェはそもそも死人。その身体は”生きていない”。
故に、食事をして取り込んだ『食べ物』すら、異物と認識してしまう。
それ故にそもそも病気になる筈も無く、病原菌が繁殖する筈もない。
そして外傷すらも、致命傷でなければ、ある程度の時間経過によって治癒してしまう。
オルフェが死ぬ理由は一つ。
『アポトシスに殺される』だけだ。
「……成程」
クロガネはエリナが注意しなかった理由を察する。
つまり四条博士を注意した場にはオルフェではない四条博士がおり、先程はオルフェしかいなかった。
彼女は純粋に、四条博士の身体の健康を心配したのだ。
あの様子では、四条博士は相当なヘビースモーカーだろう。
そして、眼の下の濃いくまから見て、睡眠も足りていないお手本の様な不健康体である。
基本的に真面目な彼女は、自分が死人であり病気や寿命という心配がないからこそ、生者である四条博士を心配しているのだろう。
ここ数日で、彼女が面倒見の良い性格である事も、クロガネは知っていた。
「……まぁ、『余計なお世話』であるという事も理解しているし、あの人が他人の忠告を聞く様な人ではないと知っているけれど」
そう言ってエリナは肩を竦める。
どうやら、彼女の注意は聞き入れられた事がない様だ。
そんな風に話をしていると、何時の間にやら特別研究室まで到着していた。
「――失礼します」
エリナが先頭で部屋に入り、クロガネもそれに続く。
「やぁ、来たね。待ってたよ。……」
二人の入室に気付き、広い部屋の端で装置と睨めっこしていた三条博士が椅子を動かして向き直る。
「来ましたけど……今回はなんで呼び出されたんすか?」
クロガネが近寄りながらそう聞くと、三条博士は機材を弄りながらも答える。
「ん? ……うん。初めての実戦を終えた状態での葬装と君との適合率を調べておきたくてね。何せ一度戦い終えて適合率が下がった、上がったなんて良くあることだけれど、それが意外と君達オルフェの戦闘力に直結する程の重要事項だからね――っと」
カタカタ、と三条博士が装置に接続されたキーボードを叩くと、部屋の中心に台座が上がってくる。
そこに、最初と同じ様に”姫金神”を置く。
「じゃ、手を触れた儘でいてくれ」
三条博士が装置を動かすと、装置が稼働しだし、”姫金神”を調べ始める。
「……ふむ……適合率は八十四パーセントか。……使用し始めてまだ浅い現状での適合率としては随分と高いね。……ふむ、ふむ。……」
カタカタとキーボードを叩きながら、クロガネが見ても何が何やらさっぱりな画面を見ながら一人で驚いたり納得したり喜んだりと百面相を繰り広げているのをただジッと待つ。
「……ふむ。有難う。……適合率としては十二分だね。これからも”姫金神”を使い続けてくれ。一度この子は預かるよ」
やがて顔を上げた三条博士は、いつも通りの笑みを浮かべる。
「さ、今日は疲れただろう。……いつアポトシスが出現するかはわからないけれど、一度ベッドに横になると良いよ」
「わかりました。……失礼します」
クロガネはエリナと共に特別研究室を辞し、自室に戻って横になると、やはり精神的には疲れていたのか、意識を失うかの如く眠りについたのだった。