第十四話 初めての実戦2
オルフェの拠点である研究所のオルフェ居住区格、通称”墓場”から出る際にヘッドセットが配られ、それを装着する。
そして、首輪に内装されている針を突き刺す事で体内のアポトシスを活性化し、身体能力が上がったクロガネ達は全速力でサイレンが鳴り響く中、大通りを駆け出した。
既に街には人の気配は無く、出現区域から遠いので、どうやら多くの人間が家や、近くのビル、シェルターに避難したようだ。
大雑把な位置は知らされている為、とりあえずはその方向に向かう。
『――エリナさん、アクルさん、クロガネさん。聞こえますか?』
その際中、ヘッドセットからノイズが漏れ、急に若い女性の声が聞こえてきた。
突如聞こえてきた声に、クロガネは思わず肩をビクリと揺らす。
エリナは驚いていない様子で返答を返す。
「――えぇ、聞こえているわ!」
『クロガネさんは初めましてですね。オペレーターの”シラネ”と言います。貴方方の班のオペレーションを担当させて頂きます。作戦行動中は私の指示になるべく従って下さい』
「あ……あぁ」
シラネの言葉に、クロガネは頷く。
『――では、これよりオペレートを始めます。……現在、アポトシスは都内近郊の五ヵ所に出現。皆さんには最も離れたC地点に向かって頂きます。C地点に出現したアポトシスは小型・中型で、数は少ないですので、班を編成したばかりの皆さんでも難しくはないと思います』
「わかったわ。……シラネ、ナビゲートを宜しく」
『はい。お任せ下さい』
クロガネ達は、シラネの指示に従って、アポトシスの出現地点へと向かったのだった。
「……こりゃ酷いな」
クロガネ達が任されたアポトシスの出現地点であるC地点に到着したクロガネは、思わず苦虫を噛み潰した様な表情で呟いた。
クロガネの目の前に広がるのは、避難に間に合わずアポトシスに殺されてしまった人間の――しかもクロガネと同じ様に【type:ヘルハウンド】に食わたと思われる無惨に食い散らかされた――死体だった。
その周囲には群がる様に大量の影の様な小型アポトシス【type:ボダッハ】が、ジッと佇んでおり、不吉さを醸し出していた。
写真で見る以上に、日常の景色の中にいる幾つもの影の様な黒い人型というのは、想像以上に不気味である。
小型・中型のアポトシスのみの出現だった為ビルの倒壊はなかったらしいが、それでも目の前に広がる凄惨な有り様に、思わず胃から食べたモノが逆流してくるのを我慢する様に口を押える。
「クロガネ君」
「――っ! あ、あぁ」
エリナに肩を叩かれ、クロガネは目の前の光景に集中していた事に気付き、慌てて口に当てていた手を離し、返事をした。
「まだアポトシスは討伐されてないわ。……今は集中して。でないと、貴方が死ぬわよ」
エリナは心配そうにしながらも、戦場であるが故に厳しい言葉を掛ける。
「お、おう」
エリナの緊張感を孕んだ忠告に、クロガネは真剣に頷いた。
そこに、アクルがやって来て、エリナに報告する。
「……エリナ、この近くにはいないようです」
「そう。……シラネ、其方はどう?」
ヘッドセットを抑え、エリナがシラネに尋ねる。
『そう……ですね。この付近には【type:ボダッハ】しかいないようですね。……近くにも反応がありますので、其方に向かいましょう。……ここより南西です」
「「「――了解」」」
三人は頷いて、急いで移動を開始した。
クロガネ達がシラネの指示通りに向かうと、そこには小型のアポトシスが複数いた。
「「「「――アハハハハハハ!!」」」」
聞くに堪えない奇怪な言語で笑い合唱する手の平サイズのアポトシス。
尖った耳に横に大きく開いた口、眼は白く、手や足は悪魔の様に鋭く醜い。
背には蜻蛉を思わせる羽を生やし、不快感を掻き立てる羽音をかき鳴らす。
生者であれば、笑い声を聞いた瞬間狂ってしまうと言われているアポトシスの中で最も小さな体躯の予兆型アポトシス【type:ピクシー】。
二足歩行の爬虫類を思わせる姿に、その腕についた刃を使って獲物を仕留める死神、汎用型アポトシス【type:リーパー】。
そして少し大きな、背に触手を生やした犬の姿を持ち、死体だろうが生者だろうが食い散らかす貪食の狩人【type:ヘルハウンド】。
合わせて二十程度の小型のアポトシスが、街中を闊歩していた。
そして、予兆型アポトシスの【type:ボダッハ】も遠くから此方を見る様にゆらゆら揺れていた。
どれも人間と同じか、それ以下の大きさで、大した強さではないが、クロガネはにとっては初めての実戦である。
物陰に隠れて様子を窺うエリナが、剣を握りしめながら問う。
「……クロガネ君、いよいよ戦闘開始よ。……準備は良いかしら?」
エリナの質問に、クロガネは頷く。
確かに緊張はするが、ここまで来て今更後には引けない。
もう覚悟は――決めていた。
「……では、先ずは私が行きます。……エリナ達は暫く待機していて下さい」
アクルが、自身の武器であるリボルバー型の葬装”女王宣告”の弾倉を外して中に弾丸が込められている事を確認し、元に戻す。
「えぇ、任せるわ」
「……(こくり)」
エリナに対して無言で頷き、アクルは身を翻して壁から飛び出し、
「【我が命に従え】。――”女王宣告”」
祈る様にリボルバーを胸の前に掲げ、そう静かに紡ぎ、腕を突き出して狙いを定め、弾丸を放つ。
音は立て続けに二つ。
アクルの手に握られた銃から放たれた弾丸が、二体の【type:リーパー】の額に命中した。
「「――!!」」
銃弾の当たった【type:リーパー】達が、悲鳴を上げて上半身を仰け反らせる。
だがそれも一瞬で、銃弾が当たった【type:リーパー】達は、まるで人形の様に動きを止めた。
そして、遠くから小さく、しかし何故か響く声でアクルは命令を下す。
「――【行きなさい】」
二体の【type:リーパー】は、アクルの命令に従う様に、その腕に生えている刃を振り回し、アポトシスの群れに突っ込んだ。
【type:リーパー】達の振り回す刃が、何体もの超小型の【type:ピクシー】の身体を容易く切り裂く。
「「「「――キャアアアアアアアァァァァ!!」」」」
切り裂かれた【type:ピクシー】が、悲鳴を上げて影形もなく消失していく。
【type:リーパー】達が暴れる中、アクルもまたリボルバーの引き金を引く。
「クロガネ君。行くわよ!」
アクルの戦う姿に圧倒されていたクロガネをエリナが叱咤し、飛び出していく。
その速度は風の様で、流れるようにして【type:ヘルハウンド】を貫いた。
血の様なモノが吹き出し、エリナに掛かるが、突いた本人はそれを構う様子もない。
「――よし、俺も!!」
クロガネもまた、恐怖や不安、緊張感を押し殺し、隠れていた壁から飛び出して近くのアポトシスへと肉薄した。
「――おおおおおぉぉぉっ!!」
最も近くにいた【type:リーパー】に近付き、気勢と共に一層輝きを放つ”姫金神”を振りぬく。
袈裟斬りされた【type:リーパー】は、まるで蜃気楼の様に消失していった。
アポトシスを”斬った”感覚は――感じられなかった。