第十話 武器
「さ、持ってご覧。今日からこの子が、君の相棒だ」
三条博士の言葉に従って、クロガネは目の前の”葬装”と呼ばれる黒い剣を恐る恐る手に取り、握る。
その瞬間、
ドクン!
心臓が跳ねる。
「――っ!?」
突然の事に、クロガネは息を呑む。
ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!ドクン!!
死んでいる筈なのに、まるで緊張しているかの様な速度でクロガネの心臓が鼓動し、全身の血管が熱く脈動し、血が全身を駆け巡る。
全身が、クロガネにこう訴えている様だった。
殺せと。
アポトシスを殺せと。
守れと。
守るべき者を守れと。
それは今まで戦ってきた歴代のオルフェ達の執念と意志だろうか、それともクロガネ自身の意志なのだろうか。
アポトシスに対する敵愾心と憎悪、そして何か得体のしれない感情がクロガネを突き動かそうとする。
そんな感覚に陥る。
剣もそれに応える様に、黒の中に浮かび上がる発光する緑色の線が、まるで心臓を打つ様に脈動し、より一層輝きを放つ。
「……っ! これっ……はっ!!」
思わず、剣を持った儘二・三歩程後退りしてしまう。
チープな表現だろうが、自分が自分でなくなる感覚。
それはこんな感覚なのだろう。
それに加え、始めて触れた筈なのに、まるでスポーツ選手が長年愛用している道具を手に持つにも似た感覚があった。
「……やはり基準値よりも適合率が高いみたいだね」
「そうだな。事前にわかっていた通り、随分と適合率が高い。……いや、寧ろこれ程高いのは私も初めて見るぞ」
そんな三条博士の呟きも、四条博士の興奮した声も、今のクロガネには聞こえない。
ただ自分の中から湧き上がってくる力を外へ発散するだけで精一杯だった。
大きく息を吸い、吐き、それを繰り返す。
どれ程続けただろうか、漸く落ち着いた頃、三条博士が話しかけてきた。
「…………落ち着いたみたいだね」
「え……えぇ、何とか」
まだ荒い息を繰り返すクロガネだが、三条博士に頷き返す位には落ち着きを取り戻していた。
「……それが君の武器。銘は”姫金神”。――犯すモノに対して七殺を科す、方位神の名を冠する葬装さ」
「……”姫金神”」
妹の名と一文字被りという点で何処か親しみを持てる相棒を、クロガネは改めて見下ろした。
そんなクロガネの視線に応じる様に、”姫金神”もドクンと一度緑色の光が輝きを放った。
「――さ、じゃあ使い勝手を確認しようか」
仕切り直す様に言った三条博士が再び部屋の端にある装置を動かすと、それまで”姫金神”が置かれていた台座が再び床下に戻っていき、変わりにクロガネの身長程もある箱の様なモノが現れた。
そしてそれに四条博士が近付き、箱に備え付けてあった装置を弄ると、ガシャンという音を立てて箱の横が開いた。
その中から、四足歩行の黒い犬の様な何かが四体程現れた。
犬のようであるが、その背には触手が生え、舌がだらしなく垂れ下がっている。
その”何か”はヨタヨタと歩きながら周囲を見回すが、此方を見る事も無く静止した。
「……これは何ですか?」
生きてきた中でも見た事のない奇怪な、それでいて薄気味悪い存在を前に、クロガネは三条博士達に尋ねる。
「……【希望】から生み出された人造アポトシスって奴だよ。安心してくれ。見た目はあれだけど、中にある装置によって此方の命じた儘に動く人形みたいなものさ。こういった訓練とかに使われてるんだ。姿としては小型アポトシスの一種の姿を模しているんだ」
「……もしかしてアポトシスって外見的にこんなのばっかなのか?」
「そうね。……余り良い趣味の外見とは言えないわね」
顔を顰めるクロガネの疑問を、エリナが肯定した。
エリナも苦虫を噛み潰した様な顔をしているのを見ると、どうやら事実である様だ。
五年もアポトシスと戦っているエリナであっても、これらの外見は醜悪に映るらしい。
「じゃ、始めるよ」
三条博士の声と、プシュッという気の抜けた音と共に一瞬の鋭い違和感が首に走る。
首につけられた装置が、何かした様だ。
恐らく、針か何かが突き刺さったのだろう。
その途端、力が湧き上がってくる。
「……これは?」
手を握ったり開いたりと自分の身体がどうなっているのかを不思議そうに確かめながらのクロガネの疑問に、三条博士が答える。
「オルフェが半アポトシスであるという話はしたよね? 君の身体を傷つける事によって、君の身体の内にいるアポトシスを活性化させるんだ。それによって君達は普段は無意識で封じている、常人では考えられない程の身体能力と超能力を解放出来るんだ」
アポトシスの負傷に対する活性化が、オルフェを常人ならざる存在へと押し上げる。
つまり、人間もどきから化物へ。
常人ならざる超人へ。
クロガネは初めてオルフェとして本当の覚醒を果たしたのだ。
並みの兵器では太刀打ち出来ないアポトシスという存在に、唯一対抗出来ると言っても良いオルフェという存在が、人間程度の身体能力な訳が無いのだ。
それをクロガネは身をもって理解した。
今の自分なら、小さなビル程度ならば余裕で跳躍出来そうな程に身体は軽いし、車と衝突しようとも受け止められる程に身体に力が漲っていた。
確かに、これならばアポトシスと戦えるだろう。
「……さ、先ず大事なのは君が君自身の能力を知り、”葬装”の能力を使いこなせる事だ。どの様に使うのかというのも個人で違うから、感じ取って貰う事しか出来ないんだけどね。ただ、”姫金神”の能力は調べて分かっている。……能力は【変化】だ」
三条博士曰く、アポトシスには種類と言うモノが存在し、その姿や能力は千差万別なのだそうだ。
火を吐く種類もいれば、空を飛翔する種類もいる。
ただ力が強い種類もいれば、異常な再生能力を持つ種類もいる。
それと同様に、オルフェにも個人別に能力があり、それもまた千差万別なのだそうだ。
そして、そんなオルフェが使う葬装もまた、同様なのだ。
だが、オルフェとしての能力も葬装の能力も、個別であるが故に、使い方を先にオルフェとなった者に教わる事が出来ず、色々やっていく中で感じ取るしかないのだという。
「……つまり、俺にもこれにも能力があるんすね。――って事はエリナも持ってるのか?」
クロガネの問いに、エリナは頷いた。
「勿論。私にも、そして私の葬装にも能力があるわ。ミカヅチさんやツバキさんもね」
成程、とクロガネは頷き、未だ動かぬ人造アポトシスの方を向いた。
兎に角、目の前の人造アポトシスと戦ってみるしかないらしい。
剣など振った事も無いが、不安はなかった。
それだけ、何故かこの葬装に対しての安心感があったのだ。
三条博士が機械を弄ると、それに応じてか人造アポトシス達がクロガネの方を見、低く唸り始める。
「……先ずは自分の能力を知る事、使えるようになる事、か」
クロガネは不格好ながら”姫金神”を構えた。
次話は土曜日に投稿する予定です。