邂逅
昼過ぎのカフェは昼ご飯を食べに来た人々で溢れかえっていた。様々な声がぶつかり合い砕け、何を喋っているのかも分からなくなっていた。
アリスは細い指でストローを摘み、アイスコーヒーをかき混ぜる。氷が涼やかな音を立てた。
着崩したスーツをまとったハイジは、まるでオーケストラの中に身を沈めているかのような心地よい笑みを浮かべ、小舟でたゆたうように揺れていた。
彼が少しずれたテンガロンハットを直すと、ご機嫌口調で「ふーむ、いいね」と言った。
その口ぶりにアリスは、怪訝な表情を浮かべる。
「なに?」
アリスは首をかしげた。スーツの袖を少しだけめくり、時間を確認する。昼過ぎで、会って一時間ずっとこの調子である。こちらの問いかけにも一切の無視を決め込み、ひたすら彼は彼の世界に飛び込んだまま帰ってこない。
こちらも黙りを決め込み、一時間後ついに放った言葉がまた意味不明なもので、アリスは溜まりに溜まった怒りが無意識に口から吹き出したのだ。
ちょうど、膨れ上がった風船の口を開けると強制的に空気が排出される行為と同じように。
「いや、綺麗な音だなーって。ほら氷ってさ繊細で儚いよね」
「不気味ね。今日のあなた」
アリスはストローをくわえた。口の中にほろ苦いコーヒーが広がる。鼻から抜ける焙煎された豆の香りに少し落ち着く気がした。三杯目のコーヒーである。
「不気味って、それはすごく傷つくな。気持ちは詩人のつもりだったんだけど。そんな君はえらくお怒りのようだけど」
「そこが不気味なのよ。だいたい呼び出しておいて小一時間黙りを決め込まれる身にもなってよ」
「ああ、こりゃ失礼。タイミングを見計らってたんだ」
「タイミング?」
「そそ、物事は全てタイミングが命なんだ。例えば君と僕が出会えたのもタイミングだし、こうして僕の仕事を手伝ってくれるようになったのもまたタイミングだ。ある日口説いた女に振られる日もあれば、たまたまタイミングよく彼氏、旦那とケンカして、その子をいただけちゃう日もある」
「例え話が最低ね」
そう言ってアリスは立ち上がる。
「トイレは奥だからね」
ハイジはそう言って、トイレの方を指さした。
突如、店の端のテーブル席で大きな音がした。
金髪の若い男が怒声を発しながらテーブルを叩いた。
向かいに座っているのは、線の細い髪の長い男だった。指先までスッポリと覆う紫色の長袖のシャツ。病的な目の窪みは虚ろに金髪の男を見ていた。
ハイジは気だるそうに腰を上げて、帽子の位置を整えながらゆっくりと渦中に向かい歩き出した。
「はいはいはーい、特殊治安維持部隊です」そう言いながらバッジを見せた。
金髪の男はそのバッジに怯む。
髪の長い男は座ったまま見上げた。
「とりあえず、連行しちゃうね。さあ二人共立ってたって」
そう言って手錠を取り出し、二人を繋いだ。