序章4
それを見た男は狂ったように叫ぶ。
「話す、話す。全部話す。だから殺さないでくれ頼む。俺にはまだ小さい弟がいるんだ! どうやっても養わなくちゃいけねぇ!」
「分かったわ。じゃあ教えて頂戴。いつどこで、誰に頼まれたの?」
「誰かは分からねえ。名前を聞かされてない。ただ、依頼を受けたのは――!」窓ガラスが割る音が聞こえてきた。ここで赤髪の意識は奪われた。
アリス達は咄嗟に窓からの死角――部屋の隅――へ身を隠した。
目の前で赤髪か銃殺された。
続いて間髪入れず、赤髪の後ろで倒れていた二人にも銃弾が当たり、まるで魚のように一度大きく跳ねて、動かなくなった。
「ハイジ」
「うん。ずっと誰かにつけられてたって事だろうね。そこの三人はフェイク。ただ向こう僕達を殺す気は無いから、警戒はしなくて大丈夫だよ」
そう言ってハイジが死体の元へ近付いていく。
「なんで殺す気がないって言いきれるの?」
アリスも続く。
ハイジはこちらを向き指で銃の形を作り自分のコメカミに突きつけた。そして彼はおちゃらけた顔で「バーン」と言い、
「もう死んでる」と、少しあくどい笑みを浮かべた。
「……そうね」
アリスは少しの間を開けて肯定し、赤髪の後ろの遺体へ近づきズタ袋を外した。銃弾は綺麗に頭を撃ち抜いている。
「向こうが一枚上手だったってことね」
アリスはため息混じりにそういって、窓際に近付き顔だけを覗かせて外の様子を確認した。
「うん、そういうことだろうね。せっかく用意したのに、これじゃ生レバーとか血糊じゃなくても良かったじゃないか」
ハイジは冗談めかした口調で言った。
アリスは赤髪ではない。二人のズタ袋を脱がして傷口を確認した。そして周囲を見渡し床についているであろう弾痕を探したが、見当たらない。
頭を持ち上げた。べっとりと広がる血の海に、窪みが一つあった。
「一応聞くけど、何か恨まれる様なことは?」
「ははっ。特治(特殊治安維持部隊)で勤務してたら恨みなんか日々買いまくってるさ。まあもっとも、それ以外の事でも僕はいっぱい恨まれてるよ」
ハイジの方に振り返る。
「例えば?」
「女性関係とか」
アリスは視線を赤髪の死体に戻して傷口を確認した。
続いて赤髪の顔を上げて床にめり込んだ銃痕を確認する。
死体の場所、床の銃痕。これらを直線で結ぶと、かなり高度からの発砲になる。しかし、周りにはこのビルより高い場所は存在しない。あるとすれば空。
「ちょっと、無視は傷つくな。これでも意外にモテるんだよ。この観察力でどんな女性のハートも一網打――」
「ねえ、ハイジ」
「……ん?」
「例えば、ヘリコプターに乗ってさっきの速度で間髪入れず三人をほぼ同時に、しかも百発百中で頭を狙って仕留めるなんて事は可能?」
「んまあ、可能性で言えば出来るけどヘリコプターみたいな揺れる足場でそれは、ほぼ不可能なんじゃないかな」
「そうよね……」
「うん分かるよ。弾痕とかの角度から見て射撃ポイントはどう考えても空の上だって言いたいんでしょ? でも射撃速度の問題は腕利きのスナイパーを三人用意すればオーケーじゃない」
「ええ。じゃあこれは?」
アリスは遺体の赤い髪を捲り傷口をハイジに見せた。そこには傷口を中心にして、小さな紋様が広がっていた。