序章2
あくまで平静を装い、カバンの中の拳銃に手を伸ばす。いつでも引き金を引けるよう、セーフティを外す。
「やっほーアリス。どこ行くんだい?」
勢いよく肩を抱かれた。
「ハイジ!?どうして?」
「うん。どうしてもこうしても、いきなり家飛び出したんだもん。すっごく心配したよ」
ハイジはわざとらしい位の大声で言った。そして、空いてる方の手で指を三本立てて、すぐに引っ込めた。
尾行している人間の数。
彼は携帯を取り出す。
「いやー、さっきは悪かったよ。これからはゴミ出しは僕が全て請け負うよ。だから君はこれからも美味しいご飯作っておくれ。ほら仲直りの記念撮影だ」
そう言って、携帯を高く掲げて写真を撮り、画面を見せた。そこには自分たちの頭頂部が少しと、後ろの人混みの写真が表示されていた。
「よく撮れてるだろう?――まず、真ん中の赤い髪――」
前半を大きな声で、続いて後半をアリスにだけ聞こえるような声で喋った。
「え、ええ、そうね」
「うん、どうだろう。これから良ければ仲直りのランチでも――その少し左のボサボサの髪。二人の後方にいる金髪の女――」
「ランチね、なら静かな所で美味しいパスタが食べたいかな」
「オーケーオーケー。アリスはオシャレだね。んー……」ハイジはポケットに携帯を入れ、まるで今から即興でデートプランを組み立てるように、わざとらしく唸り、顎を指で摘んだ「――ずいぶんと尾行が荒い。視線の位置。足運び、相当緊張してるんだろう。呼吸がすごく乱れてた。小銭で雇われた素人チンピラって所だな――」
アリスは口角を上げた。桃色の艶やかな唇から、甘い声で、
「安っぽいのはキライよ?」と、告げた。
「はっは。ノッてきたね。オーケーじゃあ僕のとっておきに招待しよう。こっちだ」
そう言って、ハイジが大通りを避けた路地にアリスをエスコートした。
「おーい」
今までも上手いこと立ち回って来たつもりだった。
薬の運び屋、取り立て屋、裏稼業と言われる仕事を卒なくこなし、仲間内やその筋からは赤髪の愛称で通っており、自分は器用に何でも出来る人間だと思っていた。
だから、特殊治安維持部隊。公の活動報告はメディアに一切上がらない政府公認の殺し屋と揶揄されるような、更に闇の深い職業の人間を尾行し、抹殺するのもお手の物だと思っていた。
「おーいってば、起きて」
ターゲットの男女が仲良さげに路地裏に入っていく。続いて、路地裏に駆け込む。
警戒心の欠片もなく、案外あっさりと片付けられそうな仕事に、午後からの時間をどう有意義に使うか考えていた。
しかし、人通りの少ない路地に二人の姿はなく、気付ば後頭部に痛みを覚え気絶していた。
「おーい、赤髪君」
そう、自分はいつの間にか気絶して、手足を結ばれ座らされていたと、気付かせてくれたのは、間の抜けた男の声であった。