お父さんはキャンプに行くぞ(3)
杞憂であればいい。過度に心配し過ぎているのも分かっている。
とりあえず追いかけようと礼二が足を踏み出しかけた矢先、ポンと誰かの手が肩に置かれた。振り返ってみれば、緩やかに首を左右に振る遠藤父。
「子供の自主性は大事にしてやらんとですよ。子供ってぇのは全身を使って危険を学ぶ生き物なんですから。大丈夫、ここは人目もあるし危険な崖もない。この先にあるのはせいぜい浅瀬の河原程度ですよ。」
豪快に笑う姿に気持ち程度の相槌を打つと、改めてその姿を目を細めながら見つめる。
鍛えられたというよりは見た目を重視したかの様な筋肉の付き方。いざというときの俊敏性は期待出来ない。
殴り合いの喧嘩…なんてしたこともないだろう。もし取っ組み合いの事態が発生した場合、僅かな躊躇が命取りになる。彼では駄目だ。それから…
(…暑苦しいな)
礼二はうっかり無意識下で相手の力量を測っていた。
とはいえ確かにこのキャンプ地は危険が少ない。それはキャンプの話が出た時から今日までにリサーチ済み。となれば息子の友人の父親の意見も少しは取り入れるべきだろう。礼二は自分にそう言い聞かせ、精一杯の笑みを浮かべながら「そうですね」と渋々答えた。
******
その頃光達はというと。光はキャンプ地に建てられた案内看板を頼りに、友人と共に河原に向かって歩いていた。
「悪い…変な父親で。」
駆け出して以降不機嫌な面持ちだった光が急にそう漏らすと、翔君は慌てて首をブンブンと左右に振り、少しだけ歩を早めて光の前に出る。
「むしろ僕は光が少し羨ましいけどなぁ…。」
そう言いながら人工的に造られた石の階段を降り、河原に足を踏み入れると靴を脱ぎ始めた。
「うちの父さんは僕が怪我した時に『男はわんぱくなぐらいで丁度いい』って笑っちゃうような親なんだ。心配じゃないのかなって思っちゃうよね。違うのは分かってるけど…」
光も同じく靴を脱ぎながら横目でそう呟く姿を見遣る。自分が怪我をした時、父親はどんな反応をするか?…なんて想像は実に容易かった。
きっとカッターで指を小さく切っただけでも礼二はパニックになって、包帯で分厚くぐるぐる巻きにし、尚且つ無理矢理おんぶで病院に連れて行くのだろう。泣きながら医者に“自分の命はどうなっても構わないから光を助けて下さい”等と縋り付き、その姿に呆れる医者の顔まで容易に想像出来た。
かなり恥ずかしい。恥ずかしいけど、心配してくれるのは嬉しい事なのかもしれない。それは少しは認める。少しだが。
(さっきはまぁ…ちょっと言い過ぎたかな。)
光は小さく心の中で礼二に謝罪した。
宣言通り魚を採って帰ろうと足元が僅かに浸かる程度の川に入って数十分。河原で見付けた壊れかけの虫かごを入れ物代わりに、何度も小魚を掬い揚げようと試みるも収穫はゼロ。当然かとお互い顔を見合せ溜息を吐くと一旦水から上がり、光は河原にドスンと腰を降ろした。
「あーあ…なんで釣り道具持って来なかったんだよ…。そしたら釣り場に行けたのに。」
「光が急に僕の手引っ張って連れて来たんだろ!カゴ見付けただけでも評価してよ。」
ごもっとも。光はガシガシとばつの悪い面持ちで眉を潜めながら頭を掻きむしった。
『魚採ってくるから!』
…等と偉そうに宣った手前、すごすごと帰るのは何だか恥ずかしい。プライド的に。
「帰ろうよ光。僕、お腹空いちゃった。」
「う…ん……」
歯切れ悪くそう同意しかけた矢先、不意に一人の青年が光達に近付いて来た。