お父さんはキャンプに行くぞ(2)
キャンプ地に着いたのは予定よりも数時間遅れの昼下がり。夏休みとあってかいつも以上に渋滞する県道に車はなかなか進まず、遊びたい盛りの少年二人は暇を持て余し、遂には後部座席で寝てしまっていた。
礼二は二人の頬を軽く叩いて起こしながらあどけない寝顔に思わず笑みをこぼし、早速キャンプ地にテントを張るべく荷物を降ろし始める。すぐに翔君の父親も合流し、まずは場所を確保するべく地面の小石や草などを簡単に退けていく。
ふと礼二はまだ眠たげな光達を手招くと視線を合わせるべく中腰になり、自身の膝に手を置くと神妙な面持ちで徐に口を開いた。
「光君、翔君。パパ達がテントを張るまではウロウロしちゃ駄目ですよ。出掛ける時は必ず僕に声を掛ける事。」
「…何だよいきなり。」
「歩く時は足元をちゃんと見て転ばないように。あと、少しでも怪我したら放置せずにすぐに僕を呼んで下さい。」
「………。」
「それから知らない人に声をかけられても絶対無視して下さい。もし不審者だった場合は下手に向かっていかずにコレで僕を呼んで…」
「ちょ…ウザい。」
予想通りというか、礼二の心配性はここでも健在。どこで用意したのか小豆大の発信器らしき物をベルトに取り付けられ、続いて携帯をしっかりと握らされる。ふと礼二の背後で地面に釘を打ち付ける逞しい友人の父親が視界に入った。向こうはここでも頼れる格好いいお父さん。一方こちらはといえば、まるで口煩い母親…一層情けなく感じた。
「光君、ちゃんと聞いてますか?山とはいえ外は危険だらけです。『自分だけは巻き込まれない』なんて事は絶対にないんですよ。」
「あー…もう…っ。分かったって!子供扱いすんなよな!」
再び言い聞かせ始めた礼二に対し、半ば吐き捨てる様に言い返すと光は友人の手を取り駆け出した。
「夕方には戻る!魚採ってくるから!」
手伝わせる気は確かに無かったが、着いて早々二人だけで遊びに行ってしまうのは予想外。愉しげにテントを広げる遠藤父を横目に溜息をつき、腰に手を宛てると光の去った方向を見つめる。
「……ったく…分かってないな。“あっち側”の人間は簡単に子供を事件に巻き込むし、目的の為なら子供だって殺せるんだよ、光。」
礼二は小さく呟く。
かつて自分がそうだったのだ。だからあちら側…裏稼業側の人間の気持ちが良く分かる。そして、だからこそ一旦守る側に回ってしまうと、そういった人種の存在が死ぬ程恐ろしかった。
彼等は簡単に自分の大事なものを奪える。死ぬよりも辛い事がこの世にあるなんて、当時の礼二は知りもしなかったのだ。
一般人側になってもまだ、自分や光の側には何か目に見えない大きな闇があるような…そしてその大きな穴にいつか光が落ちてしまうような…そんな不安が常に礼二に付き纏っていた。