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お父さんは家庭訪問に備えるぞ


 これは光が6歳の頃の事。学校からこんなプリントがやって来た。


“家庭訪問のお知らせ”


 ついにこの時が来たか。礼二は子供の成長を今更ながらに噛み締めつつ、おもてなしはどうするかと思考を巡らせ…不意に思考を止めると家中を見渡した。

 家の中にはありとあらゆる自分の武器がコレクションされており、とてもじゃないが人様にお見せ出来る状態ではない。期日は3日後…それまでに全て片付けなくては。


 一方、光は初めての家庭訪問にワクワクと胸を踊らせていた。自分の担任が我が家に来るのが、何だか特別な事のように思えたからだ。


 それぞれの思いが交錯しつつ、その夜は更けていった。



 という訳で3日目の夕方。



 チャイムが鳴ると同時に綺麗な女の教師…と一緒に何故か光の同級生が数人、玄関先に立っていた。女教師によると家庭訪問の先から着いてきてしまったのだという。


 予定外の展開に礼二はヒクッと口端を引きつらせながら、とりあえず居間に全員を通す。教師だけでなく、子供達の動向も見張っていなくてはならなくなった。子供という生き物はすぐに物を漁る…絶対に自由にしてはならない。





 居間に通すと礼二は教師に日本茶、子供達にリンゴジュースを振る舞う。先程までの警戒心はどこへやら…一転して礼二はニコニコと上機嫌に光の頭を撫でていた。


「光君は明るくて元気なクラスのムードメーカーですよ。勉強も良く出来て大変お利口さんです。」


 我が子を褒められて悪い気はしない。“俺の子なんだから当然だ”なんて内心満足げに頷き、逸る気持ちを落ち着けるべく眼鏡を外してそわそわとハンカチで眼鏡を拭いた。


 ここまではつつがなく家庭訪問は経過していた。ところが、


「せんせーぼくの部屋に来てー!あのね、宝物見せたげるっ。」


 突如光が教師の腕を引き、自分の部屋へと案内し始めたのだ。


 子供というのは不思議なもので、何故か教師に自分の部屋を見せたがる。この頃の光は礼二と同じ部屋で生活していた。つまり、光の部屋=礼二の部屋…そして困った事に、礼二の部屋には家中の銃やナイフのコレクションが隠されているのだ。


 光に手を引かれながら教師、そして子供達が部屋へと入って行く。光は嬉しそうに引き出しから車の玩具や最近集め始めたカードをベッドの上に並べ始めた。


「かっこいいでしょ?でもパパのはもっとかっこいいよ!」


 そしてやはりと言うか、矛先は直ぐに礼二に向かった。礼二が制止するよりも早く、光はシーツを(めく)るとマットの下に隠しておいた銃をベッドに置き…慌てて礼二は銃を取り上げると背中の後ろに隠した。


「あは…あはは、モデルガンですよ。玩具にするので隠しておいたのに、光君ったら…」


 だが弁明し終わらぬ内に今度はしゃがみ込み、椅子の裏に貼り付けておいたナイフを取ってみせ、早くも自慢し始める。

 急いで礼二はナイフを取り上げ…流石に訝しむ担任に口端を引きつらせながら頭を掻き毟るとおもむろにナイフを手に突き立てた。



「これも玩具です。いやぁ…最近宝探しが我が家で流行ってまして…」


 実際はナイフを指の隙間に挟んだのだが、引っ込むナイフの玩具だと主張。

 そそくさとナイフをポケットにしまい…今度は壁裏に隠した刀を壁紙を剥がして取り出そうとしている様子に気付くと慌てて光の手を握りにこっと笑ってみせ、暗に行動を制する。


 不意にチャイムが鳴った。このまま自分がこの部屋を出ると、光に家捜しされ兼ねない。しばし思考すると礼二は光を手招いた。


「光君…玄関のモニターを覗いて、知らない人だったら無視して戻って来て下さい。もし知ってる人だったら“パパは今忙しいから”と言って断って来て下さいね?」


 光は「わかった」と元気良く頷き、玄関に向かった。礼二はその後ろ姿を手を振り見送り、ホッと一息。教師や子供達を丁重に部屋から追い出し居間に通すと、茶菓子を取り出すべく戸棚を開ける。


 ドタバタと大きな足音を立てながら光が戻ってきた。光は礼二の裾を引っ張ると顔を覗き込む。


「あのね?パパごめんね?上がって来ちゃった。」

「光君…っ!可愛い…っ」


 相変わらず親バカな礼二。覗いて来る光に感極まり、ついつい光を抱き締め…その背後に立つ人物と目が合うと礼二は冷や汗を滲ませ、目を細める。


 その人物・葉月は辺りを見渡し、即座に状況を理解したのかニヤッと口許を歪めた。


「あら…お客様?すみません、長居してしまって…」


 申し訳なさげに呟いた教師に一旦視線をやると葉月はヅカヅカと礼二の近くまで歩み寄り、光を抱き締める礼二をいきなり抱き締め、


「会いたかったわ、ダーリン!」


 …等とほざいた。当然鳥肌を立てながら礼二は葉月を蹴り上げる。

 だがそこで礼二はハッと教師や子供達に視線をやり、慌てて両手を前に出した。


「ち…違いますよ!これは俺…じゃなかった。私の知人の男で、ちょっと悪ふざけを…」


 だが言い終わらぬ内にまたもや葉月は礼二に抱き付き、わざとらしく声を荒げて教師を睨みつけ…


「酷い、アタシというものがありながら…っ!この女…この女がアンタの新しい女なのね!?そりゃアタシ体は男だけど、アンタそれでも構わないって言ってくれたじゃない…っ…!!アタシとの事は遊びだったのね!?」


 何から言い返せば良いのやら…教師共々呆然と葉月を見つめる。理解していないのは子供達ばかり。


 ふと先に我に返ったのは教師の方。慌てて教師は子供達の手を引くと「お邪魔しました~!!」と勢いよく飛び出して行ってしまった。


「あ…ちょ、待っ…」


 弁明する間もなく、玄関はすでにもぬけの殻。背後には爆笑しながら腹を抱える葉月。礼二は青筋を浮かべながら背後を勢いよく振り返り、怒りに肩を震わせながら背に隠しておいた銃を取り出すと、突如葉月に向かって発砲した。


 当然葉月は笑顔をヒクッと引きつったものに変え、降参とばかりに両手を顔の前に挙げて後退りながら首をふるふると左右に振る。


「うわわ…礼二…ここ一般住宅街だよ。発砲はヤバイってぇ…はは…」


 勿論怒りMAXな礼二の耳にその言葉が届くはずもなく。更にポケットから隠しておいたナイフを取り出し、葉月を地の果てまで追いかけた…かどうかは定かではない。ただ一つ確かなのは、葉月を狙う礼二の目が完全に獲物を狙う昔のソレだった事。


 それからしばらく、光のクラスでは“オカマと愛人を巡る愛憎劇”、通称“昼ドラごっこ(昼の連続ドラマみたいにドロドロな内容の意味)”が流行したという。


 そして当然、礼二は秘蔵・愛蔵のコレクションである銃やナイフを泣く泣く処分したとか何とか。





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