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お父さんになるぞ


 さて、いきなりですが話は10年前に戻ります。これはまだ礼二が暗殺稼業から足を洗う少し前の物語。


「ふ…っ、…ぎゃあぁぁ…!」

「…っるせぇー!!」


 この盛大に泣き始めた赤ん坊は、礼二の子供。毎日隙あらば泣き叫ぶこの赤ん坊に、礼二の勘忍袋の尾は我慢の限界を迎えていた。


「ミルクは飲んだだろ!あ?今度は何だ!言えよはっきりと!!なあ?!」


 一気にまくしたてると肩で荒く息をつき、ソファにドカッと座り込み頭を掻きむしる。


 赤ん坊に訴えろというのは無茶な話なのだ。分かっている。今度こそ捨てようか…そんな事を考えていた矢先。


「礼二君いますぅ~?」


 ふざけた口調でノックもせずにズカズカと家に上がり込んでくる、やや長めの金髪を後ろで結うこの人物。


「…葉月(ハヅキ)。誰が勝手に入っていいと言ったんだ?」

「えー?僕と礼二の仲だろ?」


 嫌そうに背後を振り返った礼二に満面の笑顔でさらりと受け答えるこの男。葉月は礼二の稼業のパートナーである。


 現在こうして笑ってはいるけれど、葉月はなかなか食えない人物。普段は穏やかでお調子者な彼も、裏稼業ともなると一転して冷酷に…ゴホン。これ以上は自主規則しておきましょう。皆様がケチャップ料理を食べれなくなると困りますので。


「“名無し”君は今日も元気いっぱいだねぇ。なんで泣いてるのかなー?」


 葉月は礼二の(たしな)めを無視して未だ泣き叫ぶ小さな赤ん坊に歩み寄り、しゃがむとそっと腕に抱き抱える。


 やがて泣き声がしゃくりみたいに小さくなると背中をトントンと叩き、そこでようやく礼二に向き直った。


「…正直こんなに長くお前が面倒見れるなんて思わなかったよ。…やっぱり自分の子供は可愛い?」

「……どうかな。大分飽きてきたし、そろそろ…」

「ああ、そっか。それで未だに名前をつけてなかったんだねぇ、礼二は。」


 へらへらと笑うのとは対象的に、さらりと真意をつく葉月の言葉。礼二はヒクッと口端を引きつらせると思わず机にギリッと爪を立てた。


 そう、名前なんて付けるつもりはない。


 押し付けられたから引き取ったんだし、珍しい体験だから赤ん坊とままごとを演じているだけ。その程度。飽きたら捨てればいいんだから。


 だが…ふと礼二は赤ん坊を見遣る。


(さっきまでぐずってたクセにもう安心しきった顔で寝てやがる…。…あ。欠伸した…)


 気付けば観察しているのだ。困った事に。捨てようといくら決心しても泣いた後に見せる安心しきった顔を見ると、もう少しぐらいならいいか…という気になる。


 観察中、また赤ん坊がしゃくり始めた。ヤバイ…礼二は慌てて身を引き、耳を塞ぐ。


「ふ…ぎゃあぁ…!」


 再び赤ん坊が雄叫びをあげて泣き始めた。身構えていた礼二とは違い、全く構えていなかった葉月はオロオロとするばかり。


「うわっ、ミルク?オムツ?泣いてちゃ分からないだろ~?」


 先程の誰かさんみたいな台詞をぼやき、葉月はとりあえず抱き抱えたまま立ち上がり辺りを見渡す。


「その辺に捨てとけば泣き止むって…」

「またそんな事言って…」


 その辺…床に放るわけにはいかないと判断し、葉月は礼二の胸元に赤ん坊を押し付けた。

 反射的に礼二は赤ん坊を受け取ってしまい、バランスを崩しかけて椅子の背もたれに片手をかける。


「はぁ…子育ては大変だねぇ…。」

「んな…っ…」


 まさか押し付けられるとは。口をパクパクさせながら動揺する礼二とは裏腹に、赤ん坊から解放された葉月は胸を撫で下ろしながら心底助かったという表情を浮かべた。


 一方赤ん坊はというと、やはり反射で礼二の胸元をぎゅっと握り締め…暖かい鼓動に安心したのか鳴き声はやがてぐずりに変わり、ようやくぐずりながらも寝始めた。


「あれ?泣き止んだみたいだね。」

「……」


 赤ん坊の体温は殊の外高い。熱苦しいのに、こんなに安心されてしまうと突き放すに突き放せない。

 益々動揺の色を強くする礼二の姿に葉月は微笑み、赤ん坊の頭をゆっくり撫でた。


「どうやらこの子は『お父さんに』抱っこされたかったみたいだね。念願叶ってようやく安心した…て、ところかな?」


 そんな風に言われると妙な優越感に胸が熱くなる。また一つこの赤ん坊の事を理解してしまった。


(泣いたら抱っこすれば大人しくなるのか…)


 とは言え礼二はあまり赤ん坊を抱き馴れていない…葉月に赤ん坊を渡されてからずっと固まっていた礼二は、救いを求めて葉月を見遣る。ところが…


「あ、俺そろそろ帰らなきゃ~。」


 そそくさと軽い足取りで玄関に逃げて行く葉月。礼二は口端をヒクつかせながら去っていく葉月の後ろ姿を睨みつけた。


「クソ葉月…テメェ覚えてろよ…っ…」


 相変わらず固まったまま、礼二はもう一度赤ん坊を見下ろす。


『名前はつけないの?』


 先程の葉月の言葉が、赤ん坊の問いかけのように聞こえた気がした。




***次の日***



「礼二く~ん。名無しく~ん。また葉月お兄さんが遊びに来たよ~。」


 相変わらずヘラヘラと締まりのない笑顔で勝手に部屋に上がり込んでくる葉月。礼二は床に赤ん坊を寝かせたままミルクを作っていた。


「うわ、珍しい姿だねぇ~?」

「引き取ってから今まで誰がミルク飲ませてたと思ってんだ。」

「あー、そうだったね。」


 とはいえ不馴れな手つきでミルクを冷やす後ろ姿を面白おかしく見つめていた矢先、突如振り向きざま礼二が荒々しく哺乳瓶を手渡してきた。


「…何これ?」

「飲ませろ。俺は寝る。」


 寝不足なのだろうか?目の下にクマを作り、不機嫌に睨みつける様子に葉月は「んー?」と首を傾げる。


 仕方なく葉月は赤ん坊を膝に抱えるとミルクを飲ませ始めた。


「名無し君、しっかり飲んで早く大きくなろうねぇ?」


 にこにこと赤ん坊に語りかける葉月。すると礼二は聞こえるか聞こえないか程度の小さな声でそっと呟いた。


「…違う…」

「え?」


 顔を赤らめ二の句を繋げず視線を逸らす礼二。

 ふと葉月は妙な物を見付けてしまう。礼二の本棚に隠すように納められた本…


『子供の名前図鑑』

『姓名判断』

『名前の不思議』等々。


 更に、机に放られたノートと消しゴムのカス。礼二の指に出来たペンダコと寝不足の当人。それらが導く答えといえば…


 それに気付いた葉月は微笑ましさに思わず吹き出し、ミルクを飲む赤ん坊の鼻をくすぐる。


「じゃあ君はなんて名前なのかな~?」

「…光。」


 その返事に葉月は礼二を見遣る。こちらを見ようとしない礼二に照れているのだと察し、葉月は益々笑みをもらしながら口元を緩めた。


「へぇ…素敵な名前だね。由来はなんなのかな?」

「…るせぇ。黙って飲ませろ。」

「はいはい。怖いお父さんでちゅね~、光君。」


 自分達の仕事は裏家業。どちらかと言えば闇に棲息する側の人種だ。だが皮肉にも礼二は自分の子供に『光』と名付けた。きっとその心境は…。


 いつの間にやら椅子に腰掛けたままうたた寝を始めた礼二。赤ん坊はというと、やはり哺乳瓶を口にくわえたままうたた寝中。


「成程、確かに親子だ。」


 なんて笑いながらおどけてみたり。


 ふと葉月はこんな聖書の一節を思い出して呟く。


「“闇の中に光あれ”…それってこういう状況なのかな?」





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