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お父さんはお見送りをするぞ:後編


 家を探し始めて数十分。


 “こっち”と率先して脇道に誘導したかと思えば“やっぱりあっち”と元来た道を引き返す。先程から同じ道をぐるぐると繰り返し回っている気がする。


 光は見事に少女に振り回されていた。


「お前さー…いい加減に…」

「…ねぇ。」

「今度は何だよ!」


 不意に少女は四つ角で足を止めた。そのまま周囲を一度見渡すと、ゆっくり背後の光に視線を遣る。


「…何だよ。見つかったのか?」


 光は(いぶか)しみながらも少女に歩み寄る。先程までの無邪気な様子は一転し、まるで能面でも着けたかのように少女の顔からは表情が消えていた。


 そのまま少女は四つ角の右にある細い道へと歩を進める。妙な空気に光は一度警戒し歩みを止めるものの、姿を見失いかけて慌てて駆け寄る。


「…アナタのパパ…やさしい…?」

「…は?」


 急な問いに思わず間の抜けた声を出す。だが構わず少女は口を開いた。


「…いま…シアワセ?」


 少女が口にするにはあまりに妙な問いかけ。光は思わずその場で足を止め、少女の小さな背中を見つめた。


「何だよ急に?」


 だが光の答えを待たず、少女は一瞥(いちべつ)すると小走りで前方に走り出した。そちらに目を遣ると、前方には見知らぬ男性。


「…いた。」

「パパか?」


 その問いには答えず少女は男性を見上げ、一度目を合わせると男性の服の(すそ)を掴んだ。


「悪いな…ぼく。娘が世話になった。遅刻させたか?」

「いや…いいよ別に。」


 そのまま男性に抱き抱えられると、少女は嬉しそうに表情を緩める。


「お前、もう迷うなよ!じゃーな。」


 男性の肩越しに手を振る少女に手を振り返し、光は向きを変えた。


「…またね、ヒカル。」


 去り際に小さく名前を呼ばれた気がして、光は思わず振り返る。


「あれ?俺、名前教えたっけ…。」


 すでに少女と男性はその場に居ない。




 訝しみ眉を寄せながらも、とりあえず学校に向かうかと再び(きびす)を返した矢先、突如何者かに肩を捕まれた。光はビクッと肩を跳ねさせ、恐る恐る振り返る。


 背後には物凄い形相の礼二。礼二は学校に行かなかった光をGPSを頼りに探し出し、今まさに発見。口を引き吊らせていた。


「ひぃ~かぁ~るぅ~…!」


 そして当然、怒りモード。


「何を考えてるんだお前は!一人で出歩くなとあれほど…」


 礼二は昔から怒ると敬語を忘れてこういう口調になる。つまり今は絶賛お怒り中という事。

 怒られている箇所(かしょ)が何となくおかしい気はしたが、面倒なのでそこはあえて突っ込まないでおく。


「ごめん…迷子がいて、それで…別にサボってた訳じゃ…。」

「…どこに?」

「いや…今さっき父親と帰ってった…。」


 自分でも下手な言い訳にしか聞こえない。どう説明したものかと光が(うつむ)くと同時、礼二は光の頭をポンと叩いた。顔を上げると礼二は溜息混じりにしゃがみ、光と視線を合わせる。


「光君…“警察に連れて行く”“学校に連れて行って先生に頼む”という方法は思い付かなかったんですか?」

「それは…」


 口調はいつものそれに戻っていたが、目はまだ怒っている。光は居住まい悪く項垂(うなだ)れた。


「…警察に連れて行こうと思ったんだけど、家が分かるからって言われて…」

「それがもし誘拐犯の手口で、その女の子がグルだったらどうするんですか?」

「はぁ?それは絶対にな…」

「この前誘拐されたクセに。」


 すぐに勘繰る礼二に対し反論するものの、食い気味に以前あった出来事を指摘されてしまえば二の句が繋げない。


「…とにかく。今から一緒に学校に行って先生に事情を話しましょう。」

「…信じないかも。」

「大丈夫。その時はどんな手を使っても信じさせてみせます。」

「………。」


 不審な台詞が聞こえた気はしたが、きっと気のせいだろう。光は渋々頷く。


 礼二はというと、とある奇跡に気付いて機嫌が戻った。というか上機嫌になっていた。


 何故ならどさくさに紛れて『光の手を握り一緒に登校する』という久し振りの状況をゲットしたのだから。










 ******









 光と別れて数分後。少女を抱えたまま無言で歩いていた男性は、ようやく口を開いた。


「…何故勝手に行動した?」


 少女は問いかけには答えず、無言でしがみつく。


「もう一度聞くぞ。何故勝手に接触した…。」


 ここでようやく少女は口を開いた。


「役に…たちたかった…」


 男は長い溜息を吐くと少女を道路に下ろし、置いていくように足早に歩き始める。慌てて少女は追い駆けた。


「ゴメンナサイ!もう、勝手、しない!」


 その言葉を耳にし、男性は静かに振り返った。


「…本当だな?」


 少女は必死に頷く。男性は溜息混じりに少女に手を差し伸べた。


「次は無いぞ…皐月。」

「はい…ナガツキ…。」


 皐月(サツキ)と呼ばれた少女は小さく頷くと、長月の後ろに付き従った。








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