お父さんになるぞ
元・暗殺者の子育て奮闘記。慣れない子育てに悪戦苦闘!自分の息子に半ストーカー状態なお父さんですが、愛情は人一倍です。そんな元・暗殺者のてんやわんやなファミリーコメディをどうぞ。
空が闇色に染まり、申し訳程度に星が瞬き始めた時分…眼鏡をかけた青年と思わしき黒髪の人物は手にしていた鉛筆を机に置き、傍らにいる少年へ向き直ると静かに語り始めた。
『むかーしむかし一人の女癖の悪い殺し屋さんがおりました。
この殺し屋さんは大変心の冷たい人で、お金さえ積めば赤ん坊でも殺してしまうような怖い人。
ある日の事、一人の女性が殺し屋さんの元を訪れてこう言います。
『アンタの子供なんだからアンタが育ててよね。』
それは一年前に殺し屋さんが遊びで付き合った女性でした。半ば無理矢理赤ん坊を押し付けられてしまった殺し屋さんは、赤ん坊を抱いたまま去っていく女性の後ろ姿を呆然と見送ります。
『…マジで?』
困りました。殺し屋さんは『殺し』専門であって『子育て』専門ではないのです。腕の中にはすやすやと眠るあどけない赤ん坊…
(いっそ殺してしまおうか?)
…と思いましたが、首を掴んだ瞬間赤ん坊が泣き出してしまったので、慌てて手を離してしまいました。
(まあ…飽きたら捨てればいっか…)
自分の遺伝子を持つ子供に興味があったのもあり、結局そういう結論を出します。そして仕方なく殺し屋さんはその赤ん坊を連れて帰る事にしました。
―――‐やがて10年の歳月が流れ―‐
あの殺し屋さんはというと…』
「…てぇ、ちゃんと聞いてますか光君?せっかくお父さんの最新作を読んであげてるのに…」
「頼んでねーし、そもそも俺の話聞いてもねーし…」
青年は語り口調を一旦正すと生意気そうな少年に困ったような笑みを浮かべてみせ、静かに紙を机に置く。そのまま少し長めの黒髪を軽く掻き、足を組み変えつつ書き終えたばかりの原稿用紙を前に題名は何にしようかと悩んでいた。
「…とにかく、明日は絶対授業参観に来んなよな!」
「絶・対・い・や。」
そこは譲れない。説得に失敗した腹いせか椅子を軽く蹴飛ばし、不機嫌な足取りで自室に繋がる階段を駆け昇る少年に視線を投げかけると青年はふと口許を緩めた。
「…あの殺し屋さんも、今ではすっかり『おとうさん』になっていました。…なーんてね。」
しみじみとそう呟くと、再び原稿用紙に目を落とす。あの日押し付けられた赤ん坊も、今では生意気盛りの10歳。自分の身体に暗殺者の血が流れているなんて知らず、実に真っ直ぐ育ってくれた。
あの時はこの小さな命のために、自分が裏家業から足を洗う事になるなんて思いもよらなかった。感情に稀薄だと思っていた自分がまさか、こんなにも人を慈しむ事になるなんて。
感慨深く目を伏せ、ふと良い題名が頭に浮かぶと再び目を薄く開いた。そうして鉛筆を掴むと原稿用紙の端に小さく走り書きを残す。
「これからもずっと僕は光君と一緒だし、光君もずっとこれからも『おとうさんといっしょ』…ですよ。」
青年の胸の内を知ってか知らずか、夜風に煽られたカーテンが優しく微笑むように揺れた。
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