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25、関係性

気にするほどではないけど、お月様使用にちょっと引っかかってるくらいの感じなので、苦手な人は注意。













 瑛は鏡を覗き込みながらため息をついた。


「何となく、違う意味で身の危険を感じる……」

「今更ですか?」


 声をそろえたのは、今日もツッコミが鋭い彩凜と寧佳である。瑛は鏡から目をそらし、二人の方を見る。


「今更なの?」

「わたくしは瑛様が陛下に襲われるのは時間の問題だと思っておりますが」

「襲うって……しかも現在進行形」

「まあ、普通、夫婦ってそういうものですしね」


 むしろ、今まで手を出さなかった陛下の鉄壁の理性に感服です。とこれは寧佳だ。

 再び、瑛はちらっと鏡の方を見る。首筋に赤い痕が見えた。珀悠に付けられたものだ。確かに、これ以上は手を出してこない珀悠の理性は感服すべきものなのかもしれない。

 まあ、とりあえず、そんな阿呆な話は置いておいて。


「最近、後宮の様子はどう?」


 温かいお茶を手に、瑛は尋ねた。その手元には本が引き寄せられており、話を聞きつつ読む気満々だ。

 瑛と珀悠が両思いになった(と言うのもちょっと変だが)という情報は、超高速で後宮内を斡旋したらしい。そのため、瑛は今、後宮内をむやみに歩くと睨まれる。睨まれるだけで、何もされないけど。瑛に手を出せば、それが数倍になって返ってくるのだから当然だ。


「やはり、瑛様が陛下をたぶらかしたことになっていますね」

「でしょうね。変人の次は悪女か。なかなか波乱にとんだ人生ね」

「皇后になる時点で普通の人生とは違いますよ」


 彩凜に苦笑気味につっこまれ、瑛は肩をすくめる。


「今から思うと、私、なんで皇后になるのを了承したのか、すごく不明なのよねー」

「情勢が理解できていて、基本的に子供好きだからじゃないですか」


 古くからの付き合いである寧佳がさらりとそんなことを言う。それは自覚済みである。お世話様。今も昔も、瑛が皇后になることが一番波風を立てないと思ったのだ。波風どころか嵐になっている気もするけど。


「まあいいわ。言いたいやつには言わせておきましょう」

「さすがは文姫。かっこいい」

「んで。あんたはいつからいたの?」


 満面の笑みを浮かべて皇后の居室の入り口付近に立っている皇帝に向かって、瑛は言った。すでに彼を見ても意識して通常営業に振る舞えるようになってきている。まだ意識するのが必要だけど。

 ただ、それは珀悠にとっては少し不満らしい。


「すっかり元通りだね……」

「いつまでも引きずるほど馬鹿じゃないからね」

「恥じらう文姫が可愛いのに。あ、いつも可愛いけど」

「あんた、頭をはたかれたいの?」


 本当にすっかり元通りに見える瑛であるが、珀悠がいつものように長椅子の彼女の隣に座ると、瑛は少し震える。珀悠が頬に触れると、表情こそ変わらなかったが、まつ毛が少し震えた。

 何も言わずに、珀悠は唇を重ねた。頬に添えられていた手が、首筋を撫で肩を撫でる。腰を引き寄せられ、瑛は背中から長椅子に倒れ込んだ。うまい具合に綿をたくさん入れた座布団が背中にあたっている。瑛はこの長椅子で昼寝をしているので、実はこれは枕だったりする。


「……ちょっと」


 この体勢はまずい気がする。瑛に覆いかぶさっている珀悠は、熱い吐息を吐いて、瑛の肢体を抱きしめた。


「このまま抱きたい……」

「抱いてるでしょう」

「それ、わざと?」


 もちろん、わざとである。珀悠が胸元に頬ずりしてきたので、瑛は「やめんか!」と声を上げながら珀悠の髪をつかむ。だが、珀悠を引きはがすことはできなかった。彼は胸元にも赤い痕をつける。


「やめなさいって。見えるでしょう」

「えー、じゃあ、見えないところならいいの?」

「そう言う問題じゃないわ」


 少し珀悠が離れたので、瑛は彼の肩を押し返す。だが、彼は動かなかった。瑛を押し倒した体勢のままで首をかしげる。


「文姫、怒ってる?」

「別に怒ってはいないわ」


 そう。怒っているわけではない。ただ、どきどきしていてそれを彼に悟られないかと思って緊張しているだけだ。


「……じゃあ、もう少し」

「なんでよ!」


 瑛はツッコミを入れるが、珀悠は気にせず彼女の首筋に顔をうずめる。瑛は助けを求めてみることにした。


「彩凜! 寧佳!」


 彼女らの方を見ると、部屋を出て行くところだった。


「がんばってください」

「!?」


 寧佳は無言で手を振ったが、彩凜は謎の言葉を残して本当に部屋を出て行った。何故!?

 女官長からの許可(?)が出たからか、誰もいなくなったからか、珀悠の行動は大胆になった。

 肩がはだけられ、裳裾がめくりあげられる。足をしっとりと撫で上げられ、瑛は小さく息をのんだ。


「は、珀悠」

「何」


 見下ろしてくる珀悠の顔が、見知らぬ男に見えた。大きく目を見開いた瑛であるが、続いてギュッと目を閉じた。

 怖い、と思った。知っているはずの人が、全く違う人に見える恐怖。変わってしまったという恐怖。瑛の眼尻に涙が浮かんだ。


「え、ちょ、文姫?」

「いや……怖い……っ」


 戸惑う珀悠に、怖がる瑛。珀悠はいつにない様子の瑛に戸惑い、そろそろと彼女の上からのいた。瑛を引っ張り起こそうとするが、手を振り払われて少しがっくりする。

 瑛は目じりをぬぐうと手をついて身を起こした。心もち珀悠から距離を取る。視線をさまよわせる珀悠は、いつも通りの彼に見えて少しほっとする。


「ええっと、ごめん?」

「ごめんですんだら御史台はないのよ」

「うん……そうだね……」


 素直にうなずかれると、調子が狂う。だが、瑛も彼の前で泣きそうになってしまったので、珀悠の調子も狂っているのかもしれない。

 珍しく、二人の間に気まずい空気が流れる。瑛はまだ体を震わせているし、珀悠はそんな瑛に手を出しあぐねている。

 珀悠が瑛に向かって手を伸ばす。瑛がびくっと震えてやや後ろにさがった。珀悠はあきらめて手を降ろした。


「うん……俺が悪かったよ」

「当然でしょ」


 いつも通りにそんなことを言う瑛であるが、いつもよりやや覇気がない。彼女をこんなふうにしてしまったのは、珀悠だ。がくっと彼はうなだれた。


「……今日はもう戻るよ。また遊びに来てもいい?」


 自分の妻にそんなことを尋ねるのはおかしい気もするが、瑛の心情を慮った結果だろう。それなら最初からやらなければいいのに。そうも思うが、瑛は緩くうなずいた。


「……明日になったら、元通りになるから」

「……元通りに、ね」


 珀悠はそうつぶやき、かすかに笑みを浮かべて皇后の居室から出て行った。代わりに彩凜と寧佳が戻ってくる。これは外で聞き耳を立てていた可能性が高いが、指摘する気にはなれなかった。


「瑛様、大丈夫ですか?」


 寧佳が瑛に尋ねる。彩凜に衣服を直されながら、瑛はうなずいた。


「ええ……大丈夫」


 いつもよりおとなしい瑛の様子に、彩凜と寧佳は目を見合わせたのだった。
















「いや、それは……うん」

「やっぱりかわいそうだと思います?」

「うん。だから、そういう君の態度が陛下に期待をもたせるんだよ」

「……」


 瑛は口をつぐんだ。半端な優しさが、珀悠に期待をもたせ、傷つける。自覚はある。あるのだが。


「でも、これまでの関係が変わってしまうようで、その、怖くて」

「うーん。私も女だから、瑛の気持ちがわからないわけではないんだけどね」


 今更であるが、瑛の向かいにいるのは彼女の長姉・漣だ。ちょうど宮廷に出仕していた彼女を捕まえ、人生相談である。この場合は恋愛相談かもしれないが、漣としてはいい迷惑だろう。たとえそれが、普段頼ってこない末妹からの要請であっても。


「はたから見れば、君たち、すでに夫婦って感じだったけど」

「一応夫婦です」

「いや、そうなんだけど、そう言うことじゃなくて、雰囲気が」


 気安い仲である珀悠と瑛。この二人のやり取りは、見様によっては仲の良い夫婦のようにも見えるのだそうだ。

 漣に話を聞いてもらっている間に段々と冷静になってきた瑛は、自分は一体何を姉に相談しているのだろうか、と思った。

 だが、本人にとっては切実な問題でもある。

 珀悠は皇帝だ。望めば、何でも手に入る。それが自分の妻であるのなら、より簡単だろう。

 だが、珀悠はそうしなかった。瑛のことを考えてくれているからだ。瑛としてはその気持ちに応えたい、という思いもある。

 そういうことをして、もし子供ができたらどうするのだ、というのもある。だが、それは後付けの理由だ。瑛が拒むのは、怖いからに過ぎない。

 漣はいつも冷静な妹の混乱する姿を見て、彼女の頭を優しくなでた。


「まあ、覚悟を決めて君から行くっていう手もあるよ」

「無理」

「いや、即答するほどのこと?」

「わかっていただかなくても結構です……」


 瑛はふと、もう一人の姉・晶の言葉を思い出す。彼女の占によれば、瑛は素直になればいいことがあるらしい。


「瑛。皇后をやめたい? やめたいなら、父上が協力してくれると思うよ」


 漣はさらりと言った。瑛は䔥宰相の要請により立后した皇后であるが、確かに、父ならばその決定を覆すことも可能だろう。瑛たちの父は、陰の実力者なのである。

 どうだろう、と考えてみる。後宮はどろどろしていることを否定できないが、ここで過ごす日々は悪くない。人生を先がわかるからつまらない、と言っていた瑛であるが、後宮での日々は充実しているような気がする。

 瑛は再び首を左右に振った。


「ほら。もう、君の中では答えが出ているんだよ、瑛。母上が言っていたようにね」


 漣はそう言って格好良く笑った。瑛はぼんやりしながら、漣が男だったら惚れていたかもしれない、と思った。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。



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