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15、納涼祭














 ついにやってきた。納涼祭。これは後宮の中で行われる祭典である。祭典と言うか、ただの行事と言ってもいい。珀悠は途中で様子を見に来ると言っていた。

 瑛は納涼祭を行うにあたって、後宮内にある池を会場に選んだ。周囲の雑草を抜き、小ぶりな花を植えさせた。さらに池のほとりに大きな傘で日陰を作り、そこに大きな布を敷き、その上に長椅子を置いた。それをいくつか作り、妃嬪たちに座ってもらうのである。

 それから冷やしたお茶と果実汁を用意しておく。普通の茶菓子も用意してあるが、水菓子と氷菓子も用意してある。皇后位を賜る瑛であるが、この時期に氷菓子を用意するのは大変だった……。せっかくなので、慧峻と珀悠にもおすそ分けした。


 木々には涼しげな音を出す風鈴をいくつか下げ、虫も駆除する。池には船を浮かべ、当座の準備は終了。あとはなるようになれ。本当は氷を長椅子のまわりに置きたかったのだが、さすがに珀悠に却下された。うん。瑛も駄目だろうな、と思っていたので構わない。


 さて。瑛が皇后になってから十か月弱。さすがにそろそろ『皇后夏侯氏には逆らわない方がいい』と妃嬪たちもわかってきたらしい。まあ、もちろん、それでも瑛を目の敵にする者はいるが、面と向かっての反発はかなり減った。どうも、夏至祭での立ち回りが大きく関係しているらしい。

 何が言いたいかと言うと、皇后主催の行事。皇后に恥をかかせようと参加しないやつが出てくるかと思ったのが、何と皆出席であったので驚いた、と言う話である。

 しかし、瑛に敵愾心を持っている妃嬪はまだいるようだ。瑛の次に位の高い孫昭儀と劉昭容はさすがに身をわきまえているのか、位が上であると言う自負がそうさせるのか、無難に自分が一番よく見える、しかし、派手すぎない衣装を着ていた。納涼祭であることを考慮して、涼しげな色合いでまとめている。


 しかし、そのほかの妃嬪にはごてごてと飾り立て、財力を見せびらかしているとしか思えない娘もいる。一番ひどいのは呂才人だろうか。光沢のある赤の衣装を着ており、ごてごてと飾り立てているために目が痛い。気の強そうな美少女であるが、あまりその衣装は似合っていなかった。


 隣にいる、高宝林の方がかわいい。琅明のことだけど。


 その琅明であるが、さすがに声変わりがはっきり分かるようになってきた。今ではだいぶ声がかすれているし、本当に後宮から退かせることを考えなければならないかもしれない。そのため、彼はあまりしゃべらないことにしているようだ。


「みなさま。お集まりいただき、感謝いたします。本日は納涼祭です。少しでも涼んでいただけるように趣向を凝らしてみましたので、どうぞお楽しみくださいね」


 あまり感情のこもらない穏やかな声で瑛がそう言うと、納涼祭の開始だ。妃嬪たちは適当に近くの妃嬪や女官たちとおしゃべりを始める。瑛がちらっと視線をおくると、女官たちが冷たいお茶と果実汁を運んでくる。事前に妃嬪たちの好みは把握済みで、甘いものや酸っぱいものが苦手な妃嬪の前には冷やしたお茶を出した。瑛自身も冷やしたお茶をもらう。

 同じく冷茶を飲んだ劉昭容は驚いた表情で瑛に話しかけてきた。


「冷たいお茶は初めて飲みましたが、おいしいものですね」


 ここでだんまりも変なので、瑛は微笑みを浮かべて言った。


「冷やしてもおいしく飲めるように改良しましたから。お口に合ったのならよかったわ」


 後宮に入ったばかりのころは何かと衝突した劉昭容と孫昭儀であるが、最近はあまり互いに関与しない、というところで落ち着いているらしい。


「果実汁もおいしいですわ。赤いですけど、何の果物ですか? 葡萄?」

「孫昭儀、さすがですね。葡萄と、木苺を混ぜてみたの」


 葡萄の割合の方が多いとはいえ、少し飲んだだけで当てた孫昭儀はさすがである。ちなみに、混ぜる段階で瑛も試飲したが、彼女の口には合わなかった。瑛は梨や茘枝レイシなどの淡白な味の果物の方が好みだった。

 続いて出した水菓子、つまり果物も良く冷やされていて妃嬪たちの口に合ったらしい。このまま氷菓子を出してもいいが、少し間を置くことにする。一人がけの椅子に座っていた瑛は立ち上がり、池の周囲を歩いてみる。小川を流れる水の音が涼しげだ。

 瑛が立ち上がると、何人かの妃嬪が同じく立ち上がった。孫昭儀、劉昭容、琅明、そして、他二名の計五名だ。残り四名の妃嬪は様子をうかがっているそぶりを見せるが、立ち上がることはしない。


 瑛は皇后だ。この国の女性の中で、最上位に位置する女性だ。その彼女についてこないと言うことは、彼女らの中には瑛に対する対抗心があるのだろう。親に命じられている可能性も捨てきれないが。


 かつて自分も瑛に暴言を吐いたことのある劉昭容は顔をしかめて言った。


「皇后様に逆らうなんて」

「度胸あるわね」


 孫昭儀が珍しく劉昭容に同意する。珍しいものを見た。


「……二人とも、私をなんだと思っているの」


 呆れた口調で言うと、二人はうそぶいた。


「この国で最高位に位置する女性です」

「この国で最も逆らってはならない人物です」

「……」


 劉昭容はともかく、孫昭儀。何を言うんだ。一応、瑛に従うふりはしているが、彼女は確実に瑛のことが嫌いなのだろう。劉昭容はよくわからない。

 少し水音と時々聞こえる風鈴の音を楽しみ、瑛は席に戻った。彼女が席に着くのを待ち、孫昭儀たちも元の席に戻る。そこで、氷菓子が運ばれてきた。それを見て、妃嬪たちが嬉しそうな声を上げる。妃嬪は身分が高いものだが、それでも簡単に用意できるものではないのだ。

 氷菓子は牛乳や果汁、卵、砂糖水などを混ぜて冷やして固めたものだ。当たり前だが暑い夏に作るのは難しい。しかし、高価な氷を大量に仕入れ、瑛は氷菓子を作った。彼女の人脈を駆使すれば不可能ではなかったが、しかし、かなりの金子が飛んで行った……たぶん、もうしないと思う。

 氷菓子が効いたのか、妃嬪たちは当初に比べて和やかに会話をしている。日も暮れてきて、少し涼しくなってきたので心に余裕が生まれてきた可能性もある。何とか問題なく終われそうだ、と瑛がほっとしていると、一人の妃嬪が声をあげた。


「まあ、陛下!」


 呂才人だ。先ほど瑛についてこなかった妃嬪の一人である。おそらく琅明とそう変わらない年齢の彼女は、嬉しそうに立ち上がる。

 納涼祭に飛び入り参加してきた皇帝・珀悠は一人ではなかった。なんと、腕に慧峻を抱えていた。


 何しに来た、こいつら。


 そんな感情が顔に出たのだろう。珀悠が瑛を見てびくっとした。後宮に皇帝が来たら混乱を招きかねないことは珀悠も知っていると思うのだが。


「みんな、元気そうだね……皇后も、妃嬪たちのために素敵な会を開いてくれてありがとう」

「……いえ」


 礼を言いながらも珀悠は瑛の元に近づいてきた。先ほどびくっとしたのに、彼は懲りないらしい。だが、嬉しそうな慧峻を見て、彼の為か、と納得する。


「母上。こんにちは」


 珀悠と手をつないでやってきた慧峻は、瑛に向かって頭を下げた。瑛は膝をついて慧峻に「こんにちは」とあいさつを返す。


「慧峻。皆さんにも挨拶なさい」


 瑛がそう言うと、慧峻は恥ずかしそうにもじもじしたが、覚悟を決めたように妃嬪たちに向き直った。


「こんにちは、みなさん」

「こんにちは」

「こんにちは、慧峻様」


 小さな子のいじらしい姿に、妃嬪たちの頬もゆるむ。珀悠と慧峻は少し納涼祭に参加して涼んでいき、来たときと同じように二人連れだって帰って行った。とんでもない乱入者だった。


 日が暮れる前に、納涼祭は終了になる。おおむねうまくいったのではないだろうか、と瑛は少し満足だ。そのうち、琅明が今回の納涼祭の感想を集めてくれるだろう。ある程度集まったら彼に感想を教えてもらおう。


「疲れたー」


 だらしなく寝台に寝転がったのは瑛だ。夜着姿で、大きな寝台にうつぶせに手足を広げている。こんなことをできるのは、すでに女官たちが下がった後で、この皇后の居室には瑛と珀悠しかいないからだ。


「お疲れ様。よかったと思うよ。文姫の納涼祭」

「そうだといいんだけどね」


 苦笑して、瑛は寝台の上に身を起こした。少し離れたところにある長椅子に腰かけている珀悠が見える。ろうそくの光がぼんやりと彼を照らしていた。


「大丈夫だよ。文姫は頑張ってる。誰がなんと言おうと、俺はそれを知ってるから」

「……」


 瑛は驚いたように少し目を見開いた。珀悠の言葉が、少し、うれしかった。


「珀悠」


 瑛は彼を手招いた。珀悠が首をかしげつつも大きな寝台の端に腰かける。その表情がどこかおびえていたので、彼女は苦笑した。


「別に取って食べようってわけじゃないわよ」

「いや、別に……」


 食べてくれてもいいけど、などと言う珀悠のつぶやきは、瑛には聞こえなかった。瑛は首をかしげつつ彼を正面から抱きしめた。


「!? ぶ、文姫!?」

「うん。ありがとう」


 彼の首に回した手に力を込める。動揺が伝わってくるようだ。だいぶためらうように間が開いた後、珀悠の手がそっと瑛の背中を支えるように動いた。

 誰に認められなくても、彼だけは、瑛の頑張りを認めてくれる。それが、瑛にとってとてもうれしかった。


「さっきは睨んでごめんね。私の夫が珀悠で良かった」


 こんなに寛容な夫は、そうそういないだろう。瑛が身を離して微笑み、珀悠を見上げる。そして、その顔を見て首をかしげた。


「……大丈夫?」

「う、うん」


 珀悠はろうそくの薄暗い光の中でもわかるほど真っ赤になっていた。

 その夜、瑛は暑いと訴えたのだが、体が痛くなるほど珀悠に抱きしめられたまま眠った。そのため、寝不足となった。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。



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