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13、休憩中

ヤマなしオチなし。ただダラダラしています。















 夏も盛りになり、かなり気温が高くなってきた。何が言いたいかと言うと、暑いのである。それは変人皇帝・皇后夫婦も同じである。


「暑い……」

「暑いねぇ」

「暑いって言ってるでしょ」

「うん」

「離れてほしいって言ってんの!」


 瑛は自分を後ろから抱え込んでいる珀悠に向かって怒鳴った。だが、珀悠は離れる気配はなく、瑛は顔を引きつらせる。


「暑くなければいくらでも引っ付いていいけど、今は暑いっつーの!」

「どうせ着こんでるんだから、そんなに変わらなくない?」


 などと珀悠はのたまう。暑さのせいか、瑛の沸点はやや低くなっていた。


「人が引っ付いていると思うと、余計暑く感じるの」

「俺はこのままがいい」

「真昼間から何言ってんのかしら、この子は」


 瑛がそう吐き捨てるように言うと、珀悠は堪えた様子も見せずに「もう『子』っていう歳でもないよ」と笑っている。

 たぶん、珀悠のこの態度は瑛のせいだ。瑛が、なんだかんだ言って最後には許してしまうから、彼女がどれだけ怒っても彼はへらっとしているのだ。

 もちろん、彼女も本気で怒ったことがないわけではない。しかし、基本的に感情の起伏が少ない彼女の怒りはすぐに鎮火してしまうのである。今回もそうだった。


「まったく。何がいいってのよ」


 そう言いながら、瑛は珀悠の肩に後ろ頭を乗せ、目を閉じた。珀悠が瑛の腰に回した腕に力を込める。

 先ほど瑛も言っていたが、昼日中である。太陽が頂点に達し、最も暑い時間にこの国の皇帝と皇后はくっついている。いや、本気で暑い。

 ここは皇后の居室で、瑛と珀悠は長椅子に座っていた。珀悠の足の間に瑛が収まっている形になる。一般女性と同じ程度の体格である瑛は、長身の珀悠と比べるとかなり小柄に見えた。

 そんな仲よさげな皇帝夫妻の様子を、侍女・寧佳と女官長・彩凜は見守っていた。壁際に控えている寧佳は、同じように隣に控えている彩凜に言った。


「玉蓮が見たら真っ赤になりそうですね」

「そうですね……あれで無自覚なのですから、たちが悪い」


 そう。二人は……少なくとも皇后の方は無自覚なのだ。寧佳が思うに、珀悠の方はやや確信犯的なところがあるが、瑛の方は完全に無自覚だろう。それで、あれなのだ。


 仲がいいのはいいことなのだが、見せられる方の気持ちにもなってほしい。寧佳はこっそりとため息をついた。

 さて。戻って皇帝と皇后である。妻を後ろから抱きしめている珀悠は、目を閉じた瑛の顔を後ろから覗き込んだ。


「疲れてる?」

「夜、暑くてたまに目が覚めるのと、納涼祭が面倒くさい」

「あー……」


 珀悠が納得の声をあげた。夏至祭とは違い、納涼祭は皇帝主催の物ではない。皇后主催の行事で、後宮内で開かれるものだ。

 内容としてはそんなに大げさなことはせず、ただ、庭を眺めたり水場の近くを散歩したりして涼しさを感じよう、と言う緩い企画なのである。

 後宮には娯楽が少ないため、こういったどうでもいいような企画がたくさんある。瑛はやはり職分外を叫びつつも、こうして準備をしてしまうのだ。


「ええっと。お疲れ様、でいいのかな」

「そうね……でも、珀悠の方がお疲れでしょ」


 瑛は珀悠の肩に後ろ頭を預けたまま彼を見上げる。珀悠も彼女を見下ろした。


「どうだろうねー。まあ、お互い頑張りましょうと言うことで」

「……そうね」


 瑛はつぶやくと再び目を閉じた。そこに、女官が一人やってきて言った。


「陛下、皇后様。冷えた桃をご用意いたしましたが……」

「食べるわ。ありがとう」


 瑛は微笑み、珀悠から離れる。桃を持ってきた女官はほっとしたような様子を見せながら、瑛に微笑んだ。


「䔥宰相にいただきました。皇后様の好物ですから、と」


 珀悠の隣に座り直した瑛はぴたっと動きを止めた。珀悠も笑顔が引きつる。


「……そう。お礼を言っておいて」


 夏至祭のことがあるので、素直に喜べない。いや、桃は確かに好きなのだが。


「せっかくだし、慧峻も呼ぼうか」

「そうね」


 珀悠の提案にうなずき、瑛は桃を持ってきた女官に慧峻を呼ぶように頼む。ほどなく、玉蓮が慧峻を連れてやってきた。


「母上、父上!」


 慧峻が両親を見て嬉しそうな声を上げる。本当に、義理の両親になついてくれる子だ。まあ、慧峻は珀悠と瑛を実の親だと思っているようであるが……。


「こんにちは、慧峻。お座り。䔥宰相が桃を下さったから、一緒に食べましょう」

「はい」


 慧峻は瑛の言葉にうなずくと、珀悠と瑛の間に座った。少し危ない感じだったので、珀悠が慧峻を座らせ直す。


「お。また大きくなったか?」

「はい! 身長が伸びました!」


 慧峻が誇らしげに言う。義父の顔を見上げ、「父上より大きくなるんです!」と宣言した。六尺を越える長身である珀悠は苦笑しする。


「うーん。俺より大きくなるのは難しいかもなぁ」


 でも、文姫はすぐに抜かれそうだね。珀悠は軽い感じでそう言った。ぴくっと眉を動かした瑛は、珀悠の頬をつねった。


「あんたは、いつも一言多いのよ」

「それ、文姫には言われたくないかも……痛ッ」


 思いっきり皇帝の頬をつねった皇后は、楊枝で一口大に切られた桃を差し、一つ口に入れた。彩凜が「あっ」と声を上げる。桃は、毒見されていなかった。


「大丈夫ね。慧峻も食べましょう。おいしいわよ」


 桃は早く食べないとすぐに痛んでしまう。䔥宰相が毒を仕込むとは思えないが、ここに運ばれてくるまでに何かされているかもしれない。そのために、皇帝と皇太子が口に入れるものはすべて毒見される。

 もちろん、皇后である瑛も毒見を済ませた食事を口にすることが常であるが、この三人の中では瑛が一番価値が低い。そのために、彼女が毒見を買って出たのだ。


「……相変わらず、思い切りがいいよね」


 珀悠が感心したような呆れたような口調で言った。彼も楊枝に桃をさし、口に入れた。彼も「おいしいね」と感想を漏らす。

 一方の慧峻も楊枝を使って桃を食べていたが、瑛たちのように楊枝をうまく使えなかったのか、手と口がべとべとになっている。瑛は苦笑して、慧峻の手と口を布巾で拭った。


「おいしかった?」

「おいしかったです!」


 元気な慧峻の姿に、瑛は目を細めて「そう」とうなずいた。
















 何となくそのまま休憩に突入する。いや、瑛と珀悠は初めから休憩だったのだが……。というか、珀悠は政務はいいのだろうか。いや、瑛も納涼祭の準備があったりするのだが……。


 まあいいか。


 おそらく、それらに関しては一日あれば何とかなると思う。瑛の才能を使えば、たぶん、できる。


 点心おやつ麻球マーチュウで、花茶が用意されていた。


 先ほど桃を食べたばかりなのに、慧峻はおいしそうに麻球を食べている。確かに、餡の入った餅に胡麻をまぶし、油で揚げたこの菓子は美味しい。だが、食べ過ぎると太るのが玉にきず。


「……最近、太った気がするんだよね……」

「ええっ? ……どこが?」


 物憂げにつぶやく瑛の腹や胸のあたりを見て、珀悠が首をかしげる。服の上から見たところで、わかるものではないだろう。


「いや、ちょっと体の肉がたるんできている気が……珀悠。今度、剣の稽古しない?」

「ちょ、皇后が何言ってんの」

「あ、皇帝に稽古を申し出ることはツッコまないのね。いや、あんたもかもしれないけど、私の相手をしてくれる人、いないのよね」


 まあ、皇后だから当然だけど。しかし、しばらく体を動かしていないので、なんだかこう、動きたい気分なのだ。

 ちょっとずれているとはいえ、珍しい瑛の願いに、珀悠は「時間があるときならね」と了承した。とはいえ、言った本人である瑛が昼の間、暑さで倒れている可能性が高いが。

 瑛が一つ麻球を取った。それをちょうど口に入れた時、おなかがいっぱいになった慧峻が両親を見上げた。


「父上、母上。しろいこんいん、ってなんですか?」


 五歳の子供から出た言葉とは思えない疑問に、瑛は餅をのどに詰まらせ、ちょうど花茶を飲んでいた珀悠はお茶を噴きだした。あわてて彩凜と玉蓮が駆け寄ってくる。寧佳は新しいお茶を入れに行った。


「だ、誰に聞いたんだ、そんな言葉」

「女官たちが話していました」

「……彩凜。玉蓮」


 動揺丸出しの珀悠に、不思議そうな慧峻。さらに、真顔で女官たちを叱る瑛。瑛の怒りは怖いと評判なのだが、彩凜と玉蓮もすくみ上った。


「申し訳ありません」

「以後、気を付けます……」


 生真面目に謝った彩凜と、しゅんとした玉蓮。まあ、この二人を疑ったわけではないのだが。


「慧峻。女官たちが、お前に聞かせたのか?」

「ええっと。お話ししているのを聞いてしまっただけです。父上と母上は『しろいこんいん』だって」


 瑛は珀悠と目を見合わせた。白い婚姻。実を伴わない結婚のことだ。瑛と珀悠にもちろん当てはまる。

 そもそも瑛は、慧峻の教育係として後宮に入ったのだから、ここまで衝撃を受ける必要はないのだが……。


「なんだか面倒なことになりそうな予感……」

「同感。というか、俺達がいつも一緒に寝てるの、知らないのかな……」


 珀悠はそう言うが、一緒に寝ていても行為がなければ一緒である。しかし、それがあったらあったでまた面倒なことに……。

 いや、それは後だ。今は、慧峻にどう説明するかを考えねば。

 一瞬思考を彼方へ飛ばしていた瑛よりも早く、珀悠が慧峻に言った。


「慧峻。白い婚姻とは、父と母が愛し合っていない場合を言う。父上は母上を愛しているから、お前の両親は白い婚姻ではない」


 おお。うまい言い方だ。疑問に答えているようで、はぐらかしている。瑛は心の中で珀悠に称賛を送った。


「そうなのですか?」


 慧峻が瑛を見上げたので、瑛は笑顔でうなずく。


「そうよ」


 意味が分からないなりに、よくないことと思っていたのだろう。慧峻はほっとしたように笑った。


「父上と母上は仲良しなのですね」

「もちろんだ。なあ?」

「そうね」


 珀悠に話をふられ、瑛はやはりうなずく。これは事実だ。嘘ではない。珀悠と瑛は、実際に仲がいいから。

 この時、珀悠と瑛は親であることのむずかしさを知った。そして、子供の疑問の純粋さも思い知った。

 珀悠にものの考え方を教えたのが瑛であるので当たり前だが、この二人は思考回路が似ている。二人は、同じことを考えていた。

 そのうち、赤ちゃんはどこから来るの、とか言われたらどうしよう。
















ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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