「ドラゴンクエストIII」は横に飛んだ
「ドラゴンクエストIII」発売日が決定。たぶん12月の出来事だっただろうか。結局、2駅先のおもちゃ屋で予約ができた。
219番、と書かれた予約票が宝物だった。大切に財布にしまった。発売は2月。正月があるので資金調達も問題なし。今にして思えばエニックスの思う壺である。
入手できたのは2月の下旬だっただろうか。それまでは先に手に入れた友人たちの話を聞いて過ごした。強烈なネタバレなのだが、自分も体験が約束されているのだから、それはもう「世界の歩き方」のようなものだった。いつかそこに行ける。話を聞きながら、そこに行った自分のことばかり考えていた。
そして、その友人連中の中にS君がいる。彼は仲間内ではもっともゲームが上手で、また、社会人の兄がいてとにかく新作を手に入れるに不自由しない環境だった。
腕と環境から彼はRPGでは断トツの早解きを誇っていた。早いだけでなく、プレイも完璧だった。具体的にはちいさなメダルをすべて集めるほどに完璧なプレイだった。
しかし、不思議なことに彼はクラブに所属しており、またそこは毎日の練習の長さでは構内随一だった。早解きであったとしても、相応の時間は必要になる。彼は部活のあとに、ドラクエをプレイしたおしたのだろうか? 私は直接聞いたわけではなかったが、噂ではS君は旅している間は部活をさぼっていたとまことしやかにささやかれていた。
なるほど、と納得した。
すこし説明が必要になる。
当時、私は生徒会に所属しており、そこの担当N先生が、S君の部活の顧問であった。N先生は学生時代を顧問をしているのと同じ部活で過ごし、結果を残しており、それからか非常に熱い指導で知られていた。部活の時間が長いのもN先生の熱意の結果ではあった。さて、その日。生徒会室で雑務をこなしながら、雑談していると、ドラクエ3の話になった。なんやらかんやらと話している途中で、私が「Sはクラブさぼって早解きしたらしいよ?」と何の気もなくつぶやいた。
「詳しく聞かせてもらおう」
とN先生が話に加わったので、噂ですけどS君が~と知っていることをすべて話した。
その時の私は何も考えていなかった。悪意もなかったし、先生に脅されたわけでもない。単に「ばかだねー」と一緒に笑ってほしかっただけだ。
そして後日。以下はすべて目撃者から聞いた話だ。
部活の最中にN先生に皆の前に呼び出されたS君は、さぼりの顛末を糺されたらしい。そしてなぜか事実であると認めたらしい。
N先生の渾身の一撃がS君を襲った。その場を見た人はみな同じことを言った。
「殴られた人が真横に飛んだのを初めて見た」
これが私の取っての「ドラゴンクエストIII」の思い出である。イシスからアッサラームに向かった旅路で刀折れ矢尽き、夜のアッサラームに着いた時にぱふぱふに出会ったこと、「おうごんのつめ」の情報の為写真週刊誌を初めて買ったこと、ゾーマにベホマが効くとS君が発見したこと、友達N君が「ドラクエIII」をA君に貸したらぼうけんのしょがすべて消えて「ごめん」「すまん」となって帰ってきたことなどは些細な思い出だ。
残念ながら私は人が横に飛ぶ様は未だに見た事がない。