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歪んだ短編まとめ

敗北の神様

作者: 三番茶屋

 幼少期に彼が学校で作文した『将来の夢』、そこにはある種の恐怖と狂気を孕んだ世界があった。

 数年後、数十年後の自分を思い描いて書いたその作文を見た女性教員は、

「君は何がしたいの、本当は何になりたいの?」

 と柔らかい笑みとその裏側に隠した蔑む眼差しと共に、ゆったりと語りかけた。

「神様になりたい!」

 そんな風に、何の迷いも躊躇いもなく、濁りなく透き通った瞳で訴えかける生徒を教員が無碍(むげ)にできるはずはなく、彼女は再び微笑みを返して頷いた。

しかし、やはり彼女はどこか目を細めて、まるで化け物を見るかのような視線を突きつけたが、それに気付くことができるほど彼は大人ではなかったし、心の底から『神様になれる』ということを信じて止まなかったのだった。


 少年が思い描いた『将来の夢』――その作中には様々な業種や職種、やりたいことが山ほど詰め込まれていた。

 パイロット、宇宙飛行士、騎手、俳優、消防士、特撮ヒーロー、弁護士、警察官、作家、ゲームプログラマー、スポーツ選手など――数十種類もの職種と共にやりたいことを思うがまま身勝手に書いた作文は、教員だけでなくクラスメートから見ても気が狂ったのかと思わせるほど異常なものだったに違いない。

 ほとんどの生徒はやはり何か一つを思い描いて書くのだが、彼にとって憧れる夢だからこそ何でも書けた。

憧れるものこそが夢、という認識だったからこそ、彼は唯一に囚われずに書き続けた。

 現実感なんてどうでもよかった。

 現実味なんてどうでもよかった。

 夢が叶なう叶わないではなく、あまつさえ叶える叶えないでもなく、彼は気持ちを高ぶらせて純粋に『夢』を語ったのだった。

しかし、そこに叶えようという意思はない。

そこに叶えたいという願望はない。

そこに叶えなければという努力はない。

彼にとっての『夢』とは、まるでテレビの中の世界に憧憬を抱くような感覚や平凡を超越した学者に目を輝かせることと同じで、いくら手を伸ばしても届くはずのない高みにあるものだと考えていた。

だからこそ、彼は他とは違う認識と理解で作文を完成させたのだろう。


 作中には身の毛もよだつほどの好奇心と興味、そして微かな異常性が垣間見えた。

 そして。

 そのラストは何より、異常だった。


 こんなにも異常なフィナーレがあっていいものか、当時を回想する大人になった彼はそう肩を竦めたことだろう。

そうなれば、女性教員の彼女が彼のことを化け物のような目で見たことにも納得がいく。

きっと彼女は恐ろしかったのだろう――十歳になったかならないかの少年が何も疑わずに発した言葉に恐怖したのだろう。

 本来ならば、馬鹿馬鹿しいと言えよう。

世界・社会を知らない子供だからこそ言えることであって、純粋無垢が故に吐いた戯言だと考えれば済むことだっただろう。

 しかし、彼女は慄いた。

 戦慄して恐怖した。

 笑って「神様になりたい!」と言う彼が孕む異常性を見てしまった。



『神様になれば何でも願いを叶えることができる。叶えることができるから何でもできる。ぼくは神様になって願いを叶えて、世界を変えて、一番上にいきたいです。』



 作中の最後。

 小説ならば誰もが考えを練り、いかに作品の最後に彩りを添えるかを思考し錯誤するエンディング。

 彼の作文のエンディングはそれだった。

登場人物は彼一人であり、エンドロールはそこになかった。

これを狂気と捉えるのか、或いは戯言だと捉えるのかは他者によって変わるだろうが、少なくとも、彼自身は何の曇りも淀みもなく自信を持って作文を提出したのだ。

 しかし、彼の書いた作文が発表されることはなかった。

 クラスメートはおろか、教室内に張り出されることはなかった。

 担任教員である彼女は彼に『書き直し』を要求したのだった。

「どうして?」

 彼は不服そうに問う。

 瞳は曇らない。

 揺るがない信念を感じさせる眼差しに、彼女は一瞬の気後れを見せた。

「どうして、じゃないの。書き直しなさい」

 彼女は無愛想に言うのではなく、優しい微笑みと淑やかな雰囲気を醸して言う。

納得できない子供を力で抑えつけないところが、教師らしかったし鑑とも言えた――いや、過言だろうが、それはもはや子供に対する母親のような接し方だった。

「えー、どうして?」

「神様にはなれないのよ」

「なれるもん、なるもん」

「神様っていうのはね、誰にもなることができないから神様なの」

「……?」

「神様には誰もなれないの。わたしも、君も、みんなも」

 彼はそこで沈黙した。

穏やかな彼女の言葉に何も言い返す言葉が見つからなかった、と言うよりかは、ただ何故自分の書いた作文が駄目なのか、その理由がわからなかった。

「先生が将来の夢って言ったから……」

「でも、神様にはなれないよ?」

「夢だからなれなくてもいいもん」

「…………」

 今度は彼女が沈黙する。

確かに一理ある、そう彼女は思ったのだろう、次の言葉を探すまで時間を要した。

 彼女もまた教師として、生徒の教育指導のことを常日頃から模索している。

しかし、小学校教員とならば、子供との接し方もまた重要課題であった。

子供から得た信頼は些細なことでもすぐに破綻してしまう、そのことを彼女は心底理解していたのだ。

だから、何とか彼の問いを上手くかわす方法、そして且つ、彼を傷つけない言葉を選んでいた。

「ねぇ、先生」

 しかし、それを待たずして彼は言う。

 ぴくり、と彼女が体を反応させて固唾を呑んだ。

その様子に気付くはずはなく、ましてや彼女が何を考えているかなんて気にも留めていない彼は続ける。

「神様って何?」

「神様……?」

「先生は神様に会ったことがあるの?だから、なれないって知ってるの?」

「そ、そうよ……会ったの。だから、知ってる」

「そっか、じゃあ、どうしてなれないの?」

「えっ……?」

「会ったことがあるんでしょ?なれないって知ってるんでしょ?なら、どうしてなれないの?」

 またもや沈黙してしまう彼女の袖を引っ張り、声を上げながら彼は回答を催促した。



「ねー」


「ねー、先生」


「どうして?」


「どうしてなの?」


「ねー先生、どうして?」



 瞬間、怒声が響いた。

 感情に任せただけの、怒声だった。

 そして、恐怖からくる叫びのようでもあった。

 絶叫のような慟哭のような、それでいて泣き叫ぶかのような声だった。



「う、う……うるさいっ!神様になんてなれないの!静かにしてよっ!」


 

 彼はひっ、と小さく声を上げて彼女を見つめる。

対して、彼女もまた恐怖と焦燥に駆られた怯えた目を遣る。

互いが互いに怯え、互いに恐怖していた。

きっと、彼女を保つ教師理念も心理も限界だったのだろう。

「ご、ごめんなさい……」

 少年は何に対して怒られたのか理解していない。

それを察した彼女は、

「あ、ご、ごめんなさい……そうじゃないの、わたしが悪いの、君は悪くない……本当にごめんなさい……」

「ぼく書き直します」

 そう言って、彼は逃げるように彼女の下を去って行った。

 足早に、避けるように、逃れるように。

 背後で発せられた、あっ、という力のない彼女の声は彼には届かなかった。


 彼はこの時、初めての敗北を味わった。

 神様の子供としての、

 神様の卵としての、初めての敗北だった。

 しかし、信念は折れていない。

 心の熱は消えていない。

 灯火は微かだったが、それでも力強く胸の内を焦がしていた。

 風に煽られて消えそうになっても、彼の心は強固であった。


「神様になれないのなら、ぼくがつくる」


 彼が次の日に再提出した作文の中にこんな一文がある。




『神様にはなれないけど、ぼくの中に神様はいる。その神様がぼくに言う。なってみせろ、と』

『ぼくは神様をぼくの手でつくりたいです。だって神様はぼくたちの心の中にいる。先生もきっと心の中で神様に会ったのかな』



 

 目一杯の皮肉と侮辱を含めた精一杯の自分の力を、その作文は表していた。

 その日、彼の中に隠れた異常性が生まれたのだった。

 それから彼は、この先の一生を心の中で飼った神様という名の悪魔とも言える化け物と共に生きてきた。

それは彼が死ぬまで向かい続けていかねばならない異常性であり、死んでも隣合わせであろう破綻した人格だった。

 幸いにも、彼はまだ生きていた。

 成人を向かえ、大人になり、社会に足を踏み入れた。

 この世の社会を目の当たりにすることで、あの時に彼女が言った言葉が正しかったのだと、彼は知る。


 神様にはなれない――


 彼は異常性を孕みながらも、一般を装って仮面を被り、生きていくしかなかった。

日常と異常に何とか折り合いをつけながら、下向きに生きていくしかなかった。

 そして。

 神様になれないという現実を目の当たりにした異端児は確信する。


「神様になれなくとも、やはり創りだすことはできる」


 幼い頃の自分は間違っていなかった。

 なぜなら。

 こうして筆を執り、自らの内側に飼った神様を世界の主として物語を紡ぐことができるのだから。

 

「神様のいないぼくの物語は終わる。けれど、神様のいるぼくの『物語』は永遠に続く」


 きっと彼は未だにあの時の作文の続きを書き続けているのだろう。



 あの時、書き直した作文ではなく、

 思うがままに書き綴った作文の続きを、未だに書いている。  

 



《あとがき》


 本編を執筆する経緯は、やはり私の作品がどのような心理状態の下で書かれたものなのかを公開するためです。

これは他短編にも言えることで、煩わしいほど何度も語ってきました。

しかし、作者がつかない格好で異常であるということを公言したいのではなく、一つの『物語』として読んで頂きたく筆を執りました。

誰もが夢見る『もの』、それが偶然にも私の場合、『神様』であったということだけです。


他短編では堅苦しい文体だったかのように思えます。

今回、物語風に書いた理由は特にありません。

しかし、このような短編だと、地の文が必然的に多くなってしまうのは、私のどうしようもない性なのでしょう。


ともあれ、

完結してもいない作品のルーツとも言える短編でした。

『神とは人なり!』に関連します。

本来ならば、完結させてから投稿するべきだったのですが、それについて何を言われようが黙殺させて頂きます。


最後までありがとうございました。

そして今後も三番茶屋をご利用して下さると幸いです。

『パラダイス・ロスト』EP1は本日で終え、次回からはEP2の始まりでございます。

堅苦しいあとがきでしたが、以上で『敗北の神様』終焉となります。

それでは。



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[気になる点] ジャンルがエッセイとなっておりますが、「文学」か「その他」あたりが適当なのではと思いました。 「幼い頃の自分は間違っていなかった。なぜなら。こうして筆を執り、自らの内側に飼った神様を…
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