第17話 ドラゴンを狩るプリンセス(3)
「マリー様、第1打撃艦隊より入電。全て、我、討伐せり」
「な~んだ。今から行ってもつまんないなあ」
ヴィンセントがそう言った。マリーはそれに対して少し眉をひそめた。、
「ヴィンセント艦長、つまらないなんて不謹慎ですよ。第1魔法艦隊はこのまま、臨戦態勢で現地に急行します」
「え? だって、もう戦闘は終わっているんだよ。急がなくたって……。ねえ。マリーちゃん」
「マリーちゃんではありません。この船に乗ったら、私は提督、あなたは艦長です。節度は守って行動して欲しいものですわ、ヴィンセント伯爵」
「はいはい。でも、なかなか慣れないんだよなあ。ちょっと前まで一緒にお風呂に入っていた妹みたいな子を提督なんて呼ぶの」
「お風呂は15年も前の話です。つい最近まで一緒に入っていたような言い方をしないでください。部下が驚きます!」
「了解。では、提督、全艦最大戦速で現場へ急行する」
(なんだか、ゾクゾクする……)
マリーはなんだか嫌な予感がして落ち着かなかった。
「偵察艦より入電。海面に異常なし。ドラゴンは2頭とも沈んだと思われます」
偵察のために海面近くまで降下した駆逐艦からの報告を受けたアルベール提督は満足のいく結果にこうつぶやいた。
「さすがはデストリガー。M級など恐るるに足らん」
だが、異変はその言葉が終わった瞬間に起こった。
「波が……波が起きています! 水柱が……」
副官の叫びでモニターを見ると海面が盛り上がり、何か巨大な物体が現れようとしていた。
「ドラゴンか……トドメがさせていなかったのか?」
「いえ、M級よりも巨大です!」
「なんだと!」
海面から現れた物体……それは巨大なドラゴンの頭部であった。それが上空を見つめ、大きな口を開けた。
「ド、ドラゴンです! 新手です」
「新手だと? 奴らは海から現れるのか?」
ドラゴンについては、どこから現れるのか実は今もよくわかっていない。広大な山脈地帯に潜んでいるとか、北の永久凍土の大地に眠っているとか、今も火炎を上げて爆発している活火山の噴煙の中にいるとか、様々な説があった。人間が大地を去る原因となったドラゴンによる海の汚染を考えれば、彼等が海から生まれるのだという説も有力ではあった。
「L……L級、L級です!」
「L級だと!」
ラージと言われる、Mクラスよりも一ランク上のドラゴンである。全長200m近くなる大きさで戦列艦並みの大きさである。分類上、L級から希少種であるため、レジェンド級と言われることもある。
その巨大なドラゴンが口を開けて、すさまじい咆哮を上げた。その途端に、アルベール提督に心臓がドクンっと大きく鳴った。
「うっ……」
急に心臓が締め付けられ、両手で胸をかきむしる。見れば、艦橋の士官の何人かも倒れている。
「ば、馬鹿な……メンズキルか……」
ドラゴンは三度、咆哮を空に向かい行った。人間の男だけを殺すメンズキルの攻撃である。レジェンド級の中でもL級よりさらに大型のH級のドラゴンが使うとされるこの攻撃を、Lクラスのドラゴンが行ったのは、予想外であった。ドラゴンを体長の長さだけで分類していた人類の盲点である。
メンズキルの男を殺す確率は3分の1とされる。だが、第1打撃艦隊が不幸であったのは、旗艦に座乗したアルベール提督、艦長が同時に心臓を止められたことであった。
3度の咆哮で乗員の大半を失い、大混乱に陥った第1打撃艦隊は、次にドラゴンが唱えた(メテオストライク)により、上空から降ってくる無数の火の玉に次々と空中艦が撃破されていく。もはや、どうすることもできない。
ドラゴンは、海からその巨体を持ち上げ、空に舞った。何隻もの空中戦艦が収容できるのではないかと思える巨大な母艦のようである。空が大きな影に覆われ、光が遮られた空中艦は暗くなる景色を見ながら、生き残った乗員はさらなる恐怖にさらされる。
ドラゴンブレスである。高熱の塊は提督を失って、指揮系統が混乱し、右往左往する第一打撃艦隊の各艦を次々に溶かしていく。もはや、戦闘ではなく、虐殺であった。
「に、逃げないと……。全滅するぞ!」
「人員が不足で船が操れません」
生き残った乗組員も何もできなかった。艦を捨てて脱出ポッドに乗り移るしか方法はない。
みんな生き残るためにパニックになった。人を押しのけ、突き飛ばし、我先に脱出艇に乗り込もうとする。そこに大きな声で叱責する声が伝わった。
「メイフィアの勇気ある兵士たちよ! ここで醜態を晒すな」
毅然とした女性の声。
「マ、マリー様、マリー様だ!」
生き残った兵士たちは、一縷の希望をそこに求めた。
「第1魔法艦隊だ! 味方が来援したぞ!」
「助かる、マリー様なら、俺たちを救ってくださる!」
古来より名将と呼ばれる指揮官は、一瞬で兵士に信頼と自信を取り戻させるカリスマがあるといわれる。マリーにもそのカリスマがあった。この戦場でのたうちまわって死を迎えるばかりだった者たちは、地獄の釜の蓋が少しだけ開き、わずかばかり差した光りに優しい女神の慈愛に満ちた顔を見た気持ちを抱いた。
「全艦艇の生き残りの士官に告げます。艦長の制御装置をOFFにし、マリオネットモードに移行しなさい。艦はわたくしが制御します。自力で航行でき、艦長が健在な艦は、今から送るポイントに再集結しなさい」
マリオネットモードとは、艦隊提督が魔力で操る自動モードである。人員不足で動けない船はマリーによって安全な場所まで移動する。
指で行動不能な艦をモニター上で動かし、安全なポイントまで移動させる作業に没頭するマリー。22隻あった第1打撃艦隊は半分ほどに減らされており、そのさらに半分もかなりの被害であったからマリーの操艦作業は大変であった。戦闘不能状態の船は戦場を去らせ、まだ戦える船は、作戦開始の空域に集結させる。
無論、ドラゴンも黙ってはいないので、第一魔法艦隊の各艦が威嚇射撃をして巧みにドラゴンの注意をそらしていた。
「マリー、それだけの数を操るのは大変だろう」
「やるしかありません。このままでは、戦闘の邪魔ですし、L級となると少しでも戦力が必要です。ヴィンセント、第1魔法艦隊の艦隊運動の指示は任せます。例の作戦を実行します」
「あれを使うのか?」
「今、使わないで、どこで使うのよ! まもなく、打撃艦隊の残存艦を組み込みます。傷ついた艦を後方へ。L級を仕留めるわよ! ヴィンセント」
マリーは予てから自分が考案した新しい対ドラゴンの陣形を試そうとしていた。前回のドラゴン退治でも試そうとしたが、完全な陣形が完成する前にドラゴンの方が死んでしまったためにできなかったのだ。L級のドラゴンならば、十分効果を検証できる。そして、検証できれば、遠慮なくパンティオン・ジャッジで第5魔法艦隊に対して行使するのだ。
L級のドラゴンに通用することが分かれば、もはや、パンティオン・ジャッジの勝者は決まったも同然であった。この戦法が確立すれば、この先の他種族との予選でも勝ち抜くことができはずだ。
「マリー、全艦隊、定位置についたよ」
「では、ヴィンセント艦長。これより、このコーデリアⅢ世を先頭に全艦、全速力でフォーメーション、螺旋の輪舞曲開始!」
駆逐艦でドラゴンの注意を引いていた第1魔法艦隊はいつのまにか、ドラゴンを囲むようにらせん状にぐるぐる回りながら、ドラゴンと同じコースを進行する隊形になっていた。
船は飛んでいるドラゴンの周りを回りながら、主砲、副砲から魔法弾を連射するのだ。
らせん状に進みながら、頭まで来ると船はスピードを落とし、らせんの外側を滑空し、また尻尾のところかららせんの陣形に加わるのだ。そして、先頭を飛ぶ旗艦コーデリア三世だけが前方に高速で離脱し、180度回頭をしたのであった。残りの艦隊で螺旋運動を続ける第1魔法艦隊。
この螺旋陣形の中をドラゴンは飛びながら、四方八方から魔法弾の攻撃を半永久に受けるのだ。この陣形の素晴らしいところは、絶え間ない攻撃で、ドラゴンに魔法攻撃を行わせないこと。爪や牙を振り回してきても、船は外に広がり、交わすことが可能なこと。なにより、らせんの筒状の艦隊のトンネルで、ドラゴンの進行方向をコントロールすることができるのだ。
あらゆる方向からの痛撃で我を失ったドラゴンは、知らず知らずのうちにマリーの座乗する第1魔法艦隊旗艦コーデリアⅢ世の前に引き出されてきたのだ。らせん状に回りながら攻撃していた各艦が急速に離脱する。作戦の最終段階だ。
「さあ、輪舞曲のフィナーレは、これよ! 王女のキスであの世へ旅立ちなさい!」
「デストリガー発射準備O.K.」
「さあ、滅びなさい!アブソリュート・ゼロ」
コーデリアⅢ世から放たれた魔法弾は、氷属性の最強レベル。絶対零度の冷気。
L級ドラゴンは、さらに炎属性だったらしく、効果は三倍であった。すなわち、デストリガー(アブソリュート・ゼロ)を受けた瞬間に体は完全に凍りつき、そして粉々に砕け散った。それこそ、全長300mもあった体が見事までに砕け散り、海の藻屑へと変わった。
各艦の乗組員はあまりのあっけない結末に最初は沈黙し、ドラゴンの体の肉片が海に落ちる場面に喚起し、興奮し、そして叫んだ。
「マリー様、万歳! 第1魔法艦隊万歳!」
この戦いは味方の船を1隻も失わずにL級ドラゴンを討伐した有名なものになった。マリーが考案したこの「螺旋の輪舞曲」という艦隊の隊形及び攻撃方法は、後に国軍の教科書にも載ることになる。
「マリー完勝だね」
ヴィンセントがマリーのところにやってくる。さすがに魔力を消耗したマリーは、提督の椅子に深々と座り、座面を倒して休憩に入った。侍従の少年が持ってきた熱いタオルを顔に当てて、一息ついた。
「ヴィンセント、艦隊運動の指示、見事でした。訓練してない打撃艦隊の艦船も組み込んでここまで操れる手腕は見事です」
「どうも……提督。僕ははあなたの忠実なる下僕ですから」
「下僕なら、いつも忠実で、わたくしの意に沿った行動を望みますわ、伯爵。全艦隊に告げなさい。首都クロービスに帰投せよと。傷ついた打撃艦隊やパトロール艦隊の船は近隣の港へ移動させなさい。あとは、国軍の司令部に任せましょう。わたくしは少し休みます。後は任せますわ」
そう言ってマリーは目を閉じたのだった。2時間後に目を覚ましたら熱いティーを持ってくるように侍従の少年に命じて……。
さすが、マリー様
平四郎は彼女に勝てるのか?