第17話 ドラゴンを狩るプリンセス(1)
「第8パトロール艦隊より入電。北西スロベリア方面にて、我、ドラゴンと交戦中。至急、来援を乞うとのことです」
「ドラゴンの数、クラスは?」
「S級が2頭。そして、M級が1頭とのこと!」
「3頭ですって……」
「最近のドラゴンの出没回数多くない?」
「この世界はどうなっちゃうんだろうね……」
数とドラゴンのクラスを聞いて、乗組員たちが小さな声で不安を口にしている。ここは、第1魔法艦隊旗艦コーデリアⅢ世の艦橋。第1魔法艦隊は、戦列艦6隻を中心とした27隻にも上る大艦隊である。出撃してから、パトロール艦隊、打撃艦隊と共にドラゴン討伐をしていたのだ。既にこの3日間で討伐数は2を数えていた。
「今は第1級戦闘配備中です。私語は慎みなさい」
第1魔法艦隊提督、第1公女マリー・ノインバステンがそうたしなめた。艦橋は艦長のヴィンセント以外は女性である。国軍の優秀な女性士官や兵士を配備している。27隻の艦隊の75%は女性である。これはレジェンド級ドラゴンのメンズキル対策ではあるが、それでも25%もの男が志願して乗り組んでいた。マリーに対する忠誠心の表れとも言える。
「ヴィンセント、我が艦隊はすぐさま、討伐に向かいます」
「了解。コーデリアⅢ世、進路を北西に取る。面舵一杯!」
「ヴィンセント、目標地点までどれくらいかかりますか?」
「およそ、40分」
「遅い。それではパトロール艦隊が全滅してしまいます」
「提督、第1打撃艦隊が我が艦隊よりも近い位置にいます。15分後には到着するので、なんとか持ちこたえるでしょう」
「分かりました。それでも全速力で向かいなさい。多少、ついて来れない艦があってもやむを得ません」
「承知しました」
マリーはヴィンセントの返事を聞いて、提督席に深々と座り直した。少し、仮眠をしようと思ったのだ。この3日間で体も精神も疲れてはいたが、それよりも自分の考えた戦術の有効性を確かめられつつあることが心地よかった。第1魔法艦隊は編成されてから、演習を積み重ねてきたが、この3日間のドラゴン相手の実戦でその実力を見せつつあった。
艦長のヴィンセントも普段は女の尻を追いかけ回すしょうもない男で、幼馴染でなければ、顔も見たくない種類の男だったが、艦長としては有能であり、いざとなれば、提督として艦隊を率いることができる才があることは認めていた。特に操艦の指示がうまく、多の艦艇への連動という点では、マリーが考える艦隊運動を忠実に実行できる腕があった。
何やら、最近、第5魔法艦隊提督フィンにちょっかいを出しているという噂を聞き、マリーは彼に対してまたもや不愉快になっていたが、彼の力を欠いては第1魔法艦隊の力は100%発揮できないのも事実であった。
(この討伐には、新しい艦隊運動と戦術を試す機会としよう)
第1公女マリーはそう思っていた。この戦いは訓練と同時に、国をドラゴンから守る役割、そしてパンティオン・ジャッジにおいて、第5魔法艦隊を撃破するための戦術を編み出すことであった。それが最終的には人類がドラゴンを倒すことにつながるとこの賢明な王女は思っていた。
マリーは自分の席に置かれた戦術ボードに艦隊を配置し、次に使う予定の戦術と艦隊の動きを確認していた。
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第8パトロール艦隊のスルト中将は、3時間前にS級ドラゴンを発見し、追跡の上、その個体を半包囲することに成功した。ドラゴンの進行方向に向かって、艦列を並べてその前進スピードを鈍らせ、少しずつ両翼を伸ばして包囲するのだ。
この状態から魔法弾による集中砲火で討伐するというのが、対ドラゴンとの戦いで空中戦艦が取るオーソドックスな戦術である。オーソドックスと書いたが、これはこの世界の人間が長い年月を経て編み出した方法であり、理にかなっていた。国軍の作戦マニュアルにも記載され、さらに、国軍の士官学校に入ると必ず学ぶのが「ドラゴン討伐学」で、この作戦について歴史から、艦隊運用の方法まで習得するのだ。スルト中将は、その授業の手本になる完璧さでマニュアル通り、パトロール艦隊はこれを実行した。
半包囲するのは、ドラゴンを完全に殺すことは簡単でなく、ある程度手負いを追わせれば、後方へ逃げ去り、消えてしまうことが多かったからだ。主砲による集中砲火をかけやすいこと。囲むことへの心理的効果など、これまでドラゴンには有効に働いてきた。全方向で包囲すればと考えがちだが、逆に追い詰めると死に物狂いのドラゴンの攻撃で、被害が馬鹿にならない。敢えて逃げ道を残してやるのだ。逃げたドラゴンは、何故かそのまま姿を消すので、討伐ではなく、「撃退」といって、これはこれで手柄になるのだ。
「スルト司令、Sドラゴンに対する半包囲ができました」
「ドラゴンの種類は?」
「グリーンドラゴンの幼生のようです」
「耐性はなしだな。攻撃は金属腐食ガスのブレス。楽勝だな」
スルトの頭の中でドラゴンの種類とその習性、攻撃方法を整理した。最も弱いのがこのグリーンドラゴンで、魔法防御力は多少あるものの、攻撃力は大したことがない。金属腐食ブレスは、このような上空では拡散するので、まともに喰らわないかぎりは驚異とならないのであった。接近しすぎて、しっぽや牙、爪による直接打撃だけに気を付ければよい。それもスピードが遅いので、パトロール艦なら十分避けることができた。
「一番艦から順次、主砲を撃て!」
「了解しました。一番艦より攻撃開始せよ!」
パトロール艦から発射された攻撃魔法ドラゴンバスターレベル5(中程度の威力)がドラゴンの体を切り刻んでいく。パトロール艦隊は魔力の関係でレベル5程度の魔法弾しか撃てないのである。だが、Sクラスなら十分であった。
グリーンドラゴンの幼生は、三方向より攻撃され、怒り狂って暴れまわるが、パトロール艦隊は半包囲の隊形を作りながら、ドラゴンの動きに合わせて絶妙に距離を取り、爪や牙による直接打撃を受けないようにしていた。Sクラスとはいえ、その打撃を受ければ、パトロール艦程度なら軽く撃沈してしまうだろう。
「おかしい……この状態なら、後方に逃げ出すのが普通だが…」
戦闘開始から10分が経ち、艦橋で指揮を取るスルト中将は、血みどろになっても飛行を続け、パトロール艦に向かい、毒のブレスをはいたり、尻尾で攻撃しているドラゴンを見て、なんだかおかしいと感じていた。
「ドラゴンにも奇態な行動をする個体があるのでしょう。このままいけば、撃退ではなく、討伐できそうです」
「うむ。そうであるが…」
無論、ドラゴンが逃げ出したとしても追撃して仕留めるつもりではあるが、この状態で向かてくるのは、単なる「怒り」による行動だとほぼ思っていたが、歴戦の軍人であるスルト中将にはどこか引っかかるところがあるのだ。